第180話 言い知れぬ怒り
第180話~言い知れぬ怒り~
アンデットが戦う者を蹂躙し、生きたまま四肢を引き裂いていく。その激痛に悲痛な叫びが響き渡るが、それは数秒後には今しがた自分を殺したはずのアンデットと同じうめき声に変わっていくのだからもはや目も当てられない。
それでも尚、必死に街を守ろうとしている者達の姿も時間とともに減っていき、このままでは後十分もしないうちに全ての者は死に絶えるだろう。
そしてアンデットたちは街を破壊しつくし、もしかしたら地下に隠れた人たちを見つけ出してしまうかもしれない。いや、三好がこの軍勢を指揮している以上、知性のない魔物やアンデット達ならともかくきっと見つけ出す。そうすれば全てが皆殺しとなり、この街に生きる者は誰もいなくなる。
「ふざけるなよ……」
それはまさに俺が忌み嫌う理不尽そのものであり、絶対に許せないことだ。
この街の人が何をしたというのか。ただ普通に生活をしていたら、ヒュドラという暴力に襲われ、命からがら地下に逃げ生き延びた先でこのアンデットの襲撃だ。
もしかしたらそれを受けるだけの業を背負った者もいるのかもしれないし、因果応報と言われるものも存在しているのかもしれない。
だがこれはどう考えてもその範疇を超えた理不尽であり、それこそ自分達の街を守るために戦っている者達が、死して尚アンデットにされるような辱めを受けていいはずなどないのだ。
怒りに打ち震える俺は、無言で収納から槍を取り出していく。ハイミスリルで作れるだけ作った槍、その数およそ五百。
俺の背後に飛槍により整然と並んだ銀の槍は、怒りで目の前が赤く染まった俺の号令により一斉にその刃をアンデットに向けて飛来する。
「皆殺しだ!!」
街に蔓延るアンデットに向けて飛翔していく槍に続き、俺は魔槍であるロンギヌスを手にその後をかけた。もはや問答などはいらない。この状況を作った者を完全に殺す。
背後でカナデ達が何かを叫んでいる気がするが、もはやそんなもので止まる気など俺にはない。
アンデット達による理不尽な蹂躙が行われているウールの街で、さらなる理不尽が暴れまわる。もはやその光景は地獄など生温く、到底人が目にしていい光景ではなかった。
◇
街の最前線、すでに背後には何体ものアンデットが防衛線を抜けていき、激しく炎が燃えている。しかし、それを見てもキックスは戦うことをやめはしなかった。
時間とともに一緒に戦う者は減っていき、それどころか次々にアンデットとして蘇りこちらに牙を剥き始める。そんな希望どころか絶望の上塗りしかない光景を見ても、キックスは何一つ諦めることなどなかった。
「隊列を組みなおせ!!一人で戦わずに数人のグループになるんだ!!背を預けられるものを見つけろ!それで戦況はぐっと良くなる!」
檄を飛ばし、指示を出すキックに従い、次々と三から五人のグループが作られ魔物やアンデットと戦う防衛線の兵士達だが、なんとか耐え凌げるのは少しの間だけ。すぐにどこかが崩れ、またその人数を減らしていっていた。
この戦いが始まってから早一時間が過ぎようとしているが、すでに人数は三分の一以下に減り、街は壊滅状態。しかし、本来ならこの戦いはここまで長く続くはずなどなかったのだ。
現に三好の見立てでは、のんびり戦っても三十分もあれば全てを呑み込むことが出来る計算だったのだが、実際には一時間が経過した今もキックスたちは戦い続けている。
その理由はただ一つ。やはりキックスの統率のスキルにある。
「諦めるな!必ず希望はある!!」
キックスの檄に呼応してアンデットと戦う者達の力が増す。それは本来ならありえない力であり、その力が一時的とはいえアンデットを押し返し、ここまで生きながらえる原因となっているのだ。
統率のスキルの効果の一つ。それはスキルの支配下にある者のステータスを、使用者の目的を達成するための思いの強さに応じて引き上げるというものだ。
キックスは今、この襲撃を耐え凌ぎ、なんとか街を守るという強い意志でこの場に立っている。ゆえにその思いにスキルが反応し、戦う者のスキルを大幅に向上させているのだ。
本来ならすでに決着しているはずの戦場を、キックスのスキルが奇跡的に持たせている。だが、それは裏を返せばキックスがいなくなればすぐにでも終わってしまうということであり、キックス自身もそれが分かっているからこそ細心の注意を払っていた。
戦う力はなく、戦場では一番にやられてしまうであろう自分の周りには、常に数人の護衛を配置している。その筆頭がアイビスであり、他には腕の立つ冒険者を据えることによりなんとかこの窮地においてキックスは生き残っていたのだ。
自分が死ねば全てが終わる。そう思えば危険な特攻などもできるわけもなく、なんとか戦線を維持することだけをキックスは考えることが出来ていた。
しかしそのことにアンデットの親である三好が気づかないはずもない。
「へぇ、どうやら彼がこの集団の将のようですね」
アンデットの集団の後方、自身の予想よりもはるかに粘りを見せるキックスたちウールの街の人間たちを見ていた三好がそう呟いた。
アンデットたちのステータスはそれほど高くはないが、それでも兵士や一介の冒険者を屠るくらいは訳はない。もちろん高レベルな冒険者であれば話は別だが、ウールのような地方の街にそんな冒険者が多くいるはずはないのだ。
それでも一騎当千の働きを見せ、数こそ減らしてはいるものの戦い続ける様子を見た三好がそれをおかしいと思わないわけがない。しかもその中で、ただ一人誰かに守られる形で戦うキックスの姿を見て、何かがあると疑わなければそれはもはや将であるとはいえないだろう。
だからこそ三好はサンドルの街と同じように、傍らにいる巨大なアンデットに声をかけた。
「あの子どもを殺しなさい」
必死に集団に檄を飛ばし、この戦況をなんとかしようしている敵の将。本来なら戦場に出るはずもない年齢であるキックスに対し、三好は冷たく、そして戦略の上での最善手を放つ。
その言葉と同時、はじかれるように動き出した巨大なアンデットは、味方のアンデットすらもなぎ倒しキックスへと迫りゆく。
「キックス様!!」
まず最初にそれに気づいたのはアイビスだった。おそらく防衛線にいた者の中で一番の手練れであったアイビスだからこそ、一気にこちらに近づいてくる殺意にすぐさま反応をすることができたのだが、如何せんその位置取りが悪い。
アイビスのいる場所は迫るアンデットに対し、キックスを挟んだちょうど真逆。気づいた今のタイミングでは他対処が間に合わないが、かといってまだその存在に気付いていない他のものではどうにもならないだろう。なまじ腕が立つからこそ、この先の光景が予想でき、だからこそこれから起こることに絶望をする。
それでもなんとかしようと足に力を入れるが、すでに限界を超えて戦い続けている体は思うようには動かない。
次に巨大なアンデットに気付いたのは、狙われている張本人であるキックスと、ちょうどキックスと巨大なアンデットの間にいたマリアだ。
二人は同時にその存在に気付き、一直線にこちらへ向けて全てを薙ぎ払いながら進んでくるその姿を見て、あれはどうしようもないとやはり同時に察する。
お互いの目が一瞬だけ交錯し、そしてお互いがこれからしようとしていることを感じ合う。
先に動いたのはマリアだった。
それまで正対していたアンデットを切り殺すと、そのまま体を入れ替え向かってくる巨大なアンデットへと向き直る。
こちらの要はキックスであり、キックスが倒れればその場でこの戦線は瓦解する。だからこそ自らが盾になることで、キックスが少しでもこの場から離脱する時間を稼ぐ。それがマリアの出した選択だった。
勝てないことなど百も承知。それでも自らの命と引き換えに稼いだわずかな時間がキックスを救い、さらなる希望に繋がるなら命など惜しくはない。
マリアにしてみれば、その選択は当然のことだった。
そしてキックスもその思いに答える様にすぐさまその場を離脱しようと動こうとする。マリアが考える通り、誰を犠牲にしたとしても自分は絶対に倒れるわけにはいかないのだ。それが例え、落ち込んだ自分を励まし、再び顔を上げるきっかけを作ってくれた人であっても例外ではない。
「……ッ」
歯を食いしばり、その場からの退避を選択する自分に嫌気がさす。奥歯が砕けるような感触を感じるくらいにきつく食いしばられた歯を感じながら、それでも自らの責務のためにマリアに背を向けようとする。
「後は頼みますわ」
もう目前まで迫った巨大なアンデットが携える巨大な剣を振りかぶった時、マリアが零した最後の言葉。その言葉がキックスに届いた時、状況は最悪の方向に動いてしまう。
これで私も終わり。でも、悔いはない。
そう思い目を閉じたマリアだったのだが、覚悟していた衝撃がいつまでも来ないことに訝しみ目を開けた先に見えた光景。それは最悪の光景だった。
「な……んで……」
巨大なアンデットが振り下ろした剣。それは確かに一人の人間を殺していた。まだ成長しきっていない、これから大きくなるであろう小さな体。その体を真っ二つに切り裂いていたのだ。
マリアから零れた小さな声。それが全てだった。
自らが盾になって逃がすと決めた少年。全てを託すと決めたこの国の王子。その小さな背中に全てを背負って立ち上がったヒーロー。
カンビナ王国第二王子、カンビナ・エル・カンビナは、マリアを守り、アンデットの凶刃の前に命を散らしたのだった。




