第178話 焦燥
第178話~焦燥~
西の海の中にある転移陣を抜け、地下施設を昇り、地下街を駆け抜ける。通常の人間がその行程を走れば一週間近い時間を要するが、俺達が全力で駆ければ半日ほどの行程。
だが俺は、道を駆けながら少なからず焦っていることに気付く。
サンドルの街のギルドから連絡があったのはおよそ三時間ほど前だが、伝令に来た者から聞くところによれば、連絡をしてきたサンドルの街のギルド職員は相当焦っていたとのことだ。
だとすれば、すでに街は危機に瀕していたと考えるのが自然。しかもその相手が予想通り三好だったとすれば、召喚者として天恵を持っている者が襲撃してきているのだ。不死性の高いアンデットの猛威にサンドルの街が耐えられたとは考えにくい。
「インデックス!サンドルの街からウールの街までの所要時間は!!」
“マスター達であれば全力で一時間。魔物の群れということで考えれば半日ほどだと予想されます”
半日。それは俺達が王都マントルからウールへと向かうのにかかる所要時間と同等だ。
「キョウスケ、焦ってる?」
「さあな!だが、もし間に合わなくてウールが壊滅した場合、俺達にも責任はあると思ってるよ!!」
俺は地下施設を駆けあがりながらヨルムの問いに、半ば怒鳴るようにしてそう返した。
客観的に見て、仮に三好が生きていたとして、その上でサンドルの街やウールの街を襲ったとしても俺達に責任があるとは思えない。
あくまで俺達は大陸西の海上で侵攻する、シルビアス王国を止めたのだ。それは紛れもない事実であり、例えそこで打ち漏らしがあったところで普通は俺達を責めるのは道理ではない。
三好が俺達を逆恨みし、さらにはこの筋書きが木山の描いたものだったとしても、悪いのは木山達であり俺達に非はないのだ。
だが、もしあそこで三好を完全に殺していたとしたら。
そうすれば今サンドルで起こり、ウールで起ころうとしていることは起こらなかったかもしれない。そもそもが三好が生きているというのもあくまで確率の高い可能性であり、実際はそうではないのかもしれないが、世の中はそんなに甘くはない。ほぼ間違いなく、今サンドルやウールを襲っているのは三好であろう。
「どう思います?」
地下施設を抜け、地下街を突っ切る俺にカナデが聞いた。
「何がだ?」
「この状況ですよ。どこまでが恭介さんの天敵の筋書きだと思いますか?」
カナデの言っているのは、海上での戦いの際に三好が言っていたことに起因するであろうことはすぐに想像がついた。
『すべては木山君の予想通り。きっとこの状況もまた、木山君の予定内のはずです』
全てのアンデットを殺し、追い詰めた三好が言った言葉が脳裏によみがえる。
確かに木山は頭がよく回る。ただ暴力的なだけではなく、頭の回転も早い。だからこそあれほどの横暴の限りを尽くしていても、最終的に自分が悪者になることはなく、これまでまるで王にでもなったかのような振る舞いをしてこれたのだ。
奇しくもその木山がシルビアス王国を乗っ取り、実際に王になっているのだから笑えないが、そこは自身も似たような立場なのだからそれはいい。
そんな木山であるのだから現在の世界情勢を鑑みて、様々な予測を立てているだろう。だが、三好の言った通り、例え俺が生きていると思っていても、あの場に俺が現れることを正確に予測などできるのか?
三好を派遣し、アンデットによる侵略を目論んだことは流石だと思うが、そこに都合よく俺達が現れ、かつ三好達を倒す。俺のもとのステータスを木山は知っていたのだから、三好達を倒せるまでに強くなっているなどわからないはず。にもかかわらずそこまで見通すなどは不可能に近いはずだ。
「そんなスキルとか持っていた可能性は?」
「この世界に来たばかりの時は持ってなかったはずだが、俺達と同じようにスキルが進化した、あるいは新たに取得した可能性はないとは言えないな」
地下街にある地下鉄の線路までたどり着いた俺達は、迷うことなくそこを駆けていく。途中に魔物はもちろん現れるが、もはや今の俺達の敵ではない。
「キョウスケの情報が洩れてる可能性も考えられる」
「私たちの中に裏切り者でもいるってのか、ヨルム?」
「違う。スルトやカナデにそんなことするメリットはない。キョウスケの行動を知ってる人から漏れた可能性はない?」
まさかのヨルムからの適切な質問に少し面食らう。こいつは食べることにしか執着がないのではと思っていたのだが、どうやら頭も使うことが出来るらしい。だてにここまで生きてきてはいないということなのだろうが、ヨルムの質問を改めて思い返してみる。
俺の情報を持ち、かつ、それをシルビアス王国に売ることを是とする者。そもそもそのためにはシルビアス王国の現状と、俺と木山の繋がりを知っていなければならないのだ。
アーネスト公国のマリオット公爵やシュライデン。キュロス帝国のナイジェルやセレスにシャルツ侯爵。そしてエリザ。俺のある程度の情報と強さを知り、かつシルビアス王国にコンタクトをとれそうなものなどこのくらいのはずだが、その誰にしても情報を漏らすことで得るメリットが分からない。
全員が全員、自分で言うのもなんだが俺に恩があるはずだし、俺の力も知っているのだから裏切るとは考えにくい。エリザだって、俺を見限ったからと言っていきなり木山のもとに行くだろうか?あいつの目的は神の真意を知ることだというのに。
「おい、まさかそういうことじゃないだろうな……」
「どうしました、恭介さん」
俺の中に浮かんだ一つの可能性。しかもそれは考え付く中でもっとも最悪な可能性の一つ。
「もしそうだとしたら最悪もいいところだぞ」
「おい、キョウスケ!何が最悪だっていうんだよ!?」
「あくまで可能性の一つが思いついただけだ!とにかく今は急ぐぞ!!」
カナデとスルトがもの言いたげに俺を見るが、俺はそれを無視してさらに速度を上げていく。
思い描く最悪の可能性。召喚者であり、適職として勇者の称号を持つ木山。
そして、目下のところ俺達の最大の敵であり、ある意味俺達の行動を一番よく知っている者。神の使いである天使たち。
もしその二つの勢力が手を組んでいるのだとしたら。だからこそ、この国に入ってから天使の襲撃がないのではないか。今は木山が攻勢をしかける番だからと。
考えれば考えるだけ自分の説明に矛盾が無くなり、むしろ筋が通ってきてしまう事実に背筋が凍る。駆ける足に力を込めつつ、俺は最大限の警戒をしながら、この可能性が現実にならないことを願いながら、ウールの街に向かうのだった。
ウールの街到着まで後約一時間。
同時刻、ウールの街で、三好率いる魔物とアンデットの軍勢とキックス率いる防衛線が激突したのだった。




