第172話 アックス・エル・カンビナの衝撃
第172話~アックス・エル・カンビナの衝撃~
アックスはその一部始終を見ていた数少ないこの海上での戦闘の生き残りだった。
国王である父に軍を預けられ、その上でこの海へと到着し指揮を執っていたのだが、最初こそなんとか踏みとどまっていた戦線は、たった数人の敵国の戦力によりあっという間に崩壊していった。
神により魔王討伐のため召喚された異世界からの勇者たち。
正確には神より御言葉を授かったシルビアス王国の魔導士たちが儀式を行い、異世界から勇者たちを召喚したという話はシルビアス王国から遠く離れたカンビナ王国にももちろん届いていた。
カンビナ王国は中央大陸でも北側、しかも北の海に接していることからも、もし魔王が侵攻してきた場合、真っ先に魔王軍とぶつかる立地に面している。
ゆえに魔王の動向には常に注意を払っており、当然それに連なる情報にも耳をそばだてているのは言うまでもない。
だからこそ、シルビアス王国の勇者召喚の話を聞いた時には、正直なところ安堵したという気持ちがあったことも事実。
歴史上、勇者は破格の力を誇り、魔王はもちろん太古の昔には伝説の魔物と恐れられた存在にも打ち勝ったと今に伝えられているのだ。
勇者たちが魔王を討伐してくれれば、日々戦々恐々としている状況が打破されるかもしれない。
アックスはもちろん、カンビナ王国はそんな期待を勇者たちに寄せていたのだ。
だが蓋を開けてみればこのありさまだ。
確かに勇者たちは魔王の討伐に乗り出してくれたようであるが、そのための中継点としてカンビナ王国を明け渡すように要求してきたのだ。
もちろんカンビナ王国とて、協力を要請されたのであればそれには応じる用意もあった。大陸が違う以上、侵攻は船によるもの以外にはない。ゆえにその中継点としての協力を惜しむつもりはなかったし、物資の供給、並びに休息所の提供なども行うつもりでいたのだ。
しかしシルビアス王国はそれらをすべて通り越し、協力どころか軍門に降る様、もっと簡単に言うのであれば、シルビアス王国に併合されるよう通告してきたのだ。
魔王は人類の敵。それは世界共通の認識であり、その討伐は人類の悲願。それはカンビナ王国とて例外ではなく、勇者を召喚しその討伐に手を挙げたシルビアス王国にはもちろん感謝している。
だが、だからといってその代償として自分たちの国を支配下に置くなど言語道断。そんなことは到底受け入れられるはずがない。
カンビナ王国とて、中央大陸にある国の中では最古というわけではないが、それでもそれなりの歴史を持つ古い国だ。そんな自分たちの国を、はい、そうですかとやすやすと手放すなどありえない。
しかしシルビアス王国はカンビナ王国が拒否をすることなど織り込み済みであり、その場合は軍事的な侵攻を行うと宣言してきたのだ。
シルビアス王国と言えば大陸でも歴戦の雄。大陸の南を支配下に置き、古くから北の支配者であるキュリオス帝国と大陸の覇権をかけて争いを続けている強国だ。
今でこそ南にはいくつかの小国が存在はしているが、それでもシルビアス王国の軍事力は有数。かつては南の全てを統治して、永久の森と死骨山脈を越えて北側に侵攻しようとしたほどに強大な力を持っている。
もっともその侵攻は謎に満ちた永久の森に阻まれ頓挫。軍に多大な被害を出し、国の分裂を許すほどに力を落としたが、それでもカンビナ王国が太刀打ちできる相手ではないのだ。
その立地故、カンビナ王国に有益な土地や資源は少ない。国の領土の大半を占める砂漠は害こそ与えれど、人に益をもたらすことは多くはない。
そのため昔からカンビナ王国は戦争とは縁遠く、もちろん軍は保持しているがそこまでの強さは持っていない。
正面からシルビアス王国とぶつかったところで勝敗は目に見えている。だからこそ王都ではその宣告以降、連日連夜、不眠不休で協議が続いていたのだが、シルビアス王国は待ってはくれなかった。
凶報は突然届く。西の海に敷いていた防衛線がシルビアス王国の海軍により突破されたと聞いた時、会議室にいたアックスは戦慄した。
もちろんシルビアス王国の進軍ルートに海を想定していなかったわけではないが、国と国との戦争だ。ここまで迅速に事を起こすとは思いもしなかった。
それでも進軍をしてくるとすれば永久の森と死骨山脈に阻まれた陸路より、比較的な安全な海路であるはずと守りを準備はしていたためすぐに防衛線への増援を送ることは出来たが、実際に自分がその場へ行ってみれば、シルビアス王国との実力差に愕然とした。
場所で言えば戦場となっている海上はカンビナ王国のホーム。潮の流れや岩礁、海の魔物の生息地などや増援や物資の供給状況もカンビナ王国の方が有利なはずだった。
地の利をいかすことが出来、かつ増援の望めないシルビアス王国よりも兵力に勝る。不意打ち気味だったとはいえ、それでもこの初戦は勝てると踏んでいたアックスの目論見はあっという間に打ち砕かれたのだ。
実力差はあると思っていたが、まさかこれだけ有利な状況である自国が戦力において均衡、いや、押されているなどまさに悪夢。そのことを後方で指揮を執るアックスが感じているのだから、前線で戦っている兵士が感じていないはずはない。時間とともに士気は下がり、このままでは再構築した防衛線を再度突破されるのも時間の問題と思われた。
そしてさらに悪いことが起こるのはその後。後方にいた船から現れた桁違いの実力を持つ四人の若者によって、それまで苦しいながらもなんとか奮闘していたカンビナ王国の船団は完全に崩壊してしまったのだ。
桁が違うとはまさにこのこと。素手で武器を持つ兵士を殴り殺し、剣閃一振りで何人もの兵士が切り刻まれ、挙句の果てには見たことのない兵器に兵士の苦悶の叫びが響きわたる。
もはやその光景は地獄以外の何ものでもない。
戦線は崩壊、今はまだ兵の数がある程度いるためシルビアス王国の進軍は止まっているが、後小一時間もすれば進軍は再開、数日もすればこの惨劇は王都で繰り広げられることになる。
かといってこちらには何も打つ手はない。帝国へ送った使者からの返事はなく、王都から逃がすことの口実に帝国へと送ったキックスが増援を連れてくる可能性はほとんどゼロ。
行くも地獄、引くも地獄。
アックスが覚悟を決め、少しでもシルビアス王国の進軍を遅らせるために前線へと赴こうとしたその時だった。
「で、殿下……、あれは一体……」
傍らにいた近衛がそう呟いたことなど耳に入らなかった。
突然どこからともなく戦場に現れた四人の見たこともない誰か。しかもその内の二人はまだ幼い少女。年のころは逃がしたキックスと同じくらいだろうか。
しかしその四人がこの戦場にさらなる混迷をもたらす。それまで圧倒的な力を持って自国の兵士を屠っていた四人を、新たなに現れた四人はさらなる力でもって瞬く間に殲滅したのだ。
だが状況はまだ動く。敵の船団、その最後方に控えていた船から広がったのは今の自身の心情を表したかのような真っ黒な魔力。それは今戦場となっている海域に広がったかと思うと、それまでに戦死した兵士を敵味方関係なく蘇らせたのだ。
蘇ったと言ってもそれはいい意味ではない。言わばあれはアンデット。見境のつかない死霊の群となって蘇った兵士達は、手近な者に襲い掛かり、さらに死体の山を量産。それに呼応しさらに増えるアンデット。
思わず膝をついて崩れ落ちた自分を誰も責める者などいなかった。
もうカンビナ王国はお終いだと、誰もがそう諦めた。しかしここまで来てもさらに事態は動く。
蠢いていたアンデットが一塊になり、巨大化したアンデットが突如として炎に包まれ崩れ落ちる。その炎はさらに他のアンデットをも呑み込み燃やし尽くす。
さらに他の船では緑色の髪をなびかせた少女が、あろうことかアンデットを喰らいつくしていくではないか。
もはや形容のしがたいその光景に、アックスは自身の人生の中で、この日、一番の衝撃を受けることになるのだった。
◇
戦場に来ていたシルビアス王国の勇者五人が戦死した。その情報を聞いたシルビアス王国の兵士達の士気は瞬く間に低下。
すでに三好の行使した死霊魔術のせいで少なくなっていた兵士達は、瞬く間にカンビナ王国に捕縛されることとなったのだった。
「で、なんであんた達にはそんな低姿勢なんだよ」
元クラスメイトとの諍いを終え、とりあえずこの戦場におけるカンビナ王国の指揮官と話をしようと思い、最後尾に控えていた一際大きな船へと飛んできたのだが、俺達を見るなりまさに平伏に近い対応をされたのだ。
「この度の助太刀感謝します。私たちに抵抗の意志はありませんので、何卒、何卒我が国の兵士達へそのお力を振るうことはおやめください」
平伏する人々の最前の男が、俺達に向けて怯えた声でそう言ってくる。
その後、俺達がキックスの知り合いであることを告げ、落ち着いて話が出来る様になるまでに、三十分ほどの時間を要することになったのだった。




