第171話 シルビアス王国の現状
第171話~シルビアス王国の現状~
「木山君は斎藤が間違いなく生きてるって言ってたんですよ」
捕縛した三好は、驚くほど素直にそう話し始めた。
正直、もっと口を割らせるのに手間がかかると思ったのだがこちらの問いに三好は何でも答えたのだ。最初は俺が突きつけた槍による恐怖かとも思ったのだが、多分本当の理由はあれだろう。
「腹八分目は大事。これでデザートがあれば最高」
巨大化したアンデットはカナデが煉獄炎で魂ごと灰にしたのだが、それ以外の船で暴れていたアンデットに関してはヨルムがすべて食べてしまったのだ。
恐るべきは暴食のスキルなのかもしれないが、そのアンデットを作り出した三好からしてみれば、もはや恐怖以外の何者でもないだろう。
槍で突き殺されるならわかる。炎で燃やされるのもまだわかる。どちらもご免こうむりたい事態だが、それでも戦場という場所を考えればまだ頭が理解してくれる。
だが食い殺されるとあっては話は別。三好は言わずもがな、俺だってそんな死に様は真っ平ごめん。しかも見た目は年端もいかぬ少女に食い殺されるなんて、想像するだけで恐ろしい。
三好もそう考えたのか、未だ口の中でもぐもぐやっているヨルムを見て顔を蒼くし、次いで俺を見て話し始める。
「斎藤が牢から消えたことに気付いたのは翌朝でした。王女を筆頭に城中は大騒ぎ。斎藤は魔族だと疑われていましたからね。王国の連中は目の色を変えて捜索していましたよ」
「そんだけ必死になったのに足取り一つ追えなかった辺り、よほどの間抜けの集団だったらしいな」
「否定はしませんが。君は運がよかったと思った方がいいでしょうね」
「なんだと」
聞き捨てならない三好の言葉に眉を寄せるが、三好は俺のことなど気にせず、しかしヨルムには怯える様に言葉を続ける。
「木山君は斎藤がすぐに森に逃げたと判断しました。が、詳しく話を聞けば、あの森は永久の森と言って王国の兵士ですら恐れる場所のようでした。万が一そこに斎藤が逃げたのだとしても、あれだけ弱いと思われていた斎藤がそこを生きて抜けるなどありえない。全員が口をそろえてそう言っていましたよ」
確かに永久の森はスケルトンなどのアンデットで溢れていたし、魔物が無限湧きするような罠もあったことは事実。身体強化魔法やカナデとの遭遇という運のおかげで乗り切ったが、確かに俺の初期のステータスではそう思われても仕方がなかっただろう。
「それにクラスのみんなも君が逃げたことにそれ以上関わりたくなかったようでしたからね」
「そりゃどういう意味だ?」
「皆、罪の意識から目を逸らしたかったということですよ。例えいきなりの異世界、そこで木山君という逆らえない存在の手引きとはいえ、皆は君を見捨てたんです。あの後、もし斎藤が逃げなければ、それこそ拷問の限りが行われた後に無残に殺されていたのは想像に難くないでしょう?だから皆何も言いませんでしたが内心では君が逃げたことでほっとしていたんですよ。仮に逃げた先で死んだとしても、自分たちはそれを見ないで済む。精神的な負荷は随分軽くなりますからね」
そりゃまた随分なことだと思うが、それも無理はないことかとも納得してしまう自分がいた。
俺としては業腹だが、確かにあの状況で木山に反論出来た?奴などいようはずもない。それでも俺を見捨てたという事実は残り、その上でもし俺が処刑でもされたら。きっとクラスメイトの心には一生消えない傷が残ったことだろう。
もっとも、見捨てられた俺としてはそんな傷知ったことではないのだが、客観的に見れば納得は出来てしまうのだ。
「だから木山君も積極的に君を追おうとはしなかったんです。ここで斎藤を追っても、メリットよりもデメリットの方が大きい。ならば今は全員の力をつけた方が得策。そう考えた木山君は、君も知る王女に従うふりをして、着々と力をつけていきました」
その後の木山達は、王女の言うことに従い、戦闘の訓練や王国内の魔物の駆除など、名目上は魔王と戦うための鍛錬をこなし、すぐに兵士や王国の冒険者などでは相手にならないほどの力を身に着けた。
特に勇者たる木山の成長はすさまじく、一か月がたつころには、王国内で敵う者は誰もいなくなっていたそうだ。
力をつけた木山だったが、まだそこで本性を現しはしなかった。表向きは王女や国王、国民に対しても友好的に振舞い、国へ出入りする冒険者達とも談笑をするまでになっていたという。
強さに加え、様々な経路からの情報と皆の信頼を積み上げていった木山は、この世界に来て四カ月ほどが経ったときに遂に動く。
現国王に不満を持つ国内の貴族を言葉巧みに唆し、反乱を起こしたのだ。もちろん表向きは貴族の反乱であり、そこに木山が絡んでいるなど誰も思わない。
勇者として王宮で暮らしている木山には国王側の情報はすべてわかる。しかし反乱の計画を立てているのはその木山なのだから、反乱軍が優勢に事を進めていくのは当然のことだったと言えよう。
「自分の手をなるべく汚さずに国を堕とす。流石の一言に尽きると思いませんか?」
頷きはしなかったがその意見には同意だった。
木山の力を持ってすれば、正面から国を堕とすことも容易だったはずだ。だが、木山はそれをせず、あえて他の貴族に反乱を起こさせた。裏で糸を引き、反乱軍に王宮を堕とさせる一歩手前まで追い詰めさせる。
「最後に自分がその反乱軍を討伐すれば、晴れて王国は自分の手中ってわけか」
国王が死に、王国の基盤はボロボロ。反乱軍が統治に乗り出す寸前でその全てを勇者の名のもとに討伐する。
そうすればもはや木山に敵はいなくなる。
元から国を治めていた国王はいない。成り代わるはずだった反乱軍もいない。後に残るのは反乱を収めたという実績を持った自分と、英雄として木山を崇める王国民のみ。
「むかつくくらいに完璧なシナリオだな」
「そうやって木山君はシルビアス王国を手に入れました。そしていよいよ次の一手に打って出たんです」
そこから二カ月ほどかけて国を落ち着かせた木山は、いよいよ魔王討伐に乗り出すと言い始めた。もちろんそれも表向きであり、本心では何を考えていたかは三好にもわからないらしい。
その第一歩として、カンビナ王国に使者を送ったのだが、その使者の持ってきた内容が問題だった。
要約するとこうだ。
『これからシルビアス王国は勇者の力を持って魔王を討伐する。魔王のいる大陸に向かうために、カンビナ王国を中継点として使うから大人しくシルビアス王国に併合され、自分たちのために働け。もしこれに従わないのであれば即刻戦争だ』
まさに横暴の化身。だが相手は大陸南側の雄。もし正面からの戦争になればきっと自分たちは負ける。そう感じたカンビナ王国がどう答えを出すか苦慮しているうちに、その不意をついてシルビアス王国は海より攻めたということのようだ。
「僕をここへ送り出す時に木山君は言いました。『斎藤はかならずここに現れる。その時の対応はお前たちに任せる』ってね」
果たして木山の言う通り、俺はこの戦場に現れ、そして三好たちと戦った。俺の登場に元クラスメイト達が驚かなかった理由はわかったが、俺としては何も面白くない。
今の説明で分かったのは、俺が木山の手のひら上で踊っていたということだ。なぜ生きているかどうかも分からない俺の動きをそこまで正確に予測することが出来たのか。
ここまでの道のりは、そもそも予定なんて何もなく、ただその場の流れに身を任せて動いていただけだ。にもかかわらず木山は俺の登場を予測した。
あまりに不可解なことが多すぎる。ただでさえいつ現れるかわからない天使のことを考えなければならないというのに、ここに来て木山という存在がいきなり大きくなってしまう。不気味というしかない状況に俺の背に汗が一筋流れ落ちる。
「すべては木山君の予想通り。きっとこの状況もまた、木山君の予定内のはずです」
不敵に笑う三好に、俺はどうしてか反論が出来なかった。
「僕にもこの後の木山君の動きはわかりませんが、一つわかることはあります。きっと近い将来、君が木山君に負け、無様に這いつくばる姿が目に浮か……っぁああぁあ!?」
三好は俺への言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。
「それ以上しゃべらないでください。雑音をいつまでも聞いているほど、恭介さんの耳は安くありませんので」
前ふりもなければ予告もない。無情に三好に襲い掛かるのはカナデの放つ深い青の炎。火力こそ少し落とされているようではあるが、それでも目の前で炎に苦しみ死に向かう三好を見るに、もはや助かる見込みはないだろう。
「少し火力は落としときましたんで、死ぬまでの数分、きちんと苦しみの中で死んでいけるでしょうね」
「なんだカナデ。私がこのあと手足を一本ずつ燃やして殺そうと思ってたのに、少し優しすぎるんじゃないか?」
「私もこの人間が恭介さんに与えていた苦痛を与えつくした後に殺そうと思ったんですけどね。あまりに声が不快すぎてつい殺してしまいました」
「まぁ、そこは私も同意だ。思わずレーヴァテインをぶっ放すところだったよ」
「燃えたの食べてもいい?」
「やめとけ。腹壊すから。そんな屑を食べるなら私が何か魚でも捕まえてきてやるよ」
「仕方ない。なら我慢する」
燃える三好の前でそう言う、三人。かつてのクラスメイト、そして俺を虐めていた相手が燃えていく様を見ながら、複雑な思いを抱えつつ、カナデ達が隣にいてくれることに感謝するのだった。




