第169話 VS三好 前
第169話~VS三好 前~
安藤、佐々木、望月、金山。
かつてのクラスメイトがそれぞれの相手と戦い力尽きたのを見届けた三好は一人ほくそ笑んでいた。
クラスの問題児四人を木山から押し付けられ、カンビナ王国の侵攻を言い渡された時にはその意図が全くわからず、内心では木山に対し怒りを覚えていたが、今となってははっきりわかる。この状況こそが木山の狙いだったということなのだろう。
「強さだけではなく、頭も切れる。大将に置くなら木山君みたいな人に限るとはそういうことだと思いませんか?」
そう言って三好は、今まさに自分のいるシルビアス王国の船の中、その最後衛に位置していた船の甲板に現れた四人を見た。
白いワンピースの女性に赤髪の少女、そして同じくらいの大きさの緑色の髪の少女に加え、最後の男は三好が見知った顔だった。
「年貢の納め時とはこのことだな三好」
「その言葉はそっくりそのまま君にお返ししますよ、斎藤?」
久方ぶりの邂逅だったが、三好の前に立つ恭介の態度は、最後にシルビアス王国で見た時と何も変わっていなかった。
その様子を見るに、きっとこの世界でいろいろな修羅場をくぐってきたのだろうが、三好が気になったのはそこではない。どこか不遜な態度を纏って三好を見る恭介。その態度こそが元の世界にいる頃から、三好が恭介のことが気に入らなかった唯一にして絶対の理由だったのだ。
もともと三好自身、木山と出会うまではいじめられていた過去を持つ。
理由などはわからないが、何かしらの自分の態度が誰かの琴線に触れたのだろう。最初は一人の悪口程度から始まったいじめは、気が付けばクラスの大半が加わる物となっていたのだ。
幸いなのは、まだその時の年齢が幼く、肉体的に傷つけられることが少なかったことだろうが、それでも当時の三好の精神を傷つけるには十分であり、いつしかそのいじめから少しでも逃れるために、三好は他人の顔色を伺いながら生きていくようになっていたのだ。
そんな生活が一変したのは高校へと入学し、木山と出会った頃だった。
国内でも有数の財閥の息子である人間が、なぜこのような普通の公立学校に通っているのかという疑問はあったが、一番に感じたのは別の事だった。
この男には絶対に気に入られなければならない。
それまでのいじめられてきた人生の中で培ってきた勘がそう告げていた。この男に万が一気に入られなければ、きっと自分の人生は終わってしまう。だからこそ三好は自分のできる限りの技を使って木山にすり寄ったのだ。
顔色を伺い、媚を売り、持ち上げ、木山が少しでも快適に過ごせるように動いた。その結果かどうかはわからないが、気が付けば三好は木山の腰巾着のような立場にいることができるようになったのだった。
もちろん自分のそんなやり方がいいとは思わない。できれば三好自身、相手の顔色を伺って生きていくような人生は嫌だった。
だが仕方がないのだ。そうしなければこの過酷な人生は生きていけないのだから。
だからこそ気に入らなかったのだ。自分がそう割り切って生きていくことを決めたのに、それに抗おうとする斎藤恭介という存在が。
聞けば恭介は、幼いころから木山に目をつけられ、周囲に味方はなく生きて来たようだった。その状況は過酷な環境で生きて来たと思っていた三好の人生よりもはるかに酷く、ここまでよく生きて来たと思えるほどのものだった。
同情もしたし尊敬もした。できれば助けてやりたいとも思った。だが、その考えは恭介の目を見た時に一瞬で霧散したのを今でも覚えている。
『あいつの腰巾着が何の用だよ』
一度、木山が恭介の腹部に思い切り拳を叩きこんだ後、その場にうずくまった恭介に手を貸そうとしたことがあったのだが、その時に言われた言葉は忘れることはない。
言われたこと自体はその通りなのでいいのだが、その時の恭介の目が忘れられないのだ。
鋭く、それでいて憎しみを宿した目。これほどまで過酷な人生を突きつけられたはずなのに、まるで諦めを見せない強い感情を秘めたその眼が、三好には信じられなかったのだ。
実際、その日も恭介に掴みかかった木山に対し、恭介は反撃に出ようとしていたのだ。勝てないのは分かっているはずなのに、それでも恭介はその状況を打破しようとしていたのだ。
諦めずに、無理だとわかっている現実に立ち向かおうと。
その目が三好の心を抉る。
はるか昔、自分が諦めた状況に恭介は未だに抗っている。強者と弱者、この世界の始めから決められた理不尽。それに絶望し、諦めた自分の全てを否定された気がした。
ただの逆恨み。そう言われればそれまでだということは自覚している。だがそれでも三好は恭介へのいじめを加速させた。そうしなければ、自分のアイデンティティが崩れてしまうから。
強者に屈する道を選んだ自分と、抗う道を選んだ恭介。
相いれない二人の道は交わることはなく、今こうしてついに対立することとなった。
木山という存在を中心とした二人は、今まさに激突しようとしていたのだった。
◇
俺達を前にしても不敵な笑みを崩さない三好に対して、俺は不審に思いながらも言葉をかけた。
「この侵攻は木山の指示か?」
「御明察。魔王の討伐のために召喚されたんですから、それを実行するために動いてもおかしくはないでしょう?」
「そのためにカンビナ王国を侵略するってのは違うんじゃないのか?魔王ってのは人類共通の敵なんだろ?」
「もちろんそうですが、木山君の協力の要請を拒んだんです。侵略もやむなしです」
話の中から俺は推測をたてていく。真偽はさておき、今のシルビアス王国の目的は魔王であるということはわかった。しかもこちらも予測通りではあるが、すでにシルビアス王国は木山の手に落ちているということもわかった。
三好は言った。木山君の協力の要請を拒んだと。
俺が王国を逃げ出したときには、あくまで木山達召喚者は王国の客人という扱いだったはずだ。王国である以上、国王が存在するのだから、権力の最高執行者は国王でなければおかしい。
それを通り越して木山が協力を要請するという事態になっているところから見て、表向きの地位はともかく、実際の王国の実権を握っているのは木山とみて間違いはないだろう。
ただでさえステータスの高い召喚者、その中でも筆頭の勇者が適職である木山の事だ。圧倒的な武力とその頭脳、さらには持ち前のカリスマ性でもって半年もあれば王国を手中に収めることなど容易だったのだろう。
そして王国の全てを手に入れた今、こうして動き始めたとみるのが自然。
だがわからないのは、なぜカンビナ王国に侵攻してきたのかということだ。当初予想していた通り、魔王を討伐するための中継点と考えれば説明はつく。
俺達のいる中央大陸から北にあるという、魔族たちが多く住むという大陸。そこに攻め入るための足掛かり。それをシルビアス王国がカンビナ王国に要請したが、断られたための侵攻と考えれば大筋の理屈は通るが、木山という男を知る俺にとってはやはりどう考えてもこれはおかしいとしか思えないのだ。
「木山の野郎は何を考えてる?」
「何、ですか。もちろん魔王を討伐して、この世界に平和を取り戻そうとしているんですよ?」
「よくそんな嘘が真顔で言えるもんだ。あいつとは立場は違えど三好、お前以上の付き合いがあるんだ。あの木山がそんな殊勝なたまなはずがあるわけないだろうが。それはお前だってよくわかってるはずだ」
魔王を討伐?この世界の平和?そんなものはあり得ない。
もちろん俺だって木山という人間の全てを知っているわけではないが、それでもこれだけは断言できる。あいつが、誰かのために善意で行動を起こすはずがないということだけは。
最後に俺達が一緒にいたシルビアス王国の城でのあいつの表情を思い出す。あれは何かよからぬことを考えているときのあいつの顔だった。
自身の力を自覚し、その上で俺を売り立場を盤石のものとした。最初は味方のふりをして、最後には全てを呑み込む奴らの常套手段。
「木山は何がしたい?世界征服でもするつもりじゃないだろうな?」
シルビアス王国が木山の手に落ちていると考えれば、次にすることで最大のことは何か。考え売る中で一番大きくかつ馬鹿げたこと。それを口にしたのだが、三好の不敵な表情はかわることはなかった。
「さてね、付き合いは長いんでしょう?なら想像することです。木山君が何を考え、そしてどこに辿り着こうとしているのかを」
そう言って三好は両手を掲げた。
「恭介さん、あの薄気味悪い奴、何かする気ですよ」
カナデに言われるまでもない。掲げた三好の両手に魔力が渦巻いているのくらいは気づいている。気づいているが、俺はやはりその真意を測りかねていたのだ。
今しがた恐らくは三好と同等の力を持った四人が何すすべなく殺されたのを見ていなかったわけはない。その上でその敵全員が揃ったこの状況で何をしようというのか。勝てるはずのない戦い。コバンザメのように木山に尽くしてきたこの狡猾な男が、そこをわかっていないはずはないのだから。
「僕は僕の与えられた役目を全うしましょう」
三好の手に渦巻いていた魔力が上空へと打ち上げられ、船上となっていた海域を覆い始める。
「僕が木山君から言われたのはカンビナ王国を取って来ること。その邪魔をする者は、すべて殺すのみです」
空をも覆うようなどす黒い魔力の中、俺達と三好の戦いが始まったのだった。




