第168話 恭介VS安藤
第168話~恭介VS安藤~
安藤はクラスでの自分の立ち位置が好きではなかった。
佐々木とはよく言えば幼馴染、悪く言えば腐れ縁と言った仲であり、この年に至るまで同じ学校に通っていたこともあっていつもセットで扱われることが多かった。
短気で粗野である佐々木はけんかっ早く、問題を起こしたことも一度や二度ではない。その度に安藤がフォローに回るのだが、周囲が佐々木に対して張ったレッテルは不良。そしてそのレッテルは、一緒にいる安藤にも同じようについてしまったのだ。
安藤自身は特に何もしなくとも、一緒にいる佐々木と同じように不良として扱われる。もちろん安藤自身も幼いころから剣道を習っていたため、武術という面ではそれなりに心得はあり、乱暴な佐々木に対しても対等に出れていたのだが、それもそのレッテルを強くするのに一役買ってしまっていたのだ。
望まないレッテルを張られ、人から避けられる。それが安藤にはたまらなく嫌だったのだ。
幼い頃、安藤が憧れたのは戦隊ヒーロー。弱きを助け、悪をくじく。そんな存在になりたかったからこそ、剣道にも打ち込み力をつけた。これで少しは憧れた存在に近づけたかと思った矢先、佐々木の起こした暴力沙汰に巻き込まれ、周囲と溝が出来てしまう。
その溝は今日この日まで埋まることはなく、安藤の心に影を落とし続けている。なぜ俺が佐々木とひとくくりにされているのか。なぜヒーローと対極である悪役のような立ち位置にいるのか。
悶々とした日々を過ごす中、高校に入り木山と出会う。
木山という存在は、まさに戦隊もので言えば悪の親玉。人から一番恐れられる存在であるはずなのに、木山という奴はそれでも不思議な魅力をもっていた。
一言で言い表すならそれはカリスマとでもいうのがいいだろうか。自分の主張を押し通すためには手段を選ばないのに、最後には誰もが木山の意見に納得してしまう。
暴君としか思えないのに、どこか頼ってしまう存在。それが木山であり、悪の親玉と称した安藤自身ですら、そんな木山を最終的には羨んでしまっていたのだ。
そんな感情を抱える中、この世界へと召喚された。
剣と魔法が存在し、魔物が跋扈し魔王が世界の脅威となるファンタジー世界。
本やゲームの中で見たような世界が目の前にあり、法律などはもちろん存在はしているが、それでも圧倒的な力の前では全てが無に帰してしまう。
地球であれば個人に特別な力など存在せず、強いてあげるなら銃火器程度。それですらも少しの不意打ちなどに屈してしまうことになる。
しかしこの世界では魔法やスキルが存在し、安藤達、召喚者に関しては天恵という反則的な能力まである。個人で持つ力に天と地ほどの差が存在し、弱者は強者に逆らうことは出来ない世界。
安藤はそんな世界に嫌悪を覚えるとともに歓喜した。
この世界なら自分はヒーローになれるかもしれない。力がある自分であれば、同じように力を持つ誰かが行う悪行に対抗できるかもしれない。
そう思ったからこそ、この世界に来てから安藤は力をつけた。魔物を倒し、時には盗賊という存在を殺したこともあった。
悪者である盗賊を倒したときの高揚感と満足感。言葉で表すには難しいその感覚を今でも覚えている。
そんな安藤には、誰かを殺したという忌避感などは全くない。そこにあるのはただ自分が認定した悪者を殺したいという感情のみ。
だからこそ木山に言われたこの戦争にも参加したのだ。魔王という巨悪を倒すため、それを邪魔する悪を殺す。
他の三人よりも誰よりも、実際は安藤が一番力に狂ってしまっていたのかもしれない。
◇
切り刻まれた死体の山の中、かつてのクラスメイトと対峙した俺が感じたのは狂気。
安藤の目を見た俺は、そこに正常な精神を感じ取ることが出来ず、力を手に入れた者の、悪い意味での末路を感じた気がしていた。
「斎藤、生きてたんだな」
「おかげさまでな。お前たちのせいで危うく無実の罪で殺されかけたんだ。逃げるのは当然だろ?」
「そうだな。確かに俺でもそうするだろうな」
久しぶりに交わしたクラスメイトとの会話だったが、もとからそんなに親しい間柄でもなかったのだが、今はそれよりもさらに遠い距離を感じる。
「だけどそれはお前が悪いんだ」
「は?」
「お前がみんなと違うのが悪かったんだ。力を持たず、天恵もない。あの状況なら、疑われても仕方ない。そう思うだろ?」
こいつは何を言っているのか。確かに力に溺れ狂っているとは感じたが、まさかここまでおかしくなっているなどと誰が想像できるだろう。
「悪者は倒さなきゃいけない。こいつらもみんな俺の正義を阻むからこうなったんだ」
そう言って安藤は周囲に横たわる、自身で殺したのであろうカンビナ王国の兵士の死体を見渡しそう言った。
「悪を倒した俺はきっとまた称えられる。斎藤、お前がどうやって生き延びたのかは知らないが、魔族の疑いがかかっているんだ。そんな奴はここで殺しておかないとだよな?お前だってそう思うだろ?」
もはや言っていることが理解できないとはこのことだ。
安藤に対する俺の印象は、よく悪くもクール。佐々木というクラスでも随一の問題児と一緒にいることが多いのだが、それに流されることのなかった冷静な男。
しかし今目の前にいる安藤にその面影など全く残っていない。そこにあるのは己の力に呑まれ、狂気に落ちた者のなれの果て。
「承認欲求の塊かよ」
安藤という人間をよく知っているわけではないが、それでもわかることはある。
悪だ正義だと言ってはいるが、結局のところは誰かに認められたいという思いがその根底。承認欲求が強く、己の妄想に囚われた哀れな子ども。俺が安藤に最終的に持った印象はそういうものだった。
「だからさ、死んでくれよ」
問答はそこで終わった。
正直なところ、かつてのクラスメイトと再会したのだ。もう少し会話らしい会話があるか、もしかしたらあの時の謝罪があるのではと期待していなかったと言えば嘘になる。
どう言い訳をしたとしても、あの時のクラスメイトの選択は俺を売ることでシルビアス王国の面々の信用を得ようとしたことに変わりはない。それが例え木山の案だったとしても、それに誰も異を唱えなかった以上、クラスメイト全員が俺に対して思うところがあるはずなのだ。
だが安藤はそれに触れることはなく、俺が生きていたことにもそこまでリアクションをとることはなかった。
それはもはや安藤という人間が壊れた証。罪悪感を感じることも出来なくなり、今思う感情はきっと目の前に現れた敵を殺すというその思いだけなのだろう。
自分自身の欲求を満たすためだけに。
「インデックス」
“すでに解析は済んでいます。対象、安藤考のステータスを表示します”
俺の呼びかけに対し、何も詳細を聞くことなくインデックスは答えを提示してくれる。人工知能に進化したインデックスは、前にもまして俺の考えを詳細に理解してくれるので、余計な問答をする必要がない。かゆいところに手が届くとはまさにこのことだろう。
“名前:安藤 考
種族:人族
レベル:49
適職:剣鬼
適正魔法:身体強化魔法
天恵:切断
スキル:剣技 狂化
ステータス 攻撃:8529
防御:3391
素早さ:7921
魔法攻撃:4399
魔法防御:4311
魔力:4765“
これはきっと強いのだろう。
レベルは50近く、ステータスは軒並み高い。その中でもどうやら安藤は剣鬼というところから、魔法よりも物理に振れているようだった。
一足で踏み込んできた安藤は、腰に収めていた刀を居合いの要領で抜き放つ。その攻撃は、間違いなく俺の体を真っ二つにしようとはなった攻撃だった。
「死ねよ斎藤!!」
もはやそこに理性はなかった。降りぬかれた刀は、今の俺にからしてみればそれほど早くはない。安藤のステータスを考えれば避けるにも値しない攻撃だったのだが、俺はそれをあえて回避した。
「避けんな!!」
回避をした俺に対し、追撃をしながら怒鳴る安藤だが、その剣筋はあまりに虚実がなさすぎて、どう転んでも俺にあたることはないだろう。
「試してみるか」
俺は回避しながらそう呟き、収納からハイミスリル製の槍を一本取り出し、安藤の斬撃を受けてみる。
ハイミスリルはこの世界の鉱物でも有数のものであることは間違いない。地下施設で戦ったロボットから採取して作った総ハイミスリル製の槍。ミスリルの欠点であった硬度を克服し、さらには魔力の伝導率も高く、使用者の魔力に呼応してさらに硬度を増す。
普通の斬撃程度であれば余裕で防げる硬度を持つ槍だが、安藤の斬撃を受けた槍は、なんの抵抗もなく切断されてしまったのだ。
「そんな脆い槍で俺の攻撃が防げるかよ!!」
返す刀で再び俺に切っ先を向けた安藤の斬撃を、真っ二つにされた槍を重ねて二重にして受けてみたが、結果は先ほどと同じであえなく切断されてしまった。
「それがお前の天恵か?」
「そうだ!冥途の土産に教えてやる!俺の天恵は切断、ありとあらゆるものを切り裂く絶対の攻撃だ!俺の刃を防ぐことは不可能!斎藤!せっかく生き伸びたならそのまま隠れてればよかったのに、のこのこ出て来たことを後悔して死ね!!」
叫びながら連撃を重ねてくる安藤の攻撃を、俺は再び回避し始める。
どうやら俺の推測は正しかったようで、初手を回避にした判断は間違っていなかったようだ。
切断という天恵が、もし安藤の言う通り防御不可のスキルだとしたら、例えどれだけステータス差があっても意味をなさないだろう。つまり、俺とて安藤の攻撃を受ければ大ダメージないし、致命傷を受ける可能性は否定できないのだ。
「いつまで避けられるか試してみるか!?」
どうやら回避しかしない俺を見て、安藤は攻撃をする余裕がないと判断したらしく一方的な攻撃を仕掛けてくる。だが、俺が攻撃をしないのはもちろんできないからじゃない。するべきか否かを迷っているからだ。
今の安藤は確かに狂ってはいるが、復元した元の世界での記憶の中に、安藤が俺を積極的に害していたというものはない。
もちろん見て見ぬ振りもよくはないのだが、直接的に何かをされていない奴に対して、俺も怒りの矛先をむけることはしなかったのだ。
冷静沈着で、誰かを害するどころかむしろ佐々木などの暴走を止めていた。それが安藤という男だったはずなのだが、今はその面影などどこにもない。
ただ自身の力を誇示し、誰かを殺すことで認められたいという承認欲求の塊となった男。これまでカンビナ王国の兵士を何人も殺してきているのだ、ここで俺が殺したところで何の問題もないのだが、かつての同郷であり俺の憎悪の対象の中では低い位置。それが俺の攻撃の手を鈍らせていたのだ。
「避けるな斎藤!!俺はお前を殺して、他の奴も殺さないといけないんだ!!悪を滅ぼし、俺は正義のヒーローになるんだ!!」
「随分と血に濡れたヒーローもいたもんだ」
「お前にはわからない!ヒーローは強くなきゃ意味がない!そして俺はこの世界で強さを得た!だから俺はヒーローになるんだ!」
どこかかみ合わない会話。冷静さを失っている安藤とは話などできやしない。狂化というスキルも影響しているのか、安藤の攻撃が増していくごとに、その精神が壊れていっている気がしていた。
こうなっては一度気絶でもさせて後でどうにかするのがいいかと、俺が甘い考えに傾こうとしたその時だった。
「殺す、全部殺す!斎藤を殺した後は、お前の大切な者も全部だ!!」
その言葉が安藤の運命を分けた瞬間だった。
「ならお前は敵だ」
決断は早かった。次の瞬間、安藤の胸から銀色の槍が一本突き出した。背後からの突然の攻撃に、俺を切ることに集中していた安藤は当然対処できるはずもない。
「な、ん……で……」
「あらかじめお前の後ろに槍を一本飛ばしといたからに決まってるだろ」
攻撃を回避する中、俺はハイミスリルの槍を一本、飛槍で安藤の後ろに配置しておいたのだ。文字通り、いつでもその背後から貫くために。
「一応同郷のよしみだからな。気絶位で済ませてやろうと思ったんだけど、流石に俺の周りにまで手を出すとなっちゃ野放しにするわけにもいかないからな」
安藤は本当かどうかは知らないが、俺の大切な者にまで手を出すと宣言したのだ。カナデ達が安藤ごときにどうされるとも思わないが、それは別問題。害をなそうとする、それだけですでに万死に値するのだ。
「さ、いと……」
「もうしゃべんな。お前はやりすぎたんだ。その罪を背負ってここで死ね」
背後から突き刺さった槍がそのまま安藤の前に突き抜ける。それと同時に吹き出す鮮血は、安藤の死を決定づけた。
「おれ、は……、ひーろーに……」
「ヒーローの定義はよく知らないが、自己満足のために誰かれ構わず殺しまくるお前にはまったく似つかわしくないとだけは言っておく。そのまま眠れ」
まだ何かをいいかけた安藤だったが、苦悶の表情を浮かべるとそのまま自分の血だまりの中へと倒れ伏した。
誰かのヒーローに憧れた男が、自身の力に溺れ、異世界の地に沈んだ瞬間だった。




