第165話 ヨルムVS望月
第165話~ヨルムVS望月~
その存在は、望月にとって最初はまったく視界に入ってはいなかった。
「いやー、人を殺しても罪の問われない世界とか、マジで世紀末もいいとこだよなー!」
望月の性格を一言で言い表すなら陽気な奴。クラスメイトに聞いて回れば、ほぼ全員がそう答えるだろう。人当たりもよく会話の空気も読める。誰とでも少し話せば打ち解けることもでき、クラスでは確実に人気になれるタイプの人間、それが望月という生徒だった。
「ほらー、早く逃げないと死んじゃうぞー」
普段はそんな性格ゆえクラスで浮くこともないのだが、それでも望月が恭介に危険人物と認定された理由。その理由は望月のいる船の光景を見れば一目瞭然だった。
「君は腕がいいかな?」
「あっ、あぎゃぁ!?」
「君は足だ!」
「いっ、いやだぁあああぁ!」
「サービスで君は手足全部にしとくよ!」
「あっ、いっ!?」
次々と生きながらにして手足を切り飛ばされるカンビナ王国の兵士達。しかし本来ならそこから出血し、すでに死に至るであろう傷を負った兵士達は、今もなお苦しみに悶えながらも生きている。その理由はただ一つ。
「大丈夫かな?傷口はちゃんと焼いといたから血は出ないし、死にはしないでしょ。さて、その状態でどれくらい逃げられるかな?」
そう言って兵士に向けられた望月の視線は、愉悦の色が浮かんでいた。その視線を向けられた兵士達にしてみればたまったものではない。
まさに生き地獄。その視線から逃れたいのに手足が欠損してしまい逃げられない。かろうじて残った手足で逃げようにも、その先から残った手足も切り落とされ、焼き潰される。
その光景はまさに地獄としか言いようがなかった。
望月という人間の欠点。それは人の痛みを感じることが出来ない、極度なまでのサディスト。自分が危害を加えていいと思った相手に対し、徹底的に痛みを与える人間。
恭介もその性格のせいで元の世界でどれだけの被害にあったかは言うまでもない。実質的に身体的ダメージの量で言えば、木山よりも望月のほうが多かったのではないかと言えるほどだ。
相手の痛みを理解できないがゆえ、殴る蹴るはもちろん、カッターなどを使い平気で相手に怪我をさせる。恭介の体にも、望月につけられたものがいくつか残っていた。
「敵なんだからちゃんと逃げなきゃなー。死なないだけましだと思ってくれよ?」
シルビアス王国に所属する望月にとって、カンビナ王国はまさに敵。それすなわち危害を与えていい相手なのだから遠慮する理由は何もない。
それが今この船で起きている惨劇の原因であった。
「んー?」
しかしそんな加虐を楽しむ望月は、船上に違和感を感じた。
「なーんか、人が減ってるんだよなー?」
それまで自分が切り飛ばし、痛みに苦しみながら這いずり回っていた兵士達。その手足がなくなり、さらにはついに苦痛に力尽きた者達。その死体やパーツが減っているのだ。
「どこにいったー?」
カンビナ王国の船は巨大故、船員はゆうに百を超える。そいつらを手あたり次第攻撃していたのだから、船上にはそれこそ多数の傷ついた兵士や、死体があったはずだ。
それが減っていると認識できる。それは減った人数が一人や二人という可愛いものではないということを表していることに他ならなかった。
「原因はなんだー?」
死体や手足が消える。そんな不気味な事実は流石に看過出来るものではない。
望月がそう認識し、船上をよく見渡してみると、死体や怪我人の中心、果たしてそこに原因を見つけることが出来た。
「ちょっと肉が付きすぎている。でもその脂肪分がなかなか。こっちは逆に脂肪が足りない。もっとお肉を食べるべき」
そこにいたのは一人の少女。緑色の髪を後ろに流した酷く可愛い女の子がそこにいた。
「マジでか……」
しかしその少女をみた望月は思わず絶句する。少女を観察しているうちに気付いてしまったのだ。その手に持たれた誰かの腕、そして足。それらはおそらく望月が切り飛ばした誰かのものなのだろう。
そしてそれを持つ少女の血に濡れた口元。減った死体と併せ考えれば、死体が減っている理由と少女が無関係であるなどとてもじゃないが考えられなかった。
「なぁ、そこの女の子―」
「私?」
「そうそう、そこの君だよー」
死体を貪り食う少女。まさかそんなものが実在するなど考えたくなかったが、ここがファンタジーな世界と割り切っている望月は揺らがない。気はあまり進まなかったが、この状況だ。話しかけないわけにもいかず、望月はその少女に声をかけた。
「それは美味しいかい?」
「微妙。キョウスケのくれるご飯の方が美味しい」
「そりゃ死体だからねー。ところで君はどこから来たんだい?というかここに何をしに来たんだい?」
気になる名前が少女の口から出た気がしたが、構わず話を進める。この時の望月は特にこの少女を恐れてはいなかった。
確かに死体を食べるなど、望月の感覚からすれば不気味この上ないが、それでもこの少女が自分の脅威になるなどとは全く考えて居なかったのだ。
しかしそれも無理はないだろう。元の世界からこの世界へと召喚され、最初はわけがわからなかったが、自分に特別な力があると分かればそんなことはすぐに関係なくなった。
自分には強い力があり、この世界では力があれば何でもできる。シルビアス王国を掌握した木山のもと、いろんな奴と戦ったが、これまで自分に敵う奴は誰もいなかった。だからこその慢心だった。
しかしこの後、望月は気安くその少女に声をかけたことを心から後悔することになる。
「ここにきた理由?落ちてるものを食べに、じゃなくてなんだったか」
誰かの腕をかじりながら悩む少女という、非常に危ない絵面に少し表情が引きつるのを感じる望月だったが、そんなものが可愛いものだということに気付くのはこの後。
「ああ、思い出した」
そう言うと少女はゆっくりと立ち上がった。手に持っていた手足を無造作に捨てると、それまで一度として合わなかった視線を望月にゆっくりと向け、こう言ったのだった。
「あなたを食べに来たんだった」
◇
“名前:望月 敦
種族:人族
レベル:35
適職:魔法戦士
適正魔法:炎魔法
天恵:魔剣融合
スキル:剣術 連続魔法
ステータス 攻撃:4563
防御:4219
素早さ:5768
魔法攻撃:6342
魔法防御:6654
魔力:6912“
望月のステータスは決して高すぎるというわけではなく、ヨルムに比べれば足元にも及ばない。本来なら瞬殺できる相手なのだが、そううまくいかないのが天恵という能力ゆえなのだ。
「どうしたー?俺を食べるんじゃなかったのかー?」
食べるという宣言の後、ゆっくりと迫るヨルムに対し、望月は一方的な攻撃を仕掛けていた。
望月の職業は魔法戦士。武器である長剣を振れば、その刃からは炎の斬撃が吹きすさぶ。それだけではヨルムとのステータス差は埋められないのだが、ここで問題になるのが天恵だ。
「ほーら、早くしないと傷が増える一方だぞー!」
望月の剣から炎の斬撃が飛び、ヨルムの体に傷がつく。そのせいでヨルムは前進できず、未だに死体の山の中にいた。
「もったいない」
しかし当のヨルムが気にするのは自分の傷ではなく、斬撃により次々に燃えていくカンビナ王国の兵士の死体や手足だった。それらを食料としか見ていないヨルムにとって、食べる前に燃えていく様はいいとは言えない。
「食べ物の恨みは恐ろしい」
言っていることは大概だが、膨れ上がるヨルムのプレッシャーに望月は少したじろぐが、その攻撃を止めることはなかった。
「なんだかヤな予感しかしないし、一気にケリをつけようかなー!!」
それは勘。人としての本能が、ヨルムを危険と認識したがゆえの判断。
望月の剣に更なる炎が集まると、それは次の瞬間には完全に剣と融合。空気を焦がすほどの熱を発するそれはまさに魔剣。望月の天恵である魔剣融合は、自身の魔法をその剣に融合することで魔剣を打ち出すこを可能とするのだ。
魔剣は読んで字のごとく魔の剣だ。望月のステータスが低くとも、魔剣によって発露する攻撃は望月のステータスに依存しない。作られた魔剣は注がれた魔力に比例して威力を上げる。それが天恵の恐ろしいところなのだ。
先ほどまでの本気でない攻撃でもヨルムに傷をつけていたのだから、もし今の本気の魔剣で振るわれた攻撃が当たれば、ヨルムとはいえまず助からない。それほどの攻撃となるのだ。
「可愛い子だけに残念だ―!」
魔剣を出しても望月の嫌な予感は消え去ることはない。口ではすでに勝者の体をしていても、その胸中はまったく穏やかではなかった。だからこそすぐにでも決着をつけるべくヨルムとの距離を詰めた望月。
遠隔での斬撃よりも直接切った方が威力は高い。それゆえの接近だったのだが、それは勝ちを焦ったがゆえの愚策でしかなかった。
「愚か。食べ物を粗末にする奴はやっぱり愚か」
振り下ろされた炎の魔剣はヨルム頭部を正確にとらえ、その綺麗な顔を真っ二つに切り裂く、はずだった。
しかしそうはならない。
自分の想像した光景とならなかったことに、驚愕の表情を見せる望月の目に映るのは、不自然に亀裂の入ったヨルムと、それまでの傷だらけの腕を脱ぎ捨てあらたに出て来た腕に止められた己の魔剣。
「な、何が……」
「蛇は脱皮する。脱皮した蛇は力を増す」
ヨルムのスキル、脱皮。一定のエネルギーを蓄えた後、大きなダメージを受けた際に発動するスキル。その古い皮を脱ぎ捨てた後から出てくるのは、強さを増した脅威の蛇。
「う、わ……」
言葉にならない声がした。物語ならここで、これまでの自分の行いに後悔をするという描写が流れるのだろうが、望月の運命は実にあっけないものだった。
「いただきます」
望月の最後に見た光景は、大きく口をひらいた緑色の髪をなびかせた少女の姿だった。




