第160話 過去からの目覚めは新たな力と共に
第160話~過去からの目覚めは新たな力と共に~
まどろみの中で思うのは、なぜ過去の記憶を生贄にしたはずの俺が昔の記憶を夢に見たのかということ。
確かに必要となる地球での知識や、クラスメイトの情報などはインデックスのバックアップ機能により復元はしたが、それ以外の記憶は全て捨て去ったはずだった。
だが次第に意識がはっきりとしていくと共に夢で見た光景は薄らいでいき、目を開くころにはもう何かの夢を見たということしか思い出すことが出来なくなっていて、俺は重ねた手の間から零れて行ってしまった夢の欠片をほとんど全て失ってしまっていた。
かろうじで覚えているのは少々の俺と一緒にいる誰かの事だけ。姿かたちも性別も思い出せはしないけど、なんとなくその誰かがひどく名残惜しい、そんな気分だった。
「ここは、どこだ……?」
思い出せない夢のことはひとまず脇に置き、俺はまだ気怠い体をゆっくりと起こし辺りを見渡す。
簡素なベッドと見覚えのある室内の風景に、ここは日記の主である錬金術師の書斎があった階層の休憩施設であることに思い当たる。
次第にはっきりとしていく頭を捻り、ここで寝ている原因を思い返してみると、どうやら俺は最下層の研究室で錬金術師の作った薬を使い、そのまま意識を失ってしまったということのようだった。
「また心配させたかもな」
薬を使用する前のカナデの表情を思い出せば、意識を失った俺に対し胸中は穏やかではなかっただろう。もっとも、こうしてとりあえずは無事に意識を取り戻し、見たところ体にも影響がなさそうであるので、最悪の結果は免れたとみていい。
となれば気になるのは現在の俺のステータス。
そもそも研究室で見つけた薬を使用した理由は、今以上の力を得るためだ。遺伝子情報の書き換えという、いかにもマッドサイエンティストらしい効能を持つ薬を摂取したことにより、一体俺のステータスはどうなったのか。
「インデックス、解析を頼むぞ」
“すでにご用意できています”
そう言ってインデックスが提示したのは、意識を失う前に確認したステータスと驚くべき程に変わった俺の現在のステータスだった。
名前:斎藤 恭介
種族:龍将軍
レベル:71
適職:反逆者・公王
適正魔法:身体強化魔法(レベル71)
スキル:龍槍真術(レベル11) 錬金の真理(レベル3)
人工知能(レベル12) 収納庫(レベル2)
見切り(レベル21) 龍化(レベル29)
未来視(レベル23) 過去視(レベル23)
魂魄昇華(レベル7)
ステータス
攻撃:18243×15.2=277293
防御:18112×15.2=275302
素早さ:19399×15.2=294864
魔法攻撃:16575×15.2=251940
魔法防御:16356×15.2=248611
魔力:18221×15.2=276959“
こりゃすごい。薬を使用して少し意識を失っている間にどうやら俺はすさまじい力を手に入れたようだ。
これまでの戦闘の中での種族進化によるステータスアップと比べれば、非常に楽な力の手に入れ方。このステータスであれば、先日の能天使との戦いももう少し楽になったと思われるほどのパワーアップ。ところどころスキルも進化したものが見られ、おそらく戦闘行為となれば比べ物にならない力を発揮してくれると思われた。
「目が覚めたら進化とか、どんだけお手軽だってんだよ」
「そんなに気楽なもんじゃなかったんだぞ、あの後の私たちは」
流石は稀代の錬金術師だと思い、改めて自身のステータスを見る俺にそう言ったのは、いつの間にか部屋の入り口にいたスルトだった。
「お前、自分がどういう状況だったかわかってるか?」
「薬を打って意識を失った。その後ここまで運んでもらったってところか?」
「違う。確かにお前は意識を失ったが、正しくは一度死んだ、だよ。あの時のカナデを宥めるのにどれだけ苦労したか。少しの詫びじゃ割に合わないぞ?」
そう言うスルトの言葉に俺は首を傾げた。
確かいこういった意識を失うような事例の場合、本人にとっては一瞬に感じても、非常に長い時間眠っていたということはよく聞く話だ。だが死んでいたとはどういうことなのか。訝しむ俺にスルトは少し呆れた目を向けて言う。
「言葉のまんまだよ。薬を使ったお前は意識を失った。その後急激に心拍が弱くなってそのまま心停止。そのまま一時間くらいの間、確かにお前は死んだ状態だったんだよ」
「それ、ほんとか?ならなんでこうして話してるんだ?」
「私が知るかよ。とにかくお前が死んだもんだからカナデが暴れまくってそれを抑えた私とヨルムの苦労を労われ。それで何かくれ」
物欲しそうな目で俺を見るスルトにとりあえず無視し、俺は再び思考にふける。
一時間の心停止。仮にそれが本当だとしたら、俺がこうして普通に話していることに説明がつかない。心臓がその動きを止めれば、全身の臓器への酸素供給が止まり、多大な影響をもたらすことになるのは有名な話だ。
その中でも特に脳という器官は不可逆的であり、一度組織がダメージを受ければ元に戻ることはない。そしてそのリミットである時間は五分。それを過ぎれば脳細胞の崩壊がはじまることを考えれば、一時間も心停止の状態で無事だなど考えにくい。
原因を考えて居ると、無視されたことに不満気なスルトは徐にベッドに座る俺の足の間に入り、なぜかそこに座り込んだ。見た目としては親と子の戯れの図。仕方がないので頭を撫でてやったら満足そうに喉を鳴らしたのでとりあえず撫でておくことにする。
「インデックス。その時の状況はわかるか?」
“情報を解析中。スキル:過去視の一部権限の使用の許可を申請します”
「許可する」
“申請の許可を確認。過去視を使用し、種族進化時の状況の解析を行います”
そう言うと瞬く間の内に解析を開始したインデックスだが、どうやらこいつは俺の許可があればスキルを代理で行使することが出来るらしい。
スキルがスキルを使う。よくわからない話だが、その理屈で言うとインデックスは他のスキルの上位互換になるのだが。
と、そこまで考えたところで解析が完了したとの知らせが入った。
“解析が完了しました。結果を報告します。どうやら例の薬の効果は遺伝子の塩基配列を書き換える効果があった模様。それにより一時的に仮死状態に陥ったものと考えられます”
「脳細胞については?」
“破壊された細胞が新たな細胞に置き換わることで機能を保持したものと考えられます。記憶などは私がバックアップしておいたというのもありますが、どうやら塩基配列が変わる際に記憶野の部分はあらかじめ保護するように薬が作用していた者と考えられます”
そこまで聞いて改めて俺は錬金術師に戦慄する。言ってしまえばあの薬は人を作り替えるようなもの。しかも記憶や見た目などは保持し、遺伝子ごとより上位の生物へと引き上げる。元の世界でのノーベル賞などそれこそ鼻で笑えるほどの産物と言っても過言ではない。
“ただし全ての人で同じ効果がでるわけはありません。あくまで塩基配列の書き換えに耐えうる肉体が必要となり、常人では書き換え中に死亡するものと思われます”
そりゃそうだ。だからこそ錬金術師もしっかりと警告文をつけていたわけで、そうでなければこれを開発した段階で天使にだって対抗できたはずだ。でもそれをしなかったのは、できない理由があったから。
「なんにしても感謝だな」
「それで、強くはなったのか?」
「ばっちりな。素材もいろいろ手に入れたし、スルトの新しい器も作るから待ってろよ」
運も良かったのだろうが、とにかくこれで当初の目的を達成することは出来た。ならば次は何をするか。一度、全員で話し合いをする必要があるだろうと思った時だった。
「恭介さんがスルトさんといちゃついてます……」
「カナデか、ちょうどいい。今後の方針なんだけどな……」
「私は止めたのに無視して薬を使って、その上で一回死んじゃってすごく、ものすごく私が心配してたっていうのに、恭介さんは起きたと思ったら他の女とそうやっていちゃつくんですか、そうですか……」
なんだろう。入口にいつの間にか現れたカナデに今後の方針について相談しようと思ったら、非常に病んだ気配を出されているのだが。そういえばスルトがカナデが暴れて大変だったとか言っていた気がする。
「スルトの顔がふにゃふにゃ。よっぽどご満悦と見える」
「おいヨルム、火に油を注ぐな」
とりあえず弁明しようと思ったら、カナデの後ろからひょっこり顔を覗かせたヨルムが余計な一言。その上それを聞いたスルトはまるでカナデを煽るかのように鼻で笑うものだから、その後に起こったことは言うまでもないだろう。
「全部燃やしてやりますよ」
その後、休憩施設の一室が崩壊しただけで済んだのは、まさに奇跡としか言いようのないことだったと思う。そしてカナデにヤンデレ属性が追加されたのだった。




