第158話 力の秘宝
第158話~力の秘宝~
研究室。
それが部屋に入った俺が抱いた印象だった。所狭しと並べられた実験器具に至る所に貼り付けられ、中には床に落ちてしまったものある研究資料。ビーカーや試験管などが置かれた机には、あまり関わりたくはない色の試験薬なども置かれている。
「何かの実験でもしてたんでしょうか?」
カナデが床に落ちていた資料を一枚手に取り俺に渡してきた。そこに書かれていたのは人体の構造。そして他の資料にも似たようなことが書かれているようだが、微妙にそれぞれに差異があった。
「人間、亜人、魔族、天使それぞれの遺伝子の塩基配列に細胞の構造。んで、そっちのすでに誰もいない培養容器を考えると、どうやらここでは種族の掛け合わせみたいなのが行われていたみたいだな」
種族によってステータスや得意なものに差が出るというのはよく聞く話だ。例えば人間であれば割と平均的なステータスになり、亜人の中でも獣人などは機敏な動きが可能となる代わりに魔法が不得手となる。魔族は魔法に特化する傾向にあり、天使は神の使徒の特性ゆえ、身体能力も魔力も高いが、どうにも下位の天使は知能が落ちる傾向にあるらしい。
資料を読み解いていくにつれ、どうやらここを使っていたのはあの日記の主であり、錬金術師であった男であるということがわかった。
絶望的な天使との戦いの中で、減っていく戦力をなんとかしようとここで人造人間、いわゆるホムンクルスを作っていたようなのだ。
「私はこの字は読めないけど、うまくいったのか?」
「いや、結局戦いには間に合わなかったらしい。異なる種族の遺伝子は反発するらしくてな。成長の段階でほとんどが死んじまうんだと」
確かにその実験結果には覚えがあった。俺もかつて龍であるエリザの血を取り込み生きながらえた者だ。異なる種族の血が入っただけで、耐えがたい苦痛を味わった。上手く種族が進化したからこうして生きてはいるが、もしそうでなければこの実験結果の通り死んでいただろう。
「ほとんどってことは成功もしたってことです?」」
カナデが俺の言葉の一部に気付きそう尋ねる。
確かに俺は今、全部ではなくほとんどという表現を使った。その理由は研究室の奥、錬金術師が使用していたと思われる机の上の研究資料を読んだからだ。
「ああ、どうやら彼の命が尽きる前に、一体だけ作成に成功したらしい。人間の胚を使い、そこに他の種族の秀でた所だけをより集めた遺伝子を注入した。正直詳細はよくわからないが、そこから何かが生まれたということは間違いないみたいだ」
最初はすでに出来上がった人間などをベースに、そこに遺伝子情報を入れるということしていたようだが、最終的にはまだベースの形成が始まる前の胚の状態から育てるということに辿り着いたらしい。
そしてそこからも気の長くなるような実験と失敗を経て、最後の最期、死ぬ寸前になんとか一体だけ作り出すことに成功したようだ。
「その完成したホムンクルスはどこに?」
「わからん。ここに書かれてるのは成長記録の途中まで、大体今のヨルムと同じくらいの大きさまでの成長記録だ。そこから先、このホムンクルスがどうなったかは書いてない」
おそらく錬金術師が死んだあと、このホムンクルスは施設から出たのだろう。でなければここはその何かにとっての家みたいなもの。俺達のような外部の者が来た際に、迎撃を行わなければおかしいのだから。
「おい、キョウスケ!こっち見てみろよ!!」
資料を読みふける俺をスルトが呼ぶ。そちらに目を向けてみれば、そこにあったのはガラス戸のついた冷蔵装置のようだった。中にはいくつも試験管が置かれているが、そのなかの一本が、妙に神々しく輝いているではないか。
「こりゃなんだ?」
「私も見つけただけだからわからないが、なんか一本だけ光ってるし、いいものかもしれないと思ってキョウスケを呼んだんだよ」
確かにスルトのその推測はおかしくはない。他の試験管が空だったり、妙にグロテスクな色をしているのに比べ、その試験管だけは金色に輝いているのだ。
「恭介さん。どうやらそれが私たちのお目当ての物みたいですよ?」
そう言いながらカナデが冷蔵装置の脇に置かれていた資料の束を持って、俺の隣に立つ。手渡されたその資料を読めば、なるほど。確かにカナデの言う通り、この試験管こそが俺達がそもそもここへ来た理由となる物のようだった。
「種族進化剤、ね」
錬金術師はホムンクルスを生み出す過程で、様々な失敗と発見を繰り返していた。その中の発見の一つがこの試験管の中にある薬品らしい。
「この薬は取り入れた者の遺伝子情報を書き換え、より効率的に、そして強いものへと進化を促す作用がある」
「てことはこれが力の秘宝ってやつか?秘宝とは呼べないけど、目的達成だな!」
スルトはそう喜ぶが、俺はこれを見て素直には喜べなかった。その理由はすぐにそれを察したカナデが言った質問の通りだからだ。
「デメリットはなんです?」
どんな薬であっても必ずデメリット、つまり副作用というものは存在する。そもそも自然の流れを変えようとしているのだから、そこにはそれを抑止しようとする流れもまた存在するのだ。
いわば作用、反作用の関係。力に対しては相反する力が存在するように、いい作用を及ぼす薬であれば逆の作用も存在するということだ。
「メリットは種族の進化。そしてデメリットは想像の通り、死だ」
なんのことはない。これまで俺が種族進化を果たしてきた際には必ずすぐ隣に存在していたもの。それが今回もやはり隣にいたというわけだ。
「ならこの薬は無しです……」
「使うぞ?」
カナデが無しと言いかけたが、俺はそれを遮り薬を手に取った。冷蔵保管されていたせいかひんやりと冷たい試験管の冷気が手に触れるが、俺は構わずそれを装置から取り出した。
「いや、何言ってるんですか!?わざわざそんな危険なもの使う必要ないですよ!?」
「馬鹿言え。今までだってデメリットはあったんだ。それでもこうしてそれを選択したからこそここまで来た。ここで呑まない選択肢はない」
「だからって、今までと今では状況が違うじゃないですか!!確かにこれまでもデメリットはありましたが、その時はそれをしなきゃ死んじゃうような状況だったんです!でも今はそうじゃないじゃないですか!!」
カナデの言い分もわかる。これまでに俺がリスクを犯してきたのは、あくまでそうせざるを得なかったからだ。
死骨山脈での戦い然り、サイモンとの戦い然り、そして帝国での能天使との戦い然り。だが今回は違う。今は特にそういった危機的状況ではなく、俺にはこの薬を使う使わないの猶予がある。仮に使うとしても今すぐ使う必要はない。この先使わなければ勝てない相手が現れた時にでも使えばいい。確かにそう言った考え方もあるのだ。
カナデはそういったことを考慮したうえで抗議している。もっとも根底には俺に危険なことをするなと思っているだけかもしれないが。
自惚れているわけではないが、カナデが俺に向けている好意はそれほどだという自信はある。俺だってきっと逆の立場であれば薬の使用を止めたに違いないのだから。
「デメリットも取れないようではこの先生き残れるわけがないだろ」
それでも俺が今この場で薬を使用すると決めたのは、きっと俺達にはそこまでの余裕があるとは思えないからだ。
多分今はどういうわけか小康状態を保っているが、次の瞬間には天使が俺達を殺そうと襲撃してくる可能性がある。
ただでさえシルビアス王国の侵攻という、クラスメイトとの再会もあるかもしれない状況だ。今この近くにその戦場に繋がる転移陣があることからも、きっとこの先俺があいつらと再び顔を合わせるときが来ることは間違いないだろう。
そんな未来が予想できるのに、デメリットを恐れて強くなる機会を先延ばしにする。そんなことをしていて生き残っていけるはずがない。仮に一度はなんとかなったとしても、きっとギリギリの選択を迫られた時にそういった弱い心は死へと俺を流してしまうだろう。
「心配すんな。これまでもなんとかなっただろ?」
「恭介さんは一度決めたら私の言うことなんてちっとも聞いてくれないから嫌いです」
努めてあっけらかんと笑って薬を注射器のシリンジへと詰める俺に、カナデが諦めたようにそう呟いた。
「ちゃんと生きてくれないと許しませんから」
「大げさだな。ちょっと薬をキメるだけだ。すぐ済むから待ってろよ」
そうして俺は自身の肘付近にある静脈へと薬を打った。直後に訪れるのは遠のく意識とカナデの叫び声。
俺の意識は闇へと呑まれていくのだった。
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