第137話 少年の正体
第137話~少年の正体~
「この度は勝手に部屋に入り、その上で人を見下した態度をとってしまい誠に申し訳ありませんでした」
そう言って地面に頭をこすりつける様に、所謂、土下座を行う少年はキックス・エル・カンビナ。つまりはこのクソガキ、このカンビナ王国の王子だったようなのだ。
とはいえ悪いことをしたら謝るのは道理。なんだかんだと理由をつけて謝らないように駄々をこねたり、王族としての正体を明かして権力でごまかそうとしたり、あまつさえようやく謝ったかと思えば、『この俺が謝るんだ。感謝しろ』などと言いだしたので、その都度ひっぱたいていたので今やキックスの両の頬は真っ赤にはれ上がっていた。
「最初っからそうやって謝ってれば痛い目も見ずに済んだんだ」
「とか言いながら両側均等に叩いてた辺り、恭介さんも楽しんでましたよね」
「だよな。確かにそのガキも大概だけど、頬にだけダメージ入れるあたり、絶対あいつSだぞ」
「あ、わかりますそれ!恭介さん、ベッドでもその気があるんですよ!!最初は受け身なのに、一線を越えると途端にすんごくなるんですよね!!」
「なんだよそれ。うん、やっぱり私の器ももう少し大きくしてもらわないといけないよな」
「話しがそれてんだよ。てか見て見ろそのガキを。顔真っ赤じゃねぇか。年頃なんだからそういう生々しい話はやめてやれ。後ろのお前も赤くなってんじゃねぇよ」
どうやらキックス少年にはカナデの猥談は刺激が強かったらしい。十二頃と言えば、ちょうど思春期に入る頃合いだ。土下座から顔を上げたキックスの顔は赤く、その後ろに控えていた女兵士の表情も赤くなっていた。さっきまでの必死な懇願がまるで嘘のような空気である。
そんなこんなでキックスの土下座も終わり、ついでに女兵士以外の兵士にも一緒に土下座させた俺は、女兵士に事の次第の説明をさせることにした。
近衛なのだろうが、聞けばキックスはカンビナ王国の第二王子。どう考えても王都から離れ、護衛の兵士もこれだけ少ない状況で街にいるとは考えにくい。本来であれば街中に王族が訪問するとのお触れがあり、厳戒態勢を敷かれるほどの事態なのだ。そうでない以上、何かがあったと考えるのが自然だろう。
「私はキックス王子の世話係兼近衛兵のアイビス・リナシティーと申します。まず最初に謝罪を。王子含め他の者が大それた態度をとってしまい申し訳ありませんでした。それでその、なぜ王子がこのような場にいるかなのですが、できたらそこには触れないで頂けると」
「大方、シルビアス王国がらみだろ。せめて第二王子くらいはと言って逃がした国王の計らいってわけか」
「な、なぜそれを!?」
驚愕する女兵士、もちろんアイビスだが、俺がそう考えたのはインデックスによる情報のおかげだ。
“カンビナの王都は王国西端に近い場所にあります。砂漠の国であるカンビナにおいて、海洋の資源や貿易は生命線でもあるためかつての王族は海に近い場所に王都を作ったそうです”
その情報と現在、カンビナ王国へ侵攻をしているシルビアス王国がその海から侵略してきていると考えれば自ずと答えは出る。
「戦況はあまりよくない、か」
「……っ」
考えないわけではなかった。シルビアス王国が侵攻していると聞いた時に真っ先に考えたのだがクラスメイトの関りだ。
あの後、シルビアス王国にいたはずのクラスメイト達がどうなったのを知ることはなかったが、俺はおそらくだが木山があの国を自分の手に収めようと動くに違いないと考えていた。
まったく嬉しいことではないが、悪い意味で付き合いだけは長いせいで、木山の性格など痛いほどわかっている。自分の思い通りにならないと気が済まない。そのためにはあらゆる手段を講じて主導権を奪いに来る。
頭の良さとカリスマ性を併せ持つ木山だからこそできる芸当だが、シルビアス王国においても同じことをしたに違いないと俺は確信していた。
あの王女が言っていたことが真実かどうかはさておき、魔王とやらの対策に呼びだしたのが俺達のクラスなのだとしたら、それと戦わせようとするだろう。ぶっちゃけ神やら天使やらのせいで魔王なんて存在をころっと忘れていたわけだが、それはまぁいい。
おそらく魔王がいるとすれば、この中央大陸のさらに北にあるらしい大陸なのだろうが、今回の侵攻はそこへ行くまでの中継点の確保とも取れるが、もし魔王の討伐をするのであればカンビナ王国に協力を求めればいいだけのこと。にもかかわらずわざわざ侵攻をしてきたあたりに木山の影を感じてしまうのだ。
あいつが誰かに命じられて動くはずがない。すでにこの世界に来てから半年以上が経過していることを考えれば、シルビアス王国が木山の手に落ちたとも考えられる。だからこそこのタイミングで動いたと考えた方が、木山をよく知る俺としては非常に納得できるのだ。
もしいまの過程がその通りだとしたら、カンビナ王国にとっては非常に苦しい事態のはずだ。何せシルビアス王国には破格の力と言われる天恵を持つものが三十人近くいるのだ。かつて伝説の魔物すら凌いだその力を持つ者がそれだけいて、普通の人であるカンビナ王国が勝てる道理がない。
「あなたは、一体何者なのですか……?」
「見ての通りただの旅の冒険者だよ。それ以外になんに見えるってんだ」
「それは……」
否定をしないところから見て俺の推測は正しそうだ。このままでは王都も危ないと判断したがゆえ、キックス第二王子を逃がしたのだろう。少ない護衛もシルビアス王国への対処のせいで人が割けないと考えればつじつまが合う。
「で、まさかとは思うが、シルビアス王国に対抗するために俺達の力を当てにしたなんて言わないよな?」
このタイミングでその第二王子が冒険者を従者にしようと動くのであれば、その可能性は十分に考えられる。そう思い尋ねたのだが、どうやら俺の考えはそこだけは違っていたらしい。
「違う!!俺がお前たちに頼もうと思ったのは、砂漠の北に出たという魔物の事なんだ!!」
そう言って必死に叫ぶキックスの姿に、俺はため息を吐きながら詳細を話すように促す。
「詳しく話せ」
「俺は確かにこの国の第二王子であり、お前の言う通りシルビアス王国の侵攻により危険の迫った王都から逃がされた。あの国は異常だ。我が国の誇る海軍をものともせず、たった数隻の軍艦でその十倍はあろうかという数に拮抗どころか競り勝ちそうな状況なんだ」
そう言って項垂れるキックスだが、これでシルビアス王国の侵攻にクラスメイトが関わっている可能性が濃厚となった。
本来戦争というものの勝敗をわかつのは有する軍の総数だ。もちろんこれまでに少数精鋭で大軍を退けたという事実がないわけではないし、有能な指揮官によっては往々にしてその現象は起こりえる。
だが今のキックスの話が事実であるとするならば、戦力差十倍という数字を簡単にひっくり返すのはまず難しい。さらに詳細に戦況を聞いてみれば、シルビアス王国はほぼ真正面からカンビナ王国海軍の防衛を打ち破ろうとしているというではないか。
これはもう異常だ。かつての名軍師による数的不利を覆した戦いのどれもが奇策や奇襲などによりそれを成している。元の世界の三国志時代、諸葛亮孔明が赤壁でみせた火計がそうであれば、織田信長の見せた桶狭間での戦いもいわば奇襲。そういった方法をとらなければ、大軍を退けることなどは不可能と言える。
だがもう一つだけ方法はあるにはある。簡単に言えば圧倒的な個の力により正面突破をするという方法だ。
どれだけ数がいようと蟻の大群が象に勝てないように、圧倒的な力はそれひとつで戦局をひっくり返すにたる。そしてシルビアス王国のクライメイトの存在を考えれば、これはもう侵攻に参加していると考えるのが普通だろう。
「兄である第一王子は父の補佐のために国に残り、他の兄弟もまた防衛のために王都に残った」
「どういうことだ?お前の兄や姉ならそれもわかるが、弟や妹がいるならお前よりも年下だろう?なぜ一緒に逃げてこない?」
そう尋ねた俺に、キックスはこれまで見せたどの表情よりも悔しそうに顔をゆがめた。
キックスの兄や姉が防衛の面で王都に残るのはわかる。先日までいたキュリオス帝国でも、皇族が要職についていることはあったのだからカンビナ王国でもその可能性はある。
だがキックスの見た目の年齢は十二ほどであり、その下の兄弟ともなれば二けたに満たない者もいるはずだ。もちろん何事にも例外はあるだろうが、それでもその年齢の子どもが戦争に必要かと問われれば答えはノーだろう。
「王族が一人でも生き残れば、国の再建は可能だと父は言った……。そのために誰かが王都を離れる必要があったんだ」
「いやだからな、それならお前の下の兄弟はどうしたんだって聞いて……」
「俺が適役だったんだ!!」
答えになっていない言葉を返すキックスに、再度理由を尋ねる俺だったが、その言葉はキックスの悲痛な叫びで遮られた。
「俺が、俺が剣も魔法も何も才能のない無能だから!!下の兄弟たちですら何かの才能を持っていて、まだ俺の半分の年にしか満たない妹ですら戦力として見られているのに!俺は何もできないからこうやって逃がされたんだよ!!」
その言葉にアイビスが感情を顔に出さないようにしてはいるが、握りしめられた拳に隠しきれない感情があふれ出す。他の兵士も同様で、悔しさに顔をにじませている。
「俺には力がない。助けたいものも何も助けられない。だから頼む。俺に力を貸してくれ」
そう言って今度は自発的に頭を下げるキックスに、俺はさらなる話の詳細を促すのだった。
砂漠に出現した魔物。当初の目的にここにきて新たな線が交わりました。その交わった線はどこに向かうのか。どうぞお楽しみに。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
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