第132話 懐かしき者からの連絡
第132話~懐かしき者からの連絡~
帝国西部からカンビナ王国の境界線は非常に明瞭だ。帝国の最西端にある街を通り過ぎて三日。それまで草原が広がっていたはずの帝国領である場所から先に広がるのは、どこまでも広がる砂の大地。太陽の光を吸収することなく反射するその砂は黄金に輝き、ひとたび足を踏み入れれば密度の低い砂の地面に足をとられる。
そう、俺達は今まさにカンビナ王国への第一歩を踏み入れたのだ。今まさに侵略戦争の舞台となっている砂の王国へと。
「意外だな。国境って言うくらいだから何か検問でもあるのかと思ったんだが」
「ですねー。金網と銃につねに不法入国をもくろむ人たちの死体。そんなのが陸続きの国境の光景だと思っていたんですが人っ子一人いませんね?」
俺とカナデがそう言ったのも無理はない。その国境線は、およそと元いた世界である地球とは似ても似つかない、そんな光景だったのだ。
国境には何もない。カナデの言う金網などなければそれこそ隔てる柵など何もない。入国を許可する者もいなければ、誰一人いないというのが見える範囲の光景なのだ。
「キョウスケ達の世界がどうかは知らないが、少なくともこの世界に明確な国境なんてないからな。街に入るのにチェックはあるが、国境に何かを配置するなんてそれこそ無駄でしかない。でかい街道ならともかく魔物もいるし、何よりこの砂漠こそが天然の国境だ。人が守るよりもよっぽど効率的だよ」
そう言うスルトの言葉に確かにと俺は納得した。ここまで来るのに通った国境は多くないが、そのいずれも確かに天然の国境線が存在していた。
シルビアス王国からアーネスト公国の境には死骨山脈が。アーネスト公国からキュリオス帝国の境にはユーリシア川が。そしてキュリオス帝国からこのカンビナ王国の境には、この広大な砂漠が広がるというわけだ。
一般人から外れた俺達だからこそこれまで無茶苦茶な道程を通って来たが、普通は国を移動する時には大きな街道を利用する。そこにはスルトの言う通り兵士もいれば検閲もあるそうだが、そう聞けばこれまで俺達がそれを知らないのも頷けるというものだ。
砂漠を徒歩で越えるのは自殺行為。砂に足をとられ体力を消耗し、太陽の照り返しに体から水分を奪われる。どこまでも広がる砂という河原に光景に精神をすり減らし、最後には目的地にたどり着くことなく死んでいく。ゆえに普通の人は砂漠をこう呼ぶのだ。
砂の監獄と。
とはいえそれはあくまで普通の人たちの話であって、俺達に関係があるかと問われれば全く影響などない。そもそもいまさら砂漠の苛烈な環境が人から外れた存在である俺達に影響があるわけもなく。しかも全員が空を飛べるのだから素直に砂漠を歩く理由もない。
となればその道程は非常に容易く、砂漠に入って半日もする頃には、俺達はオアシスを見つけ、そこで休息をとっていた。
「随分と久しぶりだな。少しは国も落ち着いたのか?」
『おかげさまで。荒れていた北部もシュライデンさんのおかげでなんとかまとまり、公国内ももとの状態に戻りつつあります。ですがなんといいますか。そんな復興ムードになっている公国に、非常に気になる情報が入りましてね』
「へぇ、何がそんなに気になるって言うんだ?」
『なんでもアーネスト公国の北側、ユーリシア川を越えた先に新たな国が興ったというじゃないですか。これまで帝国東部だったその場所を帝国皇帝自らが譲り渡し、新たな公国が出来たって話なんですよ』
砂漠のオアシスで通信機越しのそんな会話を俺としているのは、以前世話になった国、アーネスト公国の南部地方領主であり公爵、マリオット・クーサリオンその人だった。
アーネスト公国を立つ際、俺はその国で特に信用するに値すると思った二人に錬金術で作った通信機を渡していた。その一人が今しがた俺に連絡をしてきたマリオット公爵その人だ。どうやらマリオット公爵は、つい最近非常に俺が知っているとある新興の国に興味を示して連絡をとってきたらしかった。
「それをどうして俺が知っていると?」
『詳細は省きますが、簡単に言えば帝国に潜り込ませていたスパイからの情報ですかね。まさかつい先日我が国の危機を救った人が、いきなり隣国の王になるとはさすがの私も思いませんでしたよ』
そう言いながら通信機越しに乾いた笑いを出すマリオット公爵。その気持ちもわからなくもない。マリオット公爵の言う通り、まだ記憶に新しいアーネスト公国北部の内乱の際に戦った俺達が、大陸北側最大の帝国から国を譲渡されたのだ。それはもはや青天の霹靂、一刻も早く状況の把握をしたいと思っても仕方のないことだろう。
「なんだ。知ってるなら話が早いな」
『はい?』
「侵略してやろうか?」
俺のそんな冗談で言った一声に、通信機越しでもわかるほどに息を呑む音が聞こえた。
『本気、ですか……?』
「さぁ。ただ、もし俺の国に手を出したら、その時はわかるよな?」
焦りを色濃く見せるマリオット公爵の声。当然、俺にはそんな気はさらさらないが、それでも俺は脅しの意味を込めた言葉を突きつける。
何もマリオット公爵がレヴェルに対しどうこうするとは俺も思っちゃいない。ふざけた態度をとることもあるが、あれでやり手の領主だ。手を出しちゃいけない相手くらいはきっちり理解はしているはず。それでも俺がこうして脅しをかけたのは、抑止のため。上の立場であるマリオット公爵が聡明でも、その下が同じであるとは限らない。つまり俺は、どこぞの馬鹿がレヴェルに対しちょっかいをかける可能性をあらかじめマリオット公爵を使って潰したかったのだ。
今まさに黒死病と天使の襲撃から立ち直ろうとしている新しい国。不本意であったとしても、俺が上に立ったのだからそのくらいのことはする必要がある。そう思ったがゆえの脅しだったのだが、どうやらその効果はてき面だったようだ。
『絶対に誰にも隣国に手を出させることはしません。クーサリオンの名において誓いましょう』
「察しがよくて何よりだ。話のわかる隣人は嫌いじゃないぜ?」
『私は今ので寿命がだいぶ縮んだ気がしましたがね』
「長命なエルフなんだろ?少しくらいは誤差の内だ」
そう言い切った俺に、マリオット公爵は一つため息を吐くとそれ以上それに対して言及することはしなかった。おそらくこれ以上何かを言っても自分に利はないと悟ったのだろう。その上で最低限自分の知りたいことは聞けたのだから、ここで引き下がることを選択したというわけだ。
「そういえばあの親子は元気にしてるか?」
マリオット公爵が話題を終えたのだからと、俺もそれに乗じて話題を変えることにする。俺が気になったのは、帝国に入った際、最初に救った親子の事。
ミレイユとミルファ。
人間であるミレイユと、鬼人とのハーフであるミレイユの娘であるミルファ。黒死病を治療し、マリオット公爵に預けた二人がその後どうしているか気になったのだ。
『あの、そのことなのですが』
「おい、まさか何かあったんじゃないだろうな?」
歯切れの悪いマリオット公爵の返答に、俺の言葉に剣呑たる雰囲気が混じる。
『ち、違います!誤解しないでください!!親子はすごぶる元気です!本人達たっての願いで、今は屋敷の使用人として働いているのですが、どうにもあなたが新たな国の王となったことを聞いたみたいでして、その……』
「なんだよ。はっきり言え」
『いや、それを聞いた親子がそれならすぐにあなたの治める国で暮らすと言って聞かないのですよ。今回のご連絡は、もちろん事の真偽を確かめることが第一目的でしたが、そちらの件についてもあなたの意見を伺うのが目的だったんです』
そう言って疲れた声を出すマリオット公爵に、俺の方もどう返事をしていいのかわからずに、思わず天を仰いでしまうのだった。
というわけで三章開始です。砂漠の国での物語のテーマは過去と再会。いろいろと新たな事実が出てくる三章を、是非お楽しみください。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
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