第129話 ナイジェルの決断 後
第129話~ナイジェルの決断 後~
その後、セレスとシャルツ侯爵の迅速な動きにより東部から帝都に向けて進軍していた軍は全て停止。速やかに自身の領地に引き返したことにより、一滴の血が流れることなく終わったこの東部の反乱は後に、“無血の反乱”と呼ばれることとなる。
そんな一幕がありながらも無事に帝都の問題を収束させた俺達は、帝国最後の仕事を片付けるために再び帝都を訪れていた。
「しかしあれだな。最悪武力での制圧も考えてたんだが、なんであの侯爵は俺の言ったことを信じたんだろうか」
思い出すのはシャルツ侯爵が俺の話をすぐに受け入れ、しかも感謝まで示し動いてくれたということ。仮にあれがなければ北東部か南東部、どちらかの軍は帝都に届いていたか、あるいは俺達の誰かが制圧に乗り出していた可能性は高い。そうならなかったのは、ひとえに俺の話を信じたシャルツ侯爵のおかげでということになるのだが、未だにその理由がいまひとつわからないのだ。
「そうですね。理由ならいくつか思い浮かびますが、一つはセレスさんでしょうね」
執務室の椅子に座り、積み上げられた書類を片付けながらも俺の問いに、ナイジェルはそう答える。
「シャルツ侯爵はおそらく聖女セレスから事のあらましを聞いていた。もともとセレスさんはシャルツ侯爵領の出で親交もあったみたいですし、天使の行いやロータスで起こったことに対してもある程度は理解していた。いえ、全て信じていたのでしょう。だからこそキョウスケさんの話を聞いて納得し、軍を引いてくれた。僕にとっては僥倖ですね」
「納得は出来るがそれだけじゃ足りないだろ?」
確かにナイジェルの言うことは一理ある。後で聞いた話だが、どうやらセレスは幼少期に親を失っており、教会に引き取られたセレスの後見人となったのがシャルツ侯爵らしいのだ。いわば親子のような間柄である二人の関係性を考えれば、その娘同然の存在の言葉を信じたのには納得がいく。
だがそれだけじゃ足りないと俺は考えた。いかにセレスの話を信じたとして、その結果として帝都で起きたことまで信じるには根拠が不足する。そう思い話の続きをナイジェルに促した。
「状況を鑑みるにセレスさんの涙やキョウスケさんが薬をつくった張本人など、いろいろ理由は考えられますが一番はキョウスケさん、あなたの存在ですよ」
ナイジェルのその言葉に俺は首をさらに傾げる。先の理由や黒死病に対する抗生物質を作ったなどはセレスから聞いているだろうからまだわかる。だが俺の存在などと言われても、俺にはその意味がまったく理解できなかった。
「多分キョウスケさん自身にはわかりません。ですがあなたを見て、そして救われた僕にはわかるんです」
真剣な目でそういうナイジェルは言葉を続ける。
「この世界の人間は大半が神という存在を敬い、そして信仰しています。これほどの人が存在しながらただ一人の神という存在を崇め、奉る。これはきっと素晴らしいことなんだと僕は思います」
確かにナイジェルの言葉は正しい。実際、元の世界でも神は住む国々、信仰する宗派によって多数の存在となっていた。だがこの世界ではそれがなく、ただ神という一つの概念を信仰しているというのだから、もはやそれは異常とも呼べるものなのだろう。
「しかし今回のことで、我々はその神から裏切られるという事態に直面したのです」
神の呪いの真実、天使の襲撃、そして能天使の暴走。いずれも神に連なる者が人々を殺戮しようとしたものであり、実際多くの者が命を奪われた。それを知った人々の心境はあまりあり、心が折れかけた者も中にはいただろう。
ナイジェル自身もまた、あの騒動の真実を聞き、もはや立ち直れないのではと思ったほどだった。
「ですがキョウスケさんがいました。僕たちに全ての事実を話した後、キョウスケさんはこう言ったんですよ」
“俺は神を殺す”
「なんか改めて言われるとやばい奴だな」
「そんなことはありません。その言葉のおかげで僕たちは救われ、そして立ち上がれたんです」
圧倒的な敵に対し、それでも立ち向かうと言った者がいる。しかも実際にその敵を打ち倒してみせたうえでのその言葉。救われないはずはなかった。
「だからこそ、シャルツ侯爵もキョウスケさんの言葉を信じて軍を引いてくれた。僕はきっとそうだと思います」
そう言って笑みを見せたナイジェルに、俺はただ苦笑することしかできず、出されていた紅茶を一気に煽ることでその視線から逃れるのだった。
◇
帝都で起こった騒動から二週間。ほとんどありえない速度で執り行われることとなったナイジェルの戴冠の儀は、今まさに俺達の目の前で執り行われている。
本来国のトップである皇帝の戴冠という、国を挙げてのイベントだ。年単位の時間をかけて計画を練ることが通例であることを考えれば、二週間というスピードがどれだけ異常であるかなど容易にわかる。
それでも未だ帝城の修繕が済んでいないにも関わらずこれを無理やり敢行したのは、ひとえにナイジェルが速やかに皇帝の座に就くためだ。
「永くこの帝国は天使という神の使いにより支配されてきました」
戴冠を終え、頭に皇帝の証である王冠をかぶるナイジェルが集まった帝国各国の貴族、そして会場に入ることのできなかった人たちへ向けて言葉を向ける。
権天使による支配と能天使への進化の末の暴走。
この事実は帝国東部の人々は速やかに信じたが、西部の人々はまるで反対の反応を見せた。
それも当然だろう。実際黒死病の被害を受け、天使の襲撃が行われたのは帝国の東のみ。その間の西部と言えば、東で何かあったらしいという認識しかなく、信仰する神がそんな行いをしたなどと信じられるはずがないのだ。
「天使による支配があったのは事実。ですが我々皇族が、今回東部に住む人々を見殺しにしようとしたこともまた事実です」
淀みないナイジェルの言葉が会場に響く。外にいる人々にも、ナイジェルの声は拡声魔法によって伝わっていることだろう。誰もがナイジェルの声に耳を傾け、そして次に発せられる言葉を待っている。
「ですがそれはある方たちにより救われました。今やこの国に天使はおらず、多く流れた血のもとに我々は自由を勝ち取ったのです!!」
黒死病により死んだ人。天使により殺された人。たくさんの血が流れ、その結果として今がある。事実ナイジェルも家族を失い、近しい者も失った。それでも立ち上がり、ここで演説を行っているのだから、その胆力は俺の想像など到底およばないものなのだろう。
「しかし帝国が受けたダメージもまた甚大。国の中枢である帝城は計り知れないダメージを負い、いまは復興の最中。そして東部の方々においてはそんな帝都への疑惑の念は捨てきれるものではないでしょう」
機能の大部分を失った帝都と一度は反乱を起こした東部。セレスや俺達の働きかけによって鎮まった争いだが、未だに帝都に襲撃をかけようとする輩はいる。シャルツ侯爵やそれに並ぶ良識ある貴族が今は押しとどめているが、それもいつどうなるかはわからない。
はっきり言って今の帝都に広大な帝国をすべてまとめるだけの体力はないのだ。
「ゆえに決断しました。僕が、いえ、余が皇帝の座につき最初に行う政策、それは帝国東部地方において国を分断し、公国とすることである!!」
ナイジェルのその発言に、全ての人々がどよめいた。
疑惑渦巻く東部に加え、西部の貴族たちも一連の騒動に疑惑の目を向けている。ただ実害を被っていないのと、西部にはとある有力な貴族がいることでまとまってはいるが、今の帝都には西部をまとめることで手いっぱい。とてもじゃないが東部にまで手が回らない。だからこそ、東部には独立をしてもらう。自分たちで国を治め、自治をしてもらうことで帝都の負担を軽くすると共に、反乱の機運高まる人々を抑えようとしたのだ。
それはまさに奇策。だがその決断は容易ではない。
国がその領土を失うというのは、言ってしまえば人が体の一部を失うことと同じ。いかに自国の存亡のためとはいえ、この決断を下せるものがどれだけいるだろう。将来的に見ればプラスとなると分かっていても、明らかに自身にマイナスな面が大きいこの決断は並大抵のものには下せない。
「そしてこの国の初代公王に、私はとある人物を推薦したい!!」
そこでナイジェルの目が、演説するナイジェルの壇上の横、袖でそれを見守っていた俺の方を向いた。
おい、まさかとは思うがやめてくれよ。
そう思うが時すでに遅し、ナイジェルは止める間もなく言葉を続ける。
「帝国東部を公国とする新たな国、その名はレヴェル!!神に抗いそして戦う者達の国!その初代公王に、此度の戦いの雄であるサイトウキョウスケを指名する!!」
割れんばかりの歓声と戸惑い、そして困惑が入り乱れる中、カナデとスルトのにやにやとした笑いを背に受けながら、俺は頭を抱えその場にうずくまったのだった。
というわけで主人公は国王になりました。これから先この展開が後にどう関わっていくのか。間もなく終わる二章とそこからはじまる三章に向けて、是非楽しみにして頂けると嬉しいです。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
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