第128話 ナイジェルの決断 中
第128話~ナイジェルの決断 中~
帝都へ向けて行軍していた軍は、セレスの働きによりその動きを止め、各自駐屯の用意を執り行っていた。
その中でもまず一番最初に設営された天幕、しかも元の世界の通常サイズの戸建てならすっぽり入りそうな大きさの天幕に通された俺達は、その中に設えられた装飾の施された椅子に座る初老の男性と向かい合っていた。
「キョウスケ様。この方は帝国東部圏の中でも有力貴族であるシャルツ・ビネガン侯爵様です」
「ああ、俺は斎藤恭介。あんたがこの集団のトップってことで間違いないな?」
セレスの紹介を受けた俺は、余計な問答を全て差っ引いてシャルツ侯爵にそう聞いた。
「貴様!こともあろうに侯爵様になんという舐めた口を!!」
だが当然、俺の態度についてよく思わないやつはいる。侯爵の周囲に警護のためについていた近衛兵であろう男たちが、一斉にこちらに向けて厳しい視線を向けて来たのだ。
慌ててセレスが取りなそうとするが、俺はそれを片手を挙げることで制すると、あえてそのまま続ける。
「時間がないから端的に言う。今すぐにこの軍をまとめて自分の領地に帰れ。すでに帝都にあんた達の目的とするものは何もない。にもかかわらずあんた達が今帝都に現れればただ迷惑なだけだ。早々に引き上げろ」
こちらの一方的な要求に対し、侯爵はそれを吟味するかのようにこちらを見る。言葉足らずなことは分かっているが、実際にそこまで時間がないのだ。
今、帝都に向けて進軍している東部の軍は大きく分けて三つ。東部地方の有力貴族により組織されたその軍は、北東、南東、そして今俺達がいる東部中央から帝都に向けて行軍している。その軍のなかで一番早く帝都への到着が予想されるのがこの東部中央軍であり、俺達が先んじてここへきたのはそのためだ。これから先、ここが終われば他の二か所へも行く必要があるため、そこまでの時間はここにさけない。それゆえのはしょった説明だったのだが、それに対してやはり近衛はお気に召さなかったようで、さっきまでの威嚇からついに殺気に変えて俺達に吠え掛かって来た。
「この愚か者どもが!!いうに事欠いて我々に撤退とはどの口がほざく!!」
「がたがたわめくな。俺は今そこの侯爵と話してんだ。お前の出る幕じゃねぇからすっこんでろよ」
「こ、この!?貴様のその狼藉は捨ておけん!今この場で叩き殺してくれる!!」
言うが早いか腰に帯刀していた直剣を引き抜きこちらへ切りかかる近衛に、俺は何度こういった直情的な馬鹿を相手にしなければならないのかと嘆息した。
「スルト」
言葉は一言。俺がそういうよりも早く動き出していたスルトは、切りかかって来た近衛の剣を素手で受け止めると、そのまま掌打で近衛を天幕の外まで吹き飛ばした。
「あ、やべ」
「スルトさん、いくらあの馬鹿天使との戦いの後とは言え、手加減がへたくそじゃないですか?」
「いや、相当加減したつもりだったんだけど、やっぱあの戦いの後だと難しいな」
思うよりも加減が出来ていなかったらしいスルトにカナデが突っ込むがすでに後の祭り。天幕の外から聞こえる悲鳴にも見た叫び声を聞くに、どうやら近衛はそれなりに重症のようだ。まぁ、慌ててセレスが飛んでいったから大丈夫だろうが、今後は俺も気を付けることにしよう。強くなることで一般から隔絶してしまった俺達は、力の使い方にも気を配る必要があるだろうから。
「で、他にもああなりたい奴はいるか?」
だがそれはそれ。今はこの状況を利用されてもらい、物事を進めることにする。現に今まで殺気を振りまいていた近衛たちは、すっかりそのなりを潜めて剣を手にしたまま後退している。それでも侯爵を見捨てないだけの分別はあるのか、その周囲からだけは離れないところを見ると、捨てたものではないのだろう。
そしてその侯爵と言えば、未だ何も言わないが、激しく動揺していることが見て取れた。得体のしれない俺達が現れたとはいえ、まさか自分の近衛が紙屑のようにあしらわれるとは思わなかったのだろう。しかもスルトの容姿は幼女のそれだ。その異常さを目にしては、一般的な良識をもつものなら恐怖に駆られてもおかしくはない。頬に一筋の汗を流しながらも、それでも表情をなんとか変えずに保っている侯爵は有能だという証明だった。
「やめてください。手を出したことは謝ります。これ以上手は出させませんので、できれば対話をさせて頂きたいのですが構いませんか」
「ああ、もとからこっちはそのつもりだったからな。そうしてくれるならこっちとしても願ったりだよ」
俺の言葉に侯爵があからさまな安堵を浮かべると、近衛に指示し、俺達に椅子があてがわれる。
「あなたは私たちが帝都へ向かう目的は亡くなったとおっしゃった。その意味を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「もちろんだ。これから話すのはこの帝国で起こった全ての事。東部で巻き起こった神の呪いと言われる集団感染の事から、帝国の歴史、そしてここ数日のうちに帝都で起こった全ての事実だ」
そして俺は話し始める。俺達がこの帝国に赴き知ったこと。実際に戦ったこと。その全てを侯爵とその近衛、そして先の近衛を治療し戻って来たセレスへと伝えるために。
◇
要約した内容であったが、それでも話し終えるにはきっかり一時間の時が必要であった。
俺の話を聞いた侯爵はもとより、近衛兵、そしてある程度の事情を知っていたセレスですらも事の次第に口を開くことが出来ないでいた。
「今、帝都ではナイジェルが事後処理に奔走しているところだ。皇帝は死に、帝都の裏にいた能天使は俺達が殺した。本当なら原因を取り除いたうえで、あんた達に帝都を無血で譲り渡すつもりだったんだが事情が変わってな。だからとりあえず今は引け。東部の今後については後でナイジェルから話があるからさ」
俺のその言葉に侯爵は困惑を浮かべ、まるで助けを求めるかのようにセレスへと視線を送る。理解が追い付いていないのだろう。
それもそのはずで、神の使いである天使が守る地であった帝国は、実はその天使が上に行くためだけのいわゆる養成地であり、しかも東部で起きた神の呪いは呪いでも何でもない病気というものだった。しかもその病気を治療する手段を神たちが秘匿し、それを解明すれば天使総出で殺戮される。そんな天使たちとの争いで皇族はナイジェルを残して全員死に、文官、軍部のトップも漏れなく死亡。もはや帝都はその政治的役割を全て失った砂上の楼閣となっている。一度に受け入れる事実にしてはあまりにもスケールが大きすぎたのだ。
「キョウスケ様、ひとつだけ伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
ある程度の状況を知るセレスですらも困惑を浮かべる状況ではあったが、それでもセレスは俺に聞いた。
「ナターシャの仇を、とってくださったんですね?」
「当たり前だ。きっちり殺したから安心しろ」
俺のその言葉が全てだった。それを聞いたセレスは大粒の涙を流し泣き崩れ、カナデとスルトが慌ててそれを介抱する。
友を失った悲しみはきっとしばらく癒えることはないが、それでも張り詰めていたものは解けたのだろう。それゆえのセレスの心からの涙は、未だ状況を理解することのできていない侯爵の心であっても動かすには十分だった。
「キョウスケ殿、といったかな?」
「なんだ?まだ何か聞きたいことがあるか?」
「そうだな、ひとつだけいいか?」
「俺に応えられることならな」
そう言うと口調も通常のそれとなっている侯爵は少し間を置き、そして俺に尋ねた。
「ナイジェル殿下は、いや、次代皇帝陛下は、あなたから見てトップにふさわしいか?」
真っ直ぐな、およそ貴族に似つかわしくないその侯爵の問いに、俺もまた自分の思うままに答えを送る。
「俺は一般的な皇帝ってやつのことは知らないが、ああいう奴がトップに立つのも面白いと思うぞ?」
「そう、か」
そしてまた一呼吸を置いた後、侯爵は近衛へと告げた。
「全軍に伝達!!これより帝都への進軍を辞め、我が領地へと帰る!!これは命令であり決定だ!!反論は許さん!!今すぐ取り掛かれ!!」
侯爵、シャルツ・ビネガンはそう言い立ち上がり、俺の前に来て手を差し出す。
「あなたが帝国へ来てくれてよかった」
差し出された手を凝視し、予想外の反応におずおずとそれを握り返した俺に、さらに侯爵はこう言った。
「帝国東部地方を代表し礼を言う。サイトウキョウスケ様。帝国を救ってくれて、ありがとうございました」
そう言い下げられた頭に、俺はただ困惑をすることしかできないのだった。
近衛兵は噛みついて殴られるまでがデフォルト。なぜか私の書く話ではそうなってしまっている現状。幼女にあしらわれる兵士、再起できるかわかりませんね。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
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