第116話 帝都での戦い⑯
第116話~帝都での戦い⑯~
能天使とは天使の階位としては6番目。中位の天使の中では最下位であるが、その役割は悪魔との戦闘を主とし天界の秩序を守る者である。そのせいか悪魔に引きずられ、堕天するものが多いのもこの階位の天使の特徴であるが、すでにこの能天使が権天使の段階で堕天しかかっていたのは後で知った話である。
「で、あいつは何してるんだ?」
「自分の翼に閉じこもって引きこもりですかね?よくわかんないですけど今のうちに燃やしましょう!どうせ燃やすんですから面倒にならないうちに燃やすのがいいに決まってます!!」
「さっきまでそうしようとしてた私が言うのもなんだけど、自分の体をはって私を止めた上に刺されたあいつが哀れだな」
スルトがそう言って、倒れ伏した皇帝に目を向けるが、それよりも今大事なのはその後ろにいる権天使改め能天使だろう。どういうわけかカナデの言う通り、自身を二対の翼で包み込んでまるで動かなくなってしまったのだ。
先ほどまで狂ったように血を浴びて笑うという、スプラッタ映画並みの姿を見せていた姿はなりを潜めており、どう考えても嵐の前の静けさというのが正しい状態となっている。
そう考えればカナデの言い分もあながち間違いではなく、今のうちに攻撃を加えてしまう方がいいと思考が傾きかけたその時だった。
「あはっ」
たった一言。能天使から漏れた笑いが俺達を一気に臨戦態勢へと引き上げた。スルトは余波で倒れているナイジェルと、ついでにクリムトを引っ張りその場から離脱。カナデは深青の炎で能天使を一気に焼却にかかり、俺は宙に浮かべた十数本の槍を一気に能天使へと突き立てる。
「ひゃはっ」
だがそれはやはり能天使のあげた笑い声によって無駄だと気づかされる。カナデの炎が収まった中には、ゆっくりと翼を広げていく能天使が無傷でそこに立っていたのだ。
「恭介さん。これはあまりいい予感がしないのですがいかがです?具体的には先日戦った魔族の方の時と同じような感じですね」
「奇遇だな。俺も全く同じ気分だよ」
カナデの言う魔族とは間違いなくアーネスト公国で激闘を繰り広げた魔族、サイモンのことだろう。その時と似た感じというのは、つまり自分達よりも強い者と相対しているという予感。このまま戦っても目の前の相手が勝てない相手であるということを意味していた。
「なんでこう、俺達の相手は格上ばっかりかね」
思わずそうため息をついてしまってもしょうがないだろう。今目の前にいる能天使、皇帝の娘であるリシティーの体を依り代にした天使はもはやその容姿が様変わりしていた。翼は言わずもがな、先ほどまで純白のワンピースだったはずなのに、今はその色は真っ赤に染まっている。対照的に赤かった髪は色素が抜け落ち真っ白に染まり、極め付きはその顔だった。
「あれ、口裂け女かなんかでしょうか?」
「試しにポマードって言ってみろよ。もしかしたら逃げてくれるかもしれないぜ?」
「いやー、多分無理だと思いますよ?むしろ嬉々として襲って来そうです」
そう心底嫌そうな表情を見せるカナデだが、それについては俺も同意見だった。焦点の定まらない目で俺達を見つめる能天使の顔、その口の部分は耳元まで裂けていて、笑うたびに不気味な奥歯が覗いている。これがホラーでなくてなんというのか。俺には残念ながらそれ以外に能天使を表すボキャブラリーの持ち合わせはない。
「あひっ」
再度の笑いの直後、能天使は身を屈めた。
「来ますよ!!」
「わかってるよ!!」
能天使の動く前兆、それを感じ取った俺とカナデは同時に襲い来るであろう能天使に備えたのだが。
「「……え?」」
気づけば俺達の間に能天使はいた。警戒は最大限、すでに格上だとわかっているのだから慢心や油断などするはずがない。にもかかわらず、俺達は能天使の動きに反応できなかったのだ。
「ひははっ!!」
無造作に振るわれた能天使の両腕が俺とカナデに襲い来る。咄嗟に反応するが、すでに回避は不可能。そう判断したからこそ槍による防御を試みたのだが、気づけば殺しきれない能天使の攻撃の衝撃が俺達をはるか後方へと吹き飛ばしていた。
「んのやろっ!!」
下位と中位の天使の差。エリザからそこには越えられない壁があるとは聞いていたが、いくらなんでもその壁が大きすぎる。空中でなんとか姿勢を立て直し、無様に地面に伏せるということは回避したが、この瞬間、能天使と自分との力の差を嫌でも感じてしまった。
エリザは言っていた。ここからは総力戦だと。だとすれば、一人では間違いなく勝てないとエリザは見たということだ。
「力をつけて、人を辞めてもまだ上がいるかよ」
それはなんて理不尽で、なんて不愉快な事実だろう。奪うだけ奪い、それに抗えばさらなる力が現れ押し潰しに来る。力には力。まさに暴力による鎮圧。きっとそれこそがこの世界の真の姿であり、神の求めるものなのかもしれない。そしてそれに抗う自分もまた、しっかりと神とやらの思い描く世界の歯車になっているのかもしれない。
「恭介さん!何ぼさっとしてるんです!!」
吹き飛ばされた地点で着地をした俺にカナデの怒号が飛ぶが、そのカナデはすでに能天使との戦闘を開始していた。つい先日トールと戦っていた肉弾戦スタイルだ。全身に深青の炎をまとい、能天使へと蹴撃を加えるさまはどこの〇イヤ人なのかと疑ってしまうが、今はそれどこではない。
「わかってるよっ!!」
吹き飛ばされた衝撃でコントロールを失っていた槍に再び力を同期し、飛槍のスキルで全ての槍が宙に浮く、俺の周囲に飛ぶ槍の総数は三十に上り、槍の葬列がカナデの蹴撃をなんとなしに捌く能天使へと牙を剥く。
「頭に来てるのは何もスルトだけじゃないってことを思い知らしてやるよ!!」
仮に自分自身も世界の歯車だったとして、全てが神の手のひらの上だったとしても、今こうして戦うことを選んでいるのは紛れもない自分の意志だ。ロータスの街で若い兵士とナターシャの遺体、そして砕けたスルトの姿を見て怒りに狂いかけたのも間違いなく俺の意志だ。
だったら何も迷うことはない。今目の前にいる敵である能天使。あいつを殺すことに迷うことなど何もない。力を合わせる?総力戦?そんなものは知ったことか!!
「カナデ!!合わせろ!!」
能天使へと先に突っ込ませた槍の葬列の背後から同じく突っ込む俺自身。当然能天使はそれに対して迎撃を加えようと、未だ焦点の合わない目を俺に向ける。先ほども見た通り能天使のスピードを追うことは出来ない。しかしそれはトールとの戦いでの雷だって同じことだ。
多角的に飛び交う槍が次々に躱され、数本に一度は素手を軽く振るっただけで破壊されていく。もしあれが自分にあたることがあれば、きっと無事ではすまないはず。当たればやばいのであれば、当たらなければいい。
「未来視」
未来を先読みし、数ある選択肢の中から一つの未来をつかみ取る悪魔たるアスタロスから与えられた俺のスキル。
踏み込んだ俺に対し、能天使はまっすぐに右の拳で迎撃するという未来を視る。例えどんなに速い攻撃であっても、来るものがわかっていれば避けるのは容易い。
能天使までの距離が詰まる中、さらに数本の槍が破壊されたが俺はお構いなしに能天使に槍が届く距離まで接近する。次の瞬間に振るわれる右の拳は未来視で見た通りであり、俺はそれを体を横にずらすことで躱す。
「くだばりやがれ」
繰り出した槍に纏わりつくのは黄金の龍。龍槍術の派生スキルである龍連砲が能天使の至近距離から放たれその腹部へと突き刺さる。
「流石は恭介さんです!いい的ですよー!!」
下から突き上げられた能天使は中空へと吹き飛ばされ、そこで待機していたカナデがそう言い放つ。
「恭介さんのおかげで魔力をしっかり練ってましたからね!火加減は最高潮です!!」
吹き上がる深青の魔力がカナデから解き放たれ、黄金の龍に食いつかれた能天使に襲い掛かる。加減も何もない炎による焼却。それはスルトのように高度な陣も何もない炎であったが、最効率で燃える炎は能天使を包み込み、黄金の龍と相まって空へと昇り、そこで壮絶な爆発を起こした。
「汚い花火ですね」
「まったくだ。手間をかけさせやがる」
俺とカナデによる同時攻撃。しかも防御をされることもなく完全に食らわせた一撃だ。これで死なないはずがない。そう思っても仕方がないほどに完璧な一撃だった。
しかし爆発の煙が次第に晴れていくその向こう。そこには予想だにしない結果があった。
「あはっ、あはははははっ!!」
あれだけの攻撃による傷一つない、真っ赤なドレスには焦げ跡すら見られない能天使が狂ったような笑い声をあげてそこに立っていたのだった。
能天使との戦いがついに開幕しました。単純に考えて、真っ赤なドレスに裂けた口とか夜道であったら泣いて逃げるレベルですよね。
果たしてこの戦いはどうなっていくのか。こうご期待ください。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
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