第112話 帝都での戦い⑫
第112話~帝都での戦い⑫~
スルトは天使という者を伝説の魔物という、同じく神に仕えていた者として少しは知っていた。
本来天使というのは下界にはあまり干渉せず、仮に干渉をしたとしても最下級の一介天使やどんなに重大なことでも権天使などの下位天使を使い神の言葉を伝えるのが主な役割だ。
世界のバランスから見れば、最下級の天使でも圧倒的な力を持つ天使はそのままではその力を下界で行使することは出来ず、受肉をしなければならないという制約を持っている。
早い話が何かしらの依り代が必要になるということであり、今のスルトの状態と似ていると言えば似ているのかもしれない。ゆえにこれまで出会った天使や大天使にしても、何かしらの器に受肉していたのだろう。一体器をどこで作ったのかは知らないが、天使には器を大量に用意出来る術があることは間違いない。
しかし受肉するための器にも当然ながら質の良し悪しはあり、器が悪ければ天使はその力を十全に発揮することは出来ない。ゆえに受肉をし、下界に降りざるを得なくなった上位の天使は優秀な依り代を探すことになる。自分の力を出来る限り行使でき、かつ下界における立場がそれなりに高いものを選ぶのだ。
「そのための器がそいつってわけか」
スルトが細めた目にこれ以上にないほどの冷たさを含んで見つめる先にいるのは、つい今しがたスルトの放った炎の中から悠然と出来て来た女性だった。
第一皇女、リシティー・キュリオス。帝国における魔法の才覚は鋭く、研究分野に精通、その知的さから若くして第二宰相の地位についた女性。帝国を根城にする天使が器にするにはもってこいの人選であろうことは容易に想像がつく。
もちろんスルトにその女性がそんな地位にいることなど知る由もないが、それでも自身の放った攻撃に耐えうるほどのスペックを持つ天使が選んだ依り代だ。それなりの地位にいることは簡単に推測できることだった。
「最初は皇帝にしようと思ったのですけどね。あの皇帝はどうにも魔力の総量が少ない。それに比べてこの子は魔力の量、質ともに申し分ありませんでしたので私の依り代として選ばせていただいた次第です」
スルトの言葉に応えたリシティーは、ゆっくりと地面へと舞い降りる。それに続くかのように後ろにいた男性もその翼を広げて地面へと降りて来た。
「シャール……、まさかお前も……」
「控えろ人間。お前のような下賤な者が私に声をかける資格などない」
足元に転がるようにうずくまっていたクリムトが、リシティーに続いて降りて来た男性にそう言えば、冷たい侮蔑を込めた声が返って来た。
「この男は大天使の依り代として選ばれたのだ。お前のようなものが話しかけて良い立場ではすでになくなっている」
どうやら大天使の依り代として選ばれたらしいシャールという男が、足元に転がる先ほどまでスルトに交渉をしかけていた奴と知らぬ仲ではないらしいということがわかったが、さりとてスルトには興味などない。
クリムトを助けたのは、あくまでスルトがナイジェルを守ろうとした時にその足元にクリムトがいただけに他ならない。助ける気など毛頭なく、死のうが生きようがどうでもいいのだからその言葉にもなんの価値はなかった。
そもそもスルトの目的は権天使であり、その部下である大天使など眼中にまるでないのだからその反応も無理はないというものだろう。
「しかし意外ですね。まさか伝説の魔物ともあろうあなたが神に反旗を翻し、そればかりかそんな人間を助けるなど思いもしませんでしたよ」
リシティーがそうスルトに声をかけるが、スルトにはそれをまともに取り合うつもりはない。
「お前が権天使で間違いないな?」
「お話くらいしてもいいと思うのですけどねぇ。では、先に私が質問に答えましょうか。そうです、私がこの国における守護者、権天使です」
そう言って微笑むリシティー、いや、この場合は権天使と言うべきか。自身で認めたということは、権天使はリシティーの体を依り代にしているということでいいのだろう。
「ロータスではよくもやってくれたな」
「あら?もしかしてもしかしなくてもあの街の敵討ちだったりとかしますか?まさかそんなはずはありませんよね?あなたは魔物、しかもかつて伝説とまで恐れられた炎の巨人ですよね?」
「だったらなんだ?」
「いえね、変われば変わるものだと思いまして。だってあなた、かつては人間をそれこそ散々に殺して回った魔物じゃないですか?それが今は敵討ちなんて、封印されている間に何かありましたか?」
そう言う権天使の表情は変わらず微笑んだままだが、スルトの表情からはついに感情が抜け落ちた。もはや問答は無用、スルトにはこれ以上権天使と話すことは何もなかったのだ。
目の前に権天使、ナターシャの仇がいる。土偶という形をした明らかに不審であったはずのスルトを受け入れてくれた住民たちを殺した仇がいる。
「お前は跡形もなく燃やす」
その言葉を最後にスルトは完全に戦闘態勢へと移行する。見た目5歳程度の体から真紅の魔力がありえないほどに吹きあがり、消滅してしまった東の区画を包み込んでいく。
「これはこれは。腐っても伝説の魔物といったところでしょうか」
吹きあがる魔力は次第に一か所に収束し、真紅の濃密な塊へと姿を変えていく。見た目は炎の魔法の一つである炎弾に見えないこともないが、すでにその魔力は一介の魔法など触れる前に消し飛ばしてしまいそうなほどの魔力を纏っていた。
「炎の巨人の所以を見せてやるよ」
その言葉と共に真紅の魔力の塊がスルトに落ちた。文字通り頭から幼女のスルトの頭から落ちたのだ。
「お、おい……!?」
この状況で味方ではないにしても自分を助けてくれたのは間違いないスルトが、まさか自身で出した魔力に呑まれたのではとナイジェルが焦った声をあげるが、次の瞬間にそんな自分の心配が完全に無意味だったことを悟る。
それはこれまでに見たことのない光景だった。
呑まれてしまったのではと勘違いするようなことになっていたスルトの体は、徐々に真紅の魔力と混じり合い、そしてあらゆる個所から炎を吹き出し始めた。
腕、足、体、そして頭と、最初は部分的だった炎も数秒後には全身を包み込むように変わっていく。見方によれば、ただの焼身自殺に見えないこともなかったが傍で見ていたナイジェルにはそれは絶対に違うと断言出来た。
一歩スルトが踏み出す。真紅の炎の中に見える不自然に光る金色の目が権天使を捉えた。
「お前の相手は私だ」
しかしスルトがそこから何かをしようとする前に動いた者がいた。それはこの場にいたもう一人の天使であり、シャールの体を依り代にした大天使だった。
一足のもとにスルトに飛び掛かった大天使は、どこから取り出したのかレイピアを驚くべき速度でもってスルトへと突き刺そうとしたのだ。
その速度はこれまで恭介やエリザ、カナデが相手にしてきた大天使の速度の比ではない。倍では効かず、どう少なく見積もっても三倍の速度に達していたであろうレイピアによる刺突がスルトを捉える。
量産された肉体ではない、人間の中でも優秀な魔力を持つ依り代。それが大天使の力を増大させ、これまでの大天使とは比べ物にならないほどの身体能力を生み出していたのだ。
「邪魔だよ」
しかしそれはあくまで大天使の基準でという話であり、今のスルトには関係などまるでなかった。目の前に躍り出た大天使に一瞥すらもくれることはなく、踏み出した足を止めることなく右腕を払った。
「―っ?」
大天使にはその行為に声を上げる暇すらなかった。突き出したレイピアはスルトにあたる寸前に消え失せた。違う、瞬く間に溶解していったのだ。そして振るわれた右腕が大天使を捉えることで、レイピアとまったく同じことが起こってしまう。
「シャール!!」
スルトの薙いだ腕がシャールの姿をした大天使をその圧倒的な熱量でもって、まるで飴細工でもしているかのように溶かしつくしてしまったのだ。それを見たクリムトが絶叫を上げるが、そんなものにスルトは構わない。邪魔者がいなくなった今、その視界に捉えているのは権天使ただ一人だった。
「なるほど、流石は炎の巨人ですね。でもそのサイズでは巨人とは言えないのではないかと思いますが、どうやらお話に付き合ってくれることはなさそうですねぇ」
真紅の炎を全身に纏うスルトが近づくその様子を見ても、権天使にはまだ余裕が見て取れたが、流石に話をするのは無理だと悟ったのか戦闘態勢へと移行する。
まばゆい光に包まれた権天使は、それまで依り代たるリシティーが着ていた真っ赤なドレスから純白のワンピースのような服へとその装いを変化させ、右手には同じく純白の細剣を持ち、左手にはこれまた純白の円盾を顕現させた。
「さぁ、舞いましょうか」
言葉と共に権天使の姿が掻き消えた。その光景を見ていたナイジェルやクリムトには当然見えるはずはない。およそ人の視力では捉えらえないような速度で動いた権天使は、一瞬でスルトの背後に現れると細剣を躊躇いなくスルトの首へと振り下ろす。
「お前は楽には殺さない」
しかしその細剣がスルトに届くことはなかった。先ほどの大天使のレイピアのように、スルトに触れる前に溶けてしまうということはなかった細剣だが、それはスルトの右手に持つ何かによってその威力を完全に殺されていたのだ。
「レーヴァテイン」
スルトの右手に握られた一本の短剣。真紅の炎を噴き上げ、圧倒的な熱量を誇るスルトと比べてもはるかに高い熱量を持った短剣の出現に、それまで微笑み以外の一切の表情を見せることのなかった権天使に初めてそれ以外の表情が見えた。
「行くぞ」
スルトによるその宣告は、これから始まる蹂躙劇の始まりの合図となったのだった。
さぁ、いよいよスルトさんの見せ場が訪れます。炎の巨人たるスルトさんの戦い。是非次話でご確認してみてください。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
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