第103話 帝都での戦い③
第103話~帝都での戦い③~
スルトの向かった右の区画、つまり東の区画は文官たちや研究者たちがつめる区画であった。
エリザとは違い建物と建物の間に降り立ったスルトは、最初からそこにいたのであろう人物と相対する。
「待っていたってことは、私の質問に答える気はあるのか?」
「それはあなた次第ですかな」
恰幅の良い、口ひげを蓄えた初老の男はこの場に似つかわしくないスルトの姿を見ても、油断などみじんもすることなくそう言った。
「私はクリムト・ロンダンと申します。この国で恐れ多くも第一宰相などという身に余る地位につかせてもらっている者です」
そういうクリムトの表情は柔らかく、何も知らない人が相対する二人を見れば、もしかしたら祖父と孫の再会のような光景にも見えたかもしれない。
だが実際には微笑んでいるように見えたクリムトの目は全く笑っておらず、それを見るスルトの顔もまた当然のごとく笑ってなどいない。
「お前が誰でどんな地位にいるかなんてどうでもいい。私が知りたいのは、権天使がどこにいるかということだけだ」
「それを知ってどうされるおつもりで?」
スルトに対しクリムトがそう聞いた。その途端、スルトを中心とし、まるで火の海にでも迷い込んだかのように一気に周囲の温度が上がる。
「殺すに決まってるだろう」
周囲の温度がさらに上がり、周囲の建物の外壁が焦げ付き始めるがスルトはそんなことを意に介すことはない。
スルトは知らなかったが、このクリムトという男、宰相にして宮廷魔導士という別の側面を持っている。クリムトはスルトが感情に任せて温度を上昇させていったことに対し、咄嗟に自分を冷気のオーラで包み込むという方法をとっていた。そうでなければ今頃は周りの建物同様、スルトの放つ熱気にあてられ全身に多大なる火傷を負っていたことであろう。
「あなた方はここに天使様がおられることをご存じで、ここに襲撃をしかけたということでよろしいですか?」
「しつこいな。私は権天使を探しているって言ってるだろ?なのにそれを知らないと本気で思ってるのか?」
クリムトののらりくらりとした受け答えにスルトの苛立ちが加速的に増していく。クリムトはこの帝国内において、第一宰相を務めるほどに優秀な人材だ。宮廷魔導士という力も持ち合わせているが、主にはその頭脳を活用しその地位を得たと言ってもいい。
ゆえに頭脳戦、しかも舌戦において相手を手玉にとることなどこれまでに何度となく経験をしてきたことだ。
今もまた、なんとかして自分のペースで話しを展開しようと画策している最中ではあるのだが、クリムトの内心は冷や汗でどうにかなりそうであった。
こういった頭脳戦において、スルトのような感情で動く相手というのは掌握しやすい傾向にある。自分の言葉で心理を誘導し、意図したフィールドで話を進めてしまうことが容易だからだ。
だが逆に、感情で動く者は時にその意図通りに動かずに一つの言葉の間違いでこちらに襲い掛かってくる可能性も秘めている。これまでは魔法という自らが持つ力によって多少のことではどうにでもなったが、スルトに対してはそれは不可能。
どう足掻いても抵抗などできないような圧倒的な相手。ゆえにクリムトはこの交渉において、ひとつのミスも許されないという命がけの綱渡りを強いられることとなっているのだった。
「もちろんあなたの意向はわかっております。あくまでも今のは確認作業で、これから私がお願いすることに了承していただけるのであれば、お教えすることもやぶさかではありません」
だがそんな内心の焦りなどはまったく出すことなく、クリムトはスルトにそう言った。こんなにひりつく交渉はこれまでに経験したことはない。一つのミスで自分の命が簡単に消し飛んでしまうような、そんな薄氷を踏むかのような交渉。
それでもクリムトにはそれを成功させる自信があった。これまでに自分が積み上げて来たキャリアとプライド。それらがクリムトに自信を与え、スルトに対して言葉を紡がせることが出来る。
「私がお前のお願いなんかを聞く理由はない」
だがクリムトの思惑も自信も、スルトの抑揚のないその一言で一蹴された。
「お前が私の知りたいことを知っている。それが分かっただけで十分だ。後はそれを言いたいようにさせるだけだからな」
その言葉と同時に放たれるスルトの炎弾。先ほど帝都を覆う結界を壊したものに比べればはるかに小さい炎弾だが、それでもクリムトの心を折るには十分な効果を発揮した。
「ぎぃぁあああっ?!」
炎弾により焼かれたのは左足。躱すことも魔法により迎撃することも、そればかりか気づくことも出来なかった魔法によってクリムトの足が吹き飛ぶ。
足が焼かれ無くなっていることに気付いた時には、同時にやってくる焼け付くような痛みに何も考えられなくなっていた。
「権天使はどこだ」
クリムトに一歩近づくスルト。幼女のような容姿をしたスルトの小さな手の指には、今しがたクリムトの足を吹き飛ばした炎弾がともっている。
「私はあいつを殺したいんだ。これ以上余計な痛みを感じたくなければ早く答えろ」
まるでこの世のものではない、そんなスルトの声にクリムトは後悔した。圧倒的な存在であることは分かっていた。
宰相として自分が独自に調べた情報によれば、ロータスにやって来た数人の旅の者が、突如として病を治し、そしてそれに制裁を行おうとした大天使率いる天使たちを殲滅したというのだ。
およそ自分には到達しえない次元の人物。この世界の頂点に君臨すると言われる神、その僕である天使をもってしても止められない存在。
そんな相手にだからこそ、クリムトがかねてより考えていたことを頼むのにふさわしいと思ったのだ。神に対し抗おうとし、またその力を有する人たちならと。天使がはびこるこの帝都を救うに足りるとそう思ったから。
「ま、待って、くれっ!?」
だがその考え自体が浅はかだったのだと理解する。そもそも人が神や天使に対し、逆らうどころか意見すら言うことが出来ないのはその圧倒的な力ゆえではなかったか。
そうだとするなら、どうして同じような力を持った者に対し交渉などが出来ようか。
「次は右腕がいいか?」
スルトの指にともる炎弾が、今度はクリムトの右腕を吹き飛ばそうとしたその時だった。
「待ってください!!」
スルトとクリムトの間に突如とし現れたもう一人の乱入者。ナイジェル・キュリオス第二王子がスルトの前に手を広げ立ち塞がったのだった。
◇
スルトは自分の怒りを内に押し込めているのがそろそろ限界に達しようとしているのを感じていた。
ロータスの街に自らの意思で残ったのにも関わらず守れなかった無念。住人を多数殺され、ナターシャを守れず、最後には自分の器すらも破壊された。
恭介に器を作り直してもらった時、その前に恭介自身があれほどの怒りを振りまいていなければ、きっとあの時誰の静止も聞かずに帝都に単身襲撃をかけていたことだろう。
スルトたちがやられたことに対し、誰よりも怒ってくれた恭介。自分以上の怒りを見ると、逆に自分の怒りが落ち着くと言われるが、まさにあの時はそんな感じだったのかもしれない。
そこから新たな人型の器を作ってもらい、態勢を整えた上で帝都へ夜襲をかけることとなった。
『基本的に無関係な者を巻き込まなければやり方は任せる』
結界を破壊し帝城に乗り込む直前に恭介が言ったその言葉に、表面上は落ち着いているように見えた恭介はしっかりとその怒りを継続させていて、かつ自分もまた権天使に対し強い怒りを覚えていることを自覚する。
必ず殺す。
慈悲などは必要ない。神の命によりたくさんの命を奪っていた頃にはなかった、自らの意志で許せないやつを殺すという感情。スルトはその意志に身を任せると決めていたのだ。
だからこそ降り立った区画にいた、クリムトという男の言葉に怒りが爆発しかけたのだ。
自分達から仕掛けて来たくせに、この期に及んで交渉をしようなど烏滸がましいにもほどがある。しかし知りたい情報は知っているようだから、そこだけ聞き出して殺そう。
かつてカムイの街でエリザがやっていた拷問を思い出し、同じように左足を吹き飛ばした。それでもまだ話しそうにないので次は右腕と思ったのだが、そこで予想しなかった乱入者が自分の前に立ち塞がったのだ。
「待ってください!!」
伝説の魔物たるスルトにも、まったく気配を感じさせずに。
スルトさんは非常に怒っています。それはもうすごく怒っているんです。
というわけで幼女が拷問をするという、あまり精神衛生上よろしくないお話でしたがもう少し続きますのでご容赦ください。
いつも誤字をしてきただき誠にありがとうございます。皆様の優しさで成り立っている物語ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
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また、下に現在連載中の他の作品のリンクを貼ってありますので、もしお時間ありましたらそちらもよろしくお願いします。




