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5 パーソン・オブ・インタレスト

 【女将で被害者の妻、春姫はるひ


 髪を肩まで伸ばした黒髪の女性。

 顎は細く目鼻立ちも整った、なかなかの美人。

 着物が似合う和風の淑女と言ったところだ。


 彼女を選んだ被害者の神蛇氏は、かなりの面食いだったことがうかがえる。

 彼女と主人の神蛇と知り合ったのは、神蛇がホテルマンをしていた時だ。

 当時、春姫はホテルの受付をしていて、神蛇のほうから熱烈にアプローチをかけたらしい。

 その後、神蛇がホテルマンを辞めたものの、恋人関係は続き、彼の父が他界した後、旅館の主人となったことを機に結婚。


 ホテルの受付を辞めて、神蛇の旅館で仲居として働き始める。

 行く行くは旅館の女将受け継ぐことを目指して、真摯に仕事に向き合っていた。

 神蛇の母が身体を壊した為、春姫は旅館の女将を任され主人を支える。

 しばらくして、旦那である神蛇は、旅館の主人になって経営が上手く立ち行かなくなり、逃避するように自堕落生活を送るようになった。


 とくに、彼の女遊びが目につくようになると、夫婦仲は完全に冷え切った。

 加えて、旦那は旅館の主でありながら、あろうことか、遊ぶ金欲しさに旅館の売り上げの記録をちょろまかし、密かに金を持ち出すようになった。

 こうなると彼女からすれば、もやは粗暴の悪さが目立つ旦那は旅館に湧いた蛆虫同然。

 邪魔者以外の何者でもない。


 旦那がいなくなれば、旅館の権利や財産は妻である春姫に譲られる。



 【旅館のマネージャー、蟹沢】


 勤勉に働く忠実な犬と言っても言いが、この男のイメージは、どうにも冴えない。

 顔の印象は平らで、どこにでいる普通の男だ。


 神蛇の親が経営者だった時から旅館で働いていた。

 勤勉に旅館へ努めた真面目な人物だが、跡継ぎの神蛇氏が旅館の主人になると、彼の傍若無人ぶりに振り回される。


 手っ取り早く言うと、パワーハラスメントだ。

 人手不足を理由に、マネジメント以外の客間での接客や荷運びを押し付け、彼が仕事で失敗すると旅館の裏に呼びつけ、気合いを入れ直すとの名目で人目を忍んでは、よぐ殴りつけていた。

 仕事を辞めて、艱難辛苦かんなんしんくという肩の荷を下ろせばよいのだが、マネージャーには辞めたくても辞められない、込み入った事情があった。


 彼は積りに積もったストレスを発散するように、日々、ギャンブルにのめり込んでいた。

 元々、ギャンブルが好きだったようだが、度重なるパワハラで心のバランスを崩し、彼の砕けた心は自制が利かなくなり、ついに借金をしてまでギャンブルに陶酔してしまう。


 以前のマネージャーには妻子がいたが、彼のギャンブル癖が仇となり、離婚。

 それほどまでにのめり込んでしまうようだ。

 ギャンブル漬けの日々は、あっという間に借金を膨らませてしまい、今となっては借金を返済する為に仕事をしているようなものだ。

 加えて、別れた妻に引き取られた子供の養育費も、支払わなければならない。


 金の支払いに追われる日々は、マネージャーを追い込んで行き、精神的に八方塞がりとなった蟹沢は、その苦痛から解放されたいが為に、まず身近な要因を排除したいと考えても、不思議ではない。


 苦役の元を断ち切りたいという思いは、あったことだろう。



 【旅館の仲居、酒井】


 この人物も神蛇氏という暴君に振り回され、心を引き裂かれた一人だ。

 背格好は小柄で、愛玩動物のような女性。

 物静かで髪を茶髪に染めることすら憚られる、真面目な性格である。

 図書室の片隅で、静かに読書を楽しむイメージがピッタリだ。

 女将で神蛇氏の婦人である春姫とは、真逆のような感じがする。


 どちらかと言えば、彼女は他人とのコミュニケーションが苦手で、都心の大学へ進学するも対人関係に疲れてしまい、大学を中退。

 帰省すると、地元でバイトとして働き始めた。


 そのバイト先こそ、被害者となった神蛇・尊が経営する旅館だった。

 二人の関係の始まりは、女癖の悪い神蛇からの誘い。

 彼女からすれば職場の雇用主というのもあり、断ることが出来ずにいたら、そのままズルズルと男女の仲となってしまった。


 老舗旅館の跡取りで、財もあり経済的にも遊ぶ余裕のある男。

 彼女が踏み入れることのない、高給な店にも連れてってもらい、贅沢な料理に年代物のワインもよくご馳走してくれた。


 女遊びで培われた、神蛇の女性への心理術は、仲居にも発揮された。

 女の扱いはお手の物。

 男を知らない彼女からすれば、彼はさぞ、いい男に見えていたことだろう。

 仲居である酒井も満更ではなく、まるでメロドラマの主人公のような気分を味わっていた。

 生娘きむすめは主人の神蛇に夢中だった。

 

 しかし、女将である妻の春姫が、情事に気づかれることを恐れた主人は、仲居との関係を一方的に切り、彼女を捨てた。


 その後、主人は夫婦仲を取り戻す場として、今回の花見を設けたのだ。

 従業員を労うという名目は、あくまでも、夫婦関係を修復しやすい場を作る口実。


 純朴な彼女にしてみれば、この裏切りは耐え難い屈辱だった。

 彼女のTwitterに、神蛇に弄ばれた恨み辛みを吐露した内容が確認された。


 その怨みのバロメーターは、達することまで達していたのではないかとも、考えられる。


§§§§§


 解説を熱心に聞くカウンセラー乙丑は、細身の眼鏡を指で上げズレかかるのを戻すと、口を開いた。


「殺害されるほどの怨み……被害者に合われた方は、まことに気の毒ですが、周囲の人々が恨みつらみを募らせるほどの行動があったわけですね。被害者に合われた旅館のご主人とは、どんな方なのですか?」


「気になる? あまりいい話ではないのだけれど……」 


§§§§§



 【旅館の主人、神蛇かんじゃたける


 親が代々、続けている旅館の息子というのもあり、なかなか裕福な環境に恵まれる。

 一人息子だった為か、割と甘やかされて育ったらしい。

 いわゆるバカ息子(ボンボン)なわけだが、大学に行っても遊び呆けてばかりで、ろくな学生生活を送ってない。


 なんとか大学卒業した後は、都心でホテルマンとして働いたが、長続きはしなかったようだ。

 ホテルマンを辞めて親の旅館を手伝いながら、経営学の勉強を始めたそうだ。

 三十歳を過ぎた時、神蛇に不幸が訪れる。


 当時、旅館の主人だった父親が癌で他界。

 母親は心労がたたり現場の一線を退いた為、経営者の籍が空いたのだ。


 父親の死は残念だったが、当然のように息子がその籍を埋める。

 だが坊っちゃん育ちのせいか、旅館の主人になったはいいものの、親の金を使って女遊びに惚けるようになり、家族や旅館の従業員に多大な迷惑をかけていたようだ。


 件のように旅館の売上まで使うようになり、危うく警察沙汰になるところを、主人の立場から従業員に圧力をかけて黙らせた。


 彼を知る人物に、話を聞けば聞くほど、悪評がついて回る始末。

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