4 ありがちなお事件ですねぇ~
こちらの話が終わるとカウンセラー乙丑は、遠足が待ちきれない子供のように、嬉しいそうに考えこむ。
「女将、仲居、マネージャー……ありがちですねぇ。王道ですねぇ。毒物が青酸カリなのも、無味無臭で扱いやすいので、ミステリーモノでは好まれる毒物ですわ。おウィスキーは被害者が持ち込んだ物なので、予め青酸カリを入れておくのは、難しいですわねぇ……」
もう今更、情報を隠しても仕方ない。
この応接室という閉ざされた空間での会話だ。
それに事件の早期解決につながるなら、猫の手も借りたい。
秀才の頭脳はいかほどのものか……。
「乙先生はどう見る? 毒物が入っていたであろう、小瓶が焼却炉からみつかった」
「なるほど、犯人は被害者のお酒に青酸カリを混入させた後に、焼却炉へ捨てたのですね」
「その可能性は低い」
「あら? なぜですか?」
「まず焼却炉を使っていた時間帯は、被害者が殺害された、花見の時間と重なる。溶解した瓶の具合から、三〇分以上焼かれていたことを考慮すると、花見の前に小瓶から毒を取り出して焼却炉へ投げ込んだ。焼却炉でゴミを燃やしていた清掃員の証言では、焼却炉は清掃員自身が火を着けて、ずっとゴミを投げ込んでいた」
「その間、焼却炉へ怪しい人物は来たのですか?」
「いや、清掃員しかいない」
「焼却炉では何を燃やしていたのですか?」
「紐で結んだ新聞紙や雑誌の束だ……」
カウンセラー乙丑の口から何か出かかったので、彼女はそれを察し、答えを先回りした。
「あぁ、みなまで言うな。おそらく、瓶は古紙の束の中に挟むように入れられ、古紙ごと焼却炉で燃やされていたと考えられる」
「うふん! つまり被害者を殺害される前に青酸カリは小瓶から取り出され、何かに”入れ替えた”か、何かの”形に変えられ”て被害者のおウィスキーに混入されたと言うわけですね?」
うふん?
「多分な。それは液体のまま使用されたのか? それとも固形物に染み込ませたのか? 今だ持って捜査中だ」
「それですと、直接犯人に繋がる状況にいたらないですねぇ……でしたら丙馬さん、視点を変えてみましょう。事件発生時に”現場にいた人物”から考えてみましょう」
「だから、それを”容疑者”と言うんだ」
まったく、逐一面倒だ。
カウンセラー乙丑は自らの羞恥をペンキで上塗りするように、語気を強めて話を推し進めた。
「と・も・か・く、丙馬さん。容疑者の人隣を掘ってみましょう?」
「は? 掘る?」
「やだぁ! 丙馬さん。ワタクシ真面目に聞いているのですよ。変な意味はありませんわ」
「うるさい! 解ってる。なぜそこまで説明しなきゃならないんだ?」
「やはり、人を殺めるからには、何かの予兆があったはずです。日頃の対人関係の乱れや金銭トラブルなど、被害者に関係した重要参考人……person of interestが事件の根幹になるのです」
頼むから、そのキモチ悪い発音は止めてくれ?
女刑事は鼻で笑い、その提案を蹴散らす。
「そんなもの、とっくに警察の方で調べがついている。そこまで乙先生に話す必要性なんかない。そもそも、警察には守秘義務がある。警察が容疑者、被害者、加害者のことを外部に話すことで、その人間達の人生を大きく変えてしまう可能性があるからだ」
丙馬刑事は一拍置いてから続けた。
「だから我々のような司法に携わる者は、厳しく己を律し、墓場まで持って行くと腹をすえなければならない」
カウンセラー乙丑は顔を伏せ、自粛の姿勢を見せた後、言葉を継ぎ足す。
「そうですね……ワタクシも軽率かつ不謹慎でした。もう聞きません」
しおらしくなった桃色スーツの人物を眺めていると、なんだか物寂しくなり、彼女は腕を浅く組んで、一時悩んだ後に返す。
「いや待て…………説明すると」
言葉を切り替えすと、目の前のカウンセラーは不適な笑みを見せて、勝ち誇ったような顔を見せた。
「フフフ……偉そうに頭を垂れたわりに、教えてくれるのですね? 守秘義務はどこへやら?」
丙馬は、ここまでの下りがカウンセラーのしかけた"網"だったことに、ようやく気が付いた。
しまった。これは乙先生の心理的罠か?
押して駄目なら引いて、相手が食いつくのを待つ。
とんだオカマ野郎だ。
丙馬刑事はソッポ向いて
「う、うるさい! 近代の科学捜査において、あらゆる視点を取り入れた、多様性が必要なんだ。」
「はい、はい……」
オカマ野郎は呆れたように受け流す。
丙馬はカウンセラーに視線を戻すと、女刑事としての真面目な表情を作り、説明をする。
「この旅館の人間関係は、いささか、ふしだらでな……」