10 笑止! カタルシスは浄化へ……
捜査一課は念密な検証の元、青酸カリの混入された経緯を特定。
仲居の酒井を任意で聴取。
揃えた鑑定結果を突き付けて自白へ追い込み、緊急逮捕へとつながった。
芋づる式で、マネージャー宛に旅館へイタズラ電話をした、協力者も連行される。
金で請け負った地元の不良高校生だが、本人は「ドッキリの為にするサプライズ」というふうに吹き込まれたそうだ。
それがまさか、殺害計画に組み込まれていたとは、思いもよらなかったであろう。
仲居が殺人に至った動機は、やはり主人である神蛇との不倫。
生娘である酒井は弄ばれたことで、心の臨界点を越えてしまい、殺人に至ってしまった。
今回、事件現場となった花見の場は、従業員の労いとの名目だが、実際は主人である神蛇が妻、春姫への覚めきった仲を取り持つ為に行われたものだ。
当然、それは捨てられた仲居にとって、鼻持ちならない。
仲居からしたら本気の恋愛だったに違いないが、相手の男からしらら、ただの火遊び。
妻との時間が得られない寂しさを慰める、息抜きとしての遊び相手。
おぞましいことに、この夫婦仲を取り持つ花見を、忘れられない悲劇に変えてやろうと思い立ってしまった。
女の怨念のようなものは恐ろしい。
それが実を結び、殺害計画は成功。
まさか、夫婦の仲を取り持つはずだった花見が、殺人事件の場になるとは、誰しも夢にも思わなかったことだろう。
女将である妻には、忘れられない傷として深く残った。
取り調べを受ける仲居は、計画の成功で気持ちが高ぶっていたのか、庁舎に響くほど笑ったそうだ。
しかし、その笑いは引きつり、計画を終えて疲れ切った彼女の目に、生気はない。
見開かれた瞳は濁り、どことも知れぬ明日を眺めた彼女の心に、今、何が思い描かれているのだろうか。
男に弄ばれたことは気の毒だが、殺人を犯した卑劣な犯罪者には変わらない。
叱るべき法の裁きを受け、刑に服してもらう。
ちなみに青酸カリの入手ルートは、仲居が殺害を思い立った時、ネットで毒物の種類を調べていた際、闇サイトで販売していた物を購入したそうだ。
ネットの普及で見えずらい犯罪が増えているとはいえ、通販で毒物が買えるとは、世の中どうなっているんだか…………。
被害者である主人の神蛇氏が、心を入れ替え人格的にも変わろうとした兆しが見えた時の出来事。
これまでの素行の悪さが招いた事件だったのかもしれない。
やるせない気持ちで胸がいっぱいになるばかりだ。
§§§§§
カタルシスは悲劇を語ることで心の浄化し、安栄をもたらしてくれるそうだが、語り終えても心にかかる靄が払われた気にはならない。
女刑事は大きなため息をつくと、言葉を添える。
「ありふれた事件……なんて言うと、不謹慎だな」
取り調べを受けた犯人の様子を聞いたカウンセラーは、主張の強い桃色のスーツと裏腹に、黙りこくってしまう。
握った拳が岩のように硬直し、わなわなと震えだす。
あーぁ、来るぞ来るぞ……。
カウンセラー乙丑は吐き捨てるように言う。
「笑止! 笑える罪など、この世にありません」
毎回、この締めくくりでズッコケそうになる。
「乙先生の気持ちも解る。殺人事件に、気持ちのいい終わり方なんてない……しかし、神蛇に酒井が毒を盛るとは、まるで日本神話に出てくる蛇に酒を持って、根首をかく話のようだな? これも、本人の素行が招いた結果なのか……」
「そうですね…………さぁ! お事件も解決しましたし、それでは気持ちを切り替えて。丙馬さん? 今日のカウンセリングを始めましょう」
女刑事は溜息をついた。
それは、一仕事終えたことによる安堵からか、わずらわしい診療に、まだまだ付き合わされる面倒くささへの落胆かは、解らない――――――――…………。
サイコロジスト・乙丑さん
~終~