男子寮
結構時間が経っていたので、サラとはロビーで別れた。
シュリが代わりに付いてきてくれたので、オレは質問してみた。
「…シュリ、ちょっと気になっていることがあるんですけど」
「何だ?」
「ここは犯罪遺伝子を持つ者が集められた街というのは説明されました。けれど…本当は『犯罪遺伝子の覚醒率が高い者が集められた街』…なんですよね?」
学院の前で、オレ達は足を止めた。
少し前を歩いていたシュリはため息をつき、肩を竦めた。
「…サマナ、お前は本当に勘が鋭いな」
「いいえ。…きっと親父が室長なんてやっていなければ、気付きもしなかったでしょう」
犯罪遺伝子を研究する仕事ならば、覚醒遺伝子のことも研究していただろう。
そして…自分の息子がその基準値の上を行っていたのならば、研究対象としてこの歳まで手元に置いていた意味が分かる。
…そう。母が死んでから、父にとってオレは息子ではなく、研究材料の一つだったんだろうな。
振り返ったシュリは、オレの落ち込んだ様子を見て二度目のため息を吐いた。
「そんな顔するな。何も全員が全員、覚醒するワケじゃない。ただ危険性が一般人よりも高いというだけだ」
その一般人とは普通の人間のことじゃない。
犯罪遺伝子を持ちながらも、普通に生きている者のことだ。
「オレは…どのぐらい、危険なんでしょうかね?」
「自暴自棄になるな。基準値など知らないが、少なくとも今のお前は大丈夫だろう?」
シュリはオレの元まで来ると、励ますように頭を撫でてくれた。
ムメイのように―。
「それに遺伝子を持っている連中が全員危険人物になるなんてことはない。中には普通に生きることを望み、そして生きている者だっているんだ。じゃなきゃ、街なんて成り立たない」
それは確かにそうだ。
でもオレは、もう一つのこの街の意味に気付いていた。
けれど口に出すことは、とても恐ろしい。
だから笑みを作って見せた。
「そうですね。そうならないように、気を付けたいと思います」
「ああ、サマナなら大丈夫だろう」
シュリは力強く頷いてくれた。
男子寮のロビーまで送ってもらい、オレは自分の部屋に戻った。
「この街の真の意味、か…」
呟いた後、頭を振った。
考えるのを止めたくて、風呂に入る。
大浴場に行く気にはなれなかったので、部屋の風呂を使った。
体がサッパリしたせいか、頭が先程よりもよく回ってしまう。
魔破街の真の意味―それは共食い、だ。
犯罪者同士が集まり、お互いに欲を満たす為に暴走する。
そして共食いを始めれば、外部の人間が何かしなくても勝手に自滅してくれる。
暴走は処理班が止めると言っていたが、果たしてどのぐらいの暴走で止められるんだか。
…少なくとも殺人では動かないだろう。
サラが良い例だ。
ならばこの街を作った者は、そうやって共食いさせ、世界の安定を図っているのではないかと思った。
だけどそれはこの街の住人達にとって、あまりに悲し過ぎる真実。
だから口には出さなかった。
けれど…きっと誰もが気付いているはずだ。
それでも止まぬ暴走は、やっぱり危険と言えるんだろな。
「は~」
やり切れない思いから深く息を吐くと、扉がノックされた。
「サマナ、帰って来てる?」
タカオミだ。
「あっ、うん。ちょっと待って」
確か部屋の壁にロックを解除するスイッチが…あっ、あった。
この部屋は扉を一度閉めると、自動的にロックされる。
中から招き入れないと、外からは絶対に入れない。
「ゴメンね、夜遅くに。その、ご飯食べられた?」
タカオミは少し気まずそうだった。
その様子を見て、寮を飛び出したことを思い出す。
「あっああ、うん。サラに誘われて、女子寮で管理人のシュリと三人で食べた」
「へぇ、女子寮の管理人に会ったんだ。サマナ、随分気に入られたんだね」
タカオミは目を丸くした。
「えっ?」
「聞かなかった? シュリは男嫌いで有名なんだ。ちなみにイザヨイは女嫌い。血のつながったイトコなのに、おかしいよね」
…それってつまり、恋愛対象はお互い同性ってことか?
風呂に入って温まったはずの体が、一気に冷えていく。
「あっ、そうなんだ…」
「ボクのことも邪険に扱うし。サマナだけは例外みたいだね」
…どういう意味での例外だろう?
あんまり考えたくもない。
「あっ、そうそう。さっきはゴメンね? 変なところ見せちゃって」
「ああ…うん。まあビックリはした」
そして再認識した。
ここは本当に無法地帯なんだってこと。
でも偏見がないだけ、居心地とかは悪くない。
―くだらなく、わざと常識ぶっている人よりは大分良い。
世の中には常識ぶることを正義で正しいと思っている連中が多い。
そういう奴等は特に偏見を多く持つし。
正直、オレはそういうところは嫌いだ。
だけどサラやシュリは、そういうのはなかった。
それが少し嬉しく思えた。
「サマナみたいなタイプには、刺激が強かったよね。これからは注意するから」
…つまり、止める気はサラサラないと…。
偽善的な偏見はしないが、こういうのも何かイヤだ!
「タカオミって欲望に忠実に生きているよな」
「うん、その方が生きてて楽しいだろう?」
あっさりと肯定しやがった…。
まっ、そこはオレ自身が気を付けて避ければ良いか。
「でも明日、サラには怒鳴られそうだなぁ。キミに変な場面を見せちゃったこと」
タカオミは腕を組み、唸った。
「ああ…でも何か悟っているみたいだし、注意されるぐらいじゃないか?」
オレも少し悟ってきた。
「キミも悟っているような顔しないでよ。これからは控えるからさ」
「…って言うか、部屋に引っ張り込んでいる時は、『来客中』の張り紙でもドアに貼っといてくれ」
「ああ、それは良いかも。今度からそうするよ」
タカオミは手をポンと打ち、良いアイディアだと言うように頷いた。
しかしどちらにしろ、オレの隣の部屋で行われることには変わりない…。
その時は四階にでも避難しよう!
「あっ、そうだ。タカオミにちょっと聞きたいことがあったんだ」
「ん? 何?」
「その…コクヤって人のこと」
タカオミの表情が強張る。
「…サマナ、どこでコクヤのことを…って、サラかシュリから聞いたのか」
タカオミはため息を吐き、軽く髪を掻き乱した。
「コクヤはこの寮の地下に住んでいるんだ」
オレから視線を逸らし、言い辛そうに語る。
「地下? 地下にも部屋があるのか?」
「いや、本来は地下室なんて無かった。けれどコクヤの希望で造られ、地下室全体がアイツの部屋となっている。けれど普通の寮生達は決して行くこともできないから、覚えておいて」
「それってこの部屋と同じく、住人の許可がないとダメだってことか?」
「それもあるけど…何かいろいろと仕掛けているみたいでね。ボクもイザヨイもよっぽどのことが無い限り、あそこへは行かない」
「コクヤは学校には?」
「滅多に顔を出さないね。昨年も三回ぐらいで…ボク達はすぐに教室から出て行った」
当時のことを思い出したのか、表情が暗い。
「この街の住人達もかなりおかしいけれど、コクヤはそれに輪をかける。サマナ、絶対に近づかない方が良い」
「あっ、うん…」
飄々とした雰囲気は消え去り、緊迫感が室内を満たす。
「…まっ、滅多に自室からも出てこないし、大丈夫だとは思うけど…」
歯切れ悪く言うタカオミ。
その原因に、オレは思い当たることがあった。
「ああ、明日は分からない?」
「そう…だね。転入生は本当に珍しいんだ。もしかしたら興味が出て、地下室から出てくるかもしれない。その場合は…できれば逃げてほしい」
逃げるとまで来たか。
「コクヤのことは、どこまで聞いた?」
「【スピリット・クラッシャー】と異名を持つことと、その意味を聞いた」
「そうか…」
タカオミは肩を竦め、ベッドに座った。
オレも机の前のイスに座る。
「コクヤは生まれながらの覚醒者でね。彼自身、そのことを何とも思っていないからタチが悪い」
「人の精神を壊すことに快感を覚えるって言うけど…」
「そうだね。それはある意味、命を奪うよりも恐ろしいことだとボク達は思っている」
確かに肉体を殺されることより、心を殺される方が残酷な場合もある。
肉体の死は、心の死と直接つながる。
けれど心の死を迎えても、肉体が生き続ける限り、苦痛は続くのだから…。
「しかもコクヤはごく自然に、その力を振るってしまう。彼にとって人の心を殺すことは、食事をするぐらい自然で簡単なことなんだ」
「…それじゃあそういう部分を直そうとは思えないだろうな」
「だろうね。誰が何を言おうとも、彼は首を傾げるだけ。何が悪いのか、分かっていなんだよ」
彼にとって当たり前に自然過ぎて、それが悪いことなんて思いもしないんだろう。
―あるいは分かっていても、直せないのか。
それとも直さないのか。
「…こう言うとアレなんだけど、処理班は?」
「ムダだね。何人か差し向かったことがあるけど、返り討ちの全滅。しかも彼は指一本動かさず、言葉だけで勝った。無傷でね」
タカオミは信じられないと言ったように、首を横に振る。
「だからこの街の住人達ですら、コクヤには誰も敵わない。サマナも会ったら、逃げてほしい。彼は自分に向かってくる者には容赦ないけど、逃げる者は追いかけて来ないから」
来る者拒まず、去る者追わずというヤツか…。
「まあコクヤのことを抜かせば、この街の住人達もそんなに悪くはないから」
と、空気を変えるようにタカオミは明るく言ったが…すでにサラとコイツのせいで、印象は悪い。
「あっ、そう…」
「詳しくは明日の朝にでも話すよ。朝食は一緒でも良い?」
「ああ、良いぜ」
「じゃあ七時半に迎えに来るよ。準備しといて」
「分かった」
「じゃあ、おやすみ」
最後はいつものイケメンスマイルで出て行った。
「コクヤ…か」
心を殺す犯罪者の血族の人間。
…でもオレだって、人殺しの血筋の人間だ。
心も体も、どちらも勝手に奪って良いモノじゃない。
なのにこの身には、罪が流れている。
右手で左手首を握り締める。
血脈はオレの代で、途絶えさせるのが良いのかもしれない。
親父はそうは思わなかったんだろうか?
それともそう思っていても、母と出会って変わってしまったんだろうか?
…どちらにしろ、後から産まれる子供のことなんて、あまり頭になかっただろうな。
「クソ親父っ…!」
オレはやり切れない思いを拳にし、枕に当てた。