女子寮
ロビーの奥に進み、右手側に食堂はあった。
食堂…と言うよりはレストランだ。本当に贅を尽くされている。
コレもやっぱり、犯罪の抑止力になっているのか?
「…シュリさん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
「ん? 何だ? あっ、ちなみに私もイザヨイも『さん』付けはいらん」
「じゃあ…シュリ。あのこの街って贅沢できるみたいですけど、それってやっぱり抑止力にする為なんですか?」
「ん~、そうだなぁ」
シュリは頭をぼりぼりと掻いた後、口を開く。
「人間、貧しければ欲する欲が出るだろう? 特に三大欲求は」
「ええ、一般的にもそうですね」
食欲・睡眠・性欲は人間としてあって当然のもの。
欠ければ満たされたいという欲が出て当たり前のことだ。
「この街の住人達はどうしたって欲が強い。それを緩和する為だとも言えるが…」
そこでふと、シュリは意味ありげに微笑む。
「退屈は人を殺す―と言う言葉を知っているか? カルマ」
「えっええ、まあ…」
人間やることがないと、
「退屈で死にそうだ」
と言う言葉をよく使う。
何かを行うことで得られる達成感というものは、人は無自覚にも強い快感を生む。
それが無いと、自分と言う存在を見失ってしまうぐらい、退屈とは恐ろしいものだとオレは知っている。
「この街を作ったヤツらは、それが目的なのかもな」
「つまり…贅沢をさせて欲を緩和させ、退屈にさせて無力化を図ろうと?」
「カルマは中々賢いな」
眉をひそめ、嫌悪も露わな表情と声で言ったのに、シュリは満足そうに頷く。
「でも逆効果もあるでしょう? 退屈だからこそ、何かをしてしまうことだってある」
「その場合、処理班が出てくるのさ。流石に暴走を突っ走らせることはしない」
でも時々ならば、許されてしまうのか。
「ちなみに処理班達も、立派な犯罪遺伝子の持ち主だ。しかも『処理』に関するエキスパートとも言える。カルマ、気を付けろよ」
最後の言葉は、真剣な声で言われた。
「まっまあ滅多に処理班は出てこないし、大人しくしているなら問題ないわよ。カルマだったら絶対に大丈夫」
サラが励ますように、明るく言ってくれる。
「ありがとう、サラ」
そこで奥の席に三人で座った。
テーブルにはすでにメニューが置かれてある。
「ここの食事は日替わりなの。どれも美味しいわよ」
「へぇ、どれどれ」
オレとサラは並んで座り、シュリはオレの向かいに座った。
メニューには和・洋・中の種類があり、今日は鳥がメインらしい。
「じゃあ唐揚げ定食にしようかな?」
唐揚げは好きだから、嬉しかった。
「ん~、じゃああたしはチキンソテーセットにしよっと。シュリは?」
「私は特盛の親子丼」
特盛…シュリは話し方からそうだが、ちょと男っぽいところがある。
まあ変にぶりっ子している女の子よりは、話しやすいタイプだ。
サラはメイドを呼び、それぞれ注文した。
「そう言えば高校って一クラスしかないんだって? あの…カミヤって人も同じクラスになるんだよな?」
「…ええ、まあ。でっでも安心して。カミヤって普段は無口なの。キレイな顔しているけど、タカオミにしか心開いていないし」
「そっそうなんだ」
まああえて仲良くできるタイプじゃないな。
初対面の印象がアレだったせいもあるけれど、あの黒い眼が…拒絶を表していた。
見られてはいけない場面を見られたからじゃない。
最初っからオレなんていう存在を、無言の無表情で拒絶していた。
理由は分からない。
けれどああいうタイプはこっちから近付いても、あまり意味はないだろう。
顔立ちはまあ確かに、和風の美男子ってカンジだったな。
…アレがタカオミの趣味ならば、絶対にオレは射程外だ。
断言できる!
「クラスの人数もそんなに多くはないんだけどね。出席する人もそんなにいないし」
早速運ばれてきた料理を食しながら、サラは言った。
「それって登校拒否とか?」
ジューシーな唐揚げを頬張りながら、オレは尋ねた。
「う~ん。まあ来たくないから来ないというのが理由だから、そうとも言えるかな?」
「でも出席日数はどうする? 卒業できないんじゃないか?」
「その辺りは平気。存在さえこの街にいれば、出席したことになるから。元々そんなに頭悪いヤツ、いないしね。この街には」
サラは淡々と語る。
この街特有のルールは、やっぱり特殊だ。
「ははっ。でもオレは真面目に通った方が良さそうだ。頭の出来は残念ながら普通の人並みだから」
「あっ、そういう意味で言ったんじゃないのよ? でもカルマが真面目に通ってくれるなら、あたしは嬉しいわ」
サラは学級委員長だから、真面目に登校しているんだろう。
「…ちなみにタカオミとカミヤも真面目な生徒?」
二人の名前を出すと、サラの表情が強張った。
禁句ワードに引っかかったらしい。
「アレらは不真面目な生徒達。気まぐれに来たり来なかったり。まあ来てもすぐに帰ったり、ろくなことしたりするから、いない方が良いんだけどね」
…タカオミとサラが犬猿の仲なのが、頭に浮かぶ。
サラは真面目で暴力的だし、タカオミは飄々としていて遊び人ってカンジだ。
正反対の性格って相性良いって言う噂も聞くけど、所詮は噂か。
「でも明日は来るかも。転校生が来るんですもん。明日の出席率は良さそうだわ」
サラはオレを見て、楽しそうに言った。
「…それって、喜んで良いこと?」
「顔見せはしとくべきよ。知らせておかないと、後で何が起こるか分からないし」
「あっ、そう」
警戒して行こう!
オレは心に決めた。
「まあまあサラ、そんなに新入りを脅すものでもないぞ?」
「忠告は前以てしとくものだと、バカオミの件で思っただけよ」
それはとてもありがたい。
「えっと…寮生以外の人が寮の部屋に入るのって、許されているんですか?」
オレはシュリに聞いてみた。
「ん~、そうだなぁ…。まあ前以て我々管理人と寮長に了解を得れば、時間は限定されるが可能だ」
…つまりタカオミの場合、自身が寮長だから一つはパスできるんだ。
「ああ、サマナはバカオミが寮生以外の人間を部屋に引っ張り込んでいるんじゃないかって思っているのね? その辺は大丈夫よ。寮の部屋にいる時は、寮生にしか手を出していないから」
「んぐっ!?」
唐揚げが喉に引っかかった!
「ぐほがはっ、ごほっ!」
俯き、慌てて水を飲んで流し込んだ。
「ヤダ、大丈夫? サマナ」
サラは心配そうに背中を撫でてくれるが…原因はキミだ。
「サラよぉ。あんま食事中にそういう言葉ははっきり言わない方がいいぞ?」
シュリは流石にすぐに気付いたらしい。
オレの動揺の理由を。
「アラだって、はっきり言った方が分かりやすいじゃない?」
…本当にサラは真面目な性格をしている。
オレは涙ぐみながら、食事を再開した。
しかし騒いだせいか、周囲の女の子達の視線を集めてしまった。
ううっ、居心地が悪い。
ここは早く食べて、自分の部屋にとっとと戻った方が良さそうだ。
けれどどうしてもサラに聞きたいことがあった。
だから食事も終わりそうな時、オレは思い切って聞いてみた。
「なあ、サラ。この寮生で…というか、学院で注意しなきゃいけない人ってどれぐらいいる?」
オレの問いに、サラは動きを止めた。
そして眉を寄せ、しばし考えてから口を開いた。
「…生徒でもあり寮生でもある、コクヤという男には気を付けて」
サラは真剣な眼差しで説明した。
「コクヤは【スピリット・クラッシャー】の異名を持つ、犯罪遺伝子の持ち主なの。でも本人も当に覚醒してて、この街も彼の扱いには困り果てているわ」
「【スピリット・クラッシャー】?」
「そのまんまの意味さ。【精神を砕く】。ヤツは人の心を壊すことに、この上ない快感を感じるんだと」
オレの疑問にシュリが答えてくれた。
「ヤツの血縁者は代々、人の心を操って財や権力、名声なんかを集めてきた。だがその裏では人の心を踏みにじり、多くの犠牲者を出してきた。ゆえにコクヤの血縁者達はこの街に封印されているのさ」
「封印…」
確かに犯罪遺伝子を持つ者を集めて閉じ込めているのだから、封印しているとも言えるだろう。
「じゃあそのコクヤって人の親戚も、この街にはいるんですか?」
「まあな。でもヤツらはあまりに特殊だから、住んでいるのも街外れ。この街の住人達も、アイツらには関わろうとはしない」
シュリやサラの表情からは、真剣さのみ感じられる。
つまりそこまでヤバイ人だと言うことか。
「さて、そろそろ出るか。タバコ吸いたいしな」
暗い雰囲気を破る為か、シュリがタバコを吸う仕草をした。
三人とも食事は終わっていたので、席を立つことにした。
食堂を出る時、伝票と共にカードを渡した。
それがルールらしい。
ここで食べる物も買う物も全て管理されるのか。
慣れるまで、時間がかかりそうだ。