魔破街の生活
「とりあえず、寮の方に案内するな」
「はい」
オレは荷物を持ち、部屋を出た。
学校用品はムメイが持ってくれた。
「寮は学院の隣。右が女子寮で、左が男子寮。管理人と寮長に紹介するが…まああんまりまともなヤツだとは思うな」
…だろうな。すでにこの街の異常さが、身に染みてきている。
学院を挟むように建っているのは、水色の四階建ての建物と、桃色の四階建ての建物。
それぞれ入り口に『男子寮』・『女子寮』とあるのだから、分かりやすい。
「年齢関係なく、学院の生徒は住めることになってんだ。食事は時間が決まっているから、食い逃すことのないようにな」
「分かりました」
寮の生活は厳しいことは知っている。
でも制限がある分、食事とかはあるのだからありがたい。
…今日からあの親父はどうするんだろうな?
いつもはオレが作り置きしたのを、黙って一人で食べていた。
それがなくなっても…まあ、大人だし大丈夫か。
けれどそのことが、楽でもあり心苦しくもある。
親父とは不仲とまではいかなかったものの、冷え切っていたと言えばそうとも言える。
だけどせめて、この街の説明ぐらい前もって言ってほしかった。
言えば逃げ出すと思っていたんだろうか?
そうなれば自分の仕事の立場が危うくなるとでも思った?
…どちらにしろ、息子への愛情など欠片も残っていない証拠だろう。
だけど分かったこともある。
母の死後、オレをどこにもやらなかった理由だ。
施設や親戚に預けるワケにはいかなかった理由が、ようやく理解できた。
いずれは生贄として差し出さなければならない大事な存在―だから。
そこでふと思った。
母は…知っていたんだろうか?
父の血族のことを、そして仕事のことを。
…いや、優しく穏やかだった母には、知らせていないだろう。
到底、受け入れがたい真実だ。
「サマナ?」
「あっ、はい。何でしょう?」
寮の玄関を通り、ロビーに到着したところで、ムメイが振り返った。
「どうした? ぼ~っとして。疲れたか?」
「ええ、少し。移動に時間がかかりましたからね」
オレは苦笑し、肩を竦めた。
もちろん、ウソだ。
でもここで本音を明かしたところで、どうなることでもない。
ここまで来て、ジタバタ足掻くのもみっとも無いと言うものだ。
「管理人と寮長だ」
ムメイが顎で示した所には、二人の男性がいた。
一人は大人しそうな二十代後半ぐらいの男性。
もう一人は魔破学院の制服を着た青年だった。
二人はこちらに気付くと、笑顔でやって来た。
「サマナくんだね? はじめまして。ここの管理人を任せられているイザヨイと言います」
「はじめまして。お世話になります」
メガネをかけ、一見は文学青年っぽいけど…何か笑顔が寒く見えるのはオレだけ?
けれどお世話になるので、頭を下げる。
「―うん、良いね。外部の人は礼儀正しくて」
「は?」
お辞儀は普通の礼儀なのでは?
頭にはてなマークが浮かぶも、イザヨイは一人で感心して頷いている。
「ここのコ達は我が身第一主義が多いからね。つまりワガママで自分勝手なのが多い。キミみたいな素直な反応は、新鮮で実に良い」
実感しながら言われても…引くだけだ。
「アハハ、イザヨイひどいなぁ。ボクらだって、挨拶ぐらいはできますよ?」
「キミ達は形ばかりで心がこもっていない。世話をしてても、楽しくないんだよねぇ」
制服を着た青年はにこやかに笑った後、オレの方を向いた。
「はじめまして、サマナ。ボクはタカオミ。よろしくね?」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
同級生か分からなかったので、とりあえず頭を下げる。
するとタカオミは顎に手を当て、しばし考える。
「…うん、確かに新鮮で良いな」
…この街にはどれだけ常識が通用しないのだろう?
オレは二人の態度を見て、遠い眼をした。
「あっ、敬語は良いよ。同級生だし」
「うん、分かった」
「ちなみにクラスも同じ…って言うか、一クラスしかないから」
「えっ? じゃあサラも?」
「サラに会ったのか?」
いや、疑問に疑問で返さないでほしいんだけど…。
でもタカオミは目を丸くし、隣にいるイザヨイを見た。
「…驚いたな。キミ、サラと出会って無事なのかい?」
「はい?」
イザヨイの言葉に、首を傾げる。
だけど思い出した。
サラとの強烈な出会いを…。
「ああ…まあ」
途端に顔色の悪くなったオレを見て、二人は気の毒そうな表情を浮かべた。
「悪いコじゃないんだけどねぇ。ちょっと神経質で、怒りっぽい性質なんだ」
「だから彼女の怒りにはできるだけ触れたくはないんだ。買って無事でいられた人間なんて、滅多にいないし」
「そう言うタカオミは無事だったじゃないか」
「ボク、逃げ足には自信があるんです」
朗らかな世間話のように聞こえるが、内容は物騒なことこの上ない。
「あっ、ちなみにサラは学級委員長だから。学校のことは彼女に聞くと良いよ」
「…そう」
タカオミの笑顔が、異常に眩しく見えた。
ただでさえ、品のある好青年の顔をしている。
外の世界でモデルをしたら、絶対に成功するだろう。
…そこで思い出したが、魔破街の住人って美形とか可愛い人が多い。
容姿端麗も、犯罪遺伝子に関係あるんだろうか?
……いや、ないな。
オレが良い例だ。
そう思うと、さっきよりももっと遠い眼をしてしまう。
「話の途中で悪いんだが、コイツの荷物もあるし、とっとと部屋に案内してやってくれ」
ムメイが荷物を持ち上げ、二人の会話を中断させた。
「おっと、いけない。サマナくんの部屋はタカオミの隣だから。先に届いていた荷物は運んでおいといたよ」
「ありがとうございます」
「ムメイから住人カードは受け取った?」
「はい」
「それがルームキーになっているから。失くさないようにね」
「分かりました」
「じゃあタカオミ、案内してあげて」
「はいはい。じゃあムメイ先生、彼の荷物はボクが」
「あいよ」
そう言ってムメイはタカオミに荷物を渡してしまった。
「あっ、タカオミ、いいよ。オレの荷物だし、自分で持つ」
「いいって。長い移動してきて疲れただろう? ここはたどり着くのに時間がかかるって言うし」
…と言うことは、タカオミはこの街から出たことはないんだな。
「じゃあ後は任せたぞ、タカオミ。サマナ、俺は宿直室にいるからいつでも来いよ」
「はい」
ムメイはオレの頭を撫でると、そのまま玄関を出て行った。
「じゃあ行こうか、サマナ」
「うん」
ロビーの奥へ行くと、エレベータがあった。
「何か寮と言うより、ホテルみたいな造りだな」
「そうだね。部屋の造りも中々豪華だよ」
タカオミは三階のボタンを押した。
「ちなみに一階は大浴場や食堂、レクリエーションルームなどがあり、二階からが寮の部屋になっている」
二階は小学部と中学部、そして三階が高等部の学生が住んでいるらしい。
「四階には図書室やコンピュータ室などがある。まあ一階は体を、四階は頭を動かす場があると思ってくれれば良い」
「なるほど」
「行くのも使うのも自由。けれど就寝時間になると電気は全て消されるから注意したほうが良いよ」
「それって部屋のも?」
「部屋は流石に大丈夫だけど、廊下も薄暗くなるからね。…この街の住人のことは知っているだろう? 子供と言えど、例外はないんだ」
タカオミは笑顔であっさりと言った。
―思いっきり物騒なことを。
「…あっ、そう」
「まあ滅多なことじゃ、住人達も噛み付いてこないから安心して。流石にオイタが多いと、処分されちゃうし」
処分と言うのは多分…処刑ということだろうな。
分かり始めてきた自分が、何かイヤだ。
三階に着くと、廊下を挟んで部屋の扉が立ち並ぶ。
本当にホテルみたいな造りだな。
「部屋の模様替えは各自自由。和室でも洋室でも好きなように変えてもらって良いから。その場合、イザヨイに申告すれば彼が全てやってくれる」
「模様替えの代金は?」
「必要ないよ。ここではお金の意味なんてないの、聞かなかった?」
「聞いていたけど、一応聞いておきたかった」
どこまで常識が通用しないのか、確かめたかった思いがある。
「くすっ。サマナの反応、本当に新鮮でおもしろいな」
タカオミは曇りのない笑顔を浮かべた。
「…まあそのうち、馴染むように努力するよ」
「ボクはそういう部分、おもしろいから無くさないでほしいけどね」
「何かバカにされている気がするんだけど?」
「まさか。あっ、サマナの部屋はここだよ」
タカオミは角部屋の扉を叩いた。
木製の扉に貼り付けてある金色のプレートには、『SAMANA』とある。
扉にドアノブや鍵穴などはなく、カードを差し込む部分があるだけだった。
オレはカードを取り出し、差し込むと、
ピーっ
と高い金属音が鳴った。
「この音が正常の証。失敗するととんでもない音を出すから、気を付けてね」
「…くれぐれも失敗しないようにする」
オレは素直に聞き入れ、扉を押した。
中は入ってすぐ廊下があり、少し歩くと部屋に着く。
ベッドなどの家具類は元から備えられていて、オレの荷物は身の回りの物だけだった。
段ボール箱で3箱もない。
「荷物持ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
ここは机もあるから良い。
机の上に荷物を置き、背伸びをした。
「ふぅ…」
「一休みする? 夕飯までにはまだ時間があるけど、お腹空いたなら何か食べに行こうか?」
「荷物の整理をしたから、夕飯まで一人にさせてもらってもいいか?」
「分かった。何かあったら隣の部屋に来ると良い」
「ありがと」
タカオミは笑顔で手を振り、部屋を出て行った。
「はあ…」
オレはため息をつき、ベッドに腰掛けた。
タカオミは何も言わなかったけれど、気を使ってくれたんだろう。
結構、体力的にも精神的にもオレは参っていた。
突然のことに、いろいろとついていけない。
…だけど決めたんだ。
この街で生きていくことを。
自分が犯罪遺伝子を持っているからなのか、体が何か反応している。
この感覚はそう―懐かしいという気持ちに似ている。
街の異常さは頭が拒絶している。
けれど体の方は受け入れていた。
そのことが、オレはここにいるべきなのだと思わせているのかもしれない。
「親父に何かいじられたか?」
この街に馴染むように、どこか体を変えられてしまったのかもしれない。
実際、オレの父方の血縁者は実験が好きなようだし?
「サラにムメイ先生、それにイザヨイさんにタカオミも何かしらの犯罪遺伝子を持っているんだよな」
パっと見は本当に普通の人間にしか見えない。
けれど彼らから感じる雰囲気は、只者ではないように感じられる。
それは血や死の気配などではなく、狂気という感情かもしれない。
「だけどそれを感じ取るんだから、オレもやっぱり同類ってことなんだろうな」
皮肉な笑みが浮かぶ。
この街のことは、まだまだ知らないことばかりだ。
でもできれば早く馴染みたいと思う気持ちはあった。