女子寮・再び
…とは言え、女子寮に堂々と入るには勇気がいる。
オレは箱を持ったまま、女子寮の前を行ったり来たりしていた。
「サラ、出て来ないかな」
シュリでも良いのだが、そもそも人気が無い。
「明日にしよっかな」
あんまり女子寮の前をウロウロするのも、気持ち的に辛い。
いくら非常識な街とは言え、怪しいものは怪しいし。
「…帰ろう」
引き返そうとした時、目の前に二人組の女の子が来た。
「あっ、転校生のカルマくんだ」
「あら、本当。どうしたの?」
オレを知っている?
…と言うより、高等部のセーラー服を着ているし、二人の顔には見覚えがあった。
一人は天然パーマの茶髪の女の子、もう一人は黒い髪に三つ編みをしている女の子。
「えっと…サラに会いに来たんだ。悪いけど、呼んでもらえないかな?」
「サラ? 彼女、今日は実家に用事があるとかで、外出しているわよ」
天然パーマの女の子が、顎に指を当て、可愛らしく首を傾げる。
…可愛いな。
ふわふわした髪に、女の子特有の色白の肌。
外国のお人形みたいだ。
「サラに用事なら、伝えましょうか?」
三つ編みの女の子は眼鏡をかけていて、ちょっと昔の雰囲気を感じてしまう。
だけど凛とした空気が、彼女の美しさを際立たせる。
二人ともタイプは正反対なのに、何だかお似合いってカンジだ。
「えっと、カミヤからクッキーを貰ったから、一緒に食べようかと思ったんだ。いないなら、いいよ。ありがとう」
「えっ? カミヤのクッキー? ヤダ、食べたぁい!」
「へ?」
天然パーマの女の子が、オレの持っている箱を見て、瞳をキラキラさせた。
「カミヤの家って、料理人が多いの。特にカミヤ自身もパティシエとして優秀だから」
三つ編みの女の子が淡々と説明してくれた。
「えっ? じゃあコレってもしかしてカミヤの手作り?」
「だと思うわ。その包み紙、彼が自分の手作りのお菓子を包む時に使用するから」
「そうだったんだ」
「でもあなた、カミヤに気に入られたのね」
三つ編みの女の子はオレを見ながら、意味深げに微笑む。
「あのコ、基本的にはタカオミ中心に生きているから。手作りのお菓子をタカオミ以外の人間にあげるなんて、はじめて見たわ」
「あ~、そう、なんだ」
思わず遠い眼をしてしまう。
…彼が手作りのお菓子を作ってくれたのは、タカオミの命令だっただろう。
そしてその理由を思い出し、再び全身に鳥肌が立ってしまう。
「いいなぁ~。カミヤの手作りクッキー」
相変わらず天然パーマのコは、熱い眼差しを向けてくる。
「…キミ達はそれでも食べたことあるんだ」
「うん! オミくんがお裾分けしてくれたの!」
タカオミの名前を略し、ニコニコと満面の笑みを浮かべる。
これは流石に無視はできないな。
「…良かったら、どう?」
「えっ? 良いの? やったー!」
「悪いわね。じゃあロビーに行きましょう。お礼に紅茶を淹れるわ」
「あはは…」
オレは苦笑いを浮かべながら、女子寮に入った。
ロビーにはソファーとテーブルのセットがいくつか置かれてあった。
壁際の席に座ると、三つ編みの女の子は紅茶の用意をするからと言って、食堂へ行った。
「あっ、自己紹介がまだだったわね。アタシはミツキ。黒髪のコはムツキ」
「よろしく」
オレは包み紙を剥がし、箱を開けた。
「うわぁ♪ 美味しそう~!」
「ミツキ、ヨダレヨダレ!」
「あら、いけない」
ハンカチで口元を抑えながら、ミツキはそれでも箱の中身を見ている。
箱にはさまざまな種類のクッキーが、所狭しと入っていた。
甘い匂いがロビーに広がる。
「でもスゴイわね、サマナくん。カミヤがこんなに作るなんて、珍しいことよ」
「あっ、うん。そうなんだ」
理由は言えない。…特に女の子相手には。
「まあ転校生は珍しいからね」
銀のトレーに紅茶のセットを載せて、ムツキが戻ってきた。
そして慣れた手付きで紅茶を淹れてくれる。
「ムツキの淹れてくれるお茶は美味しいのよ!」
「そうなんだ。頂きます」
オレは温かい紅茶を一口飲んで、びっくりした。
紅茶の良い匂いが体に満ち、ほんのり甘い味が口の中に残った。
「ホントに美味しい」
「ありがとう。バイト先が紅茶喫茶店だから、慣れているのよ」
「バイト? この街では金銭的な束縛がないのに、バイトしているんだ」
オレの問いに二人は顔を見合わせ、苦笑した。
「まあ確かに金銭的な束縛はないんだけどね」
「それでも社会性は身に付けておくにこしたことはないわ。今もバイト帰りだったし」
「そうなんだ。じゃあミツキも同じバイトを?」
「うん! でもアタシは接客中心。何かを作るのは苦手なの」
そう言ってクッキーに手を伸ばし、一口頬張る。
「ん~、やっぱりカミヤのお菓子って最高!」
花が開いたような明るく可憐な笑みを浮かべる。
この二人がいる喫茶店になら、行ってみたいな。
そう思いながら、オレもクッキーを一口。
バタークッキーは口の中に入れるとすぐに溶けてしまう。
けれどバターの良い匂いと、歯触りが何とも言えない!
「んっ、カミヤのお菓子って本当に美味い。タカオミはいつも食べているのかな?」
「まああの二人はそういう関係だしね」
「ぶっ!」
ムツキがあっさりと言った言葉に、思わずふき出した。
「昨日、サマナが悲鳴上げながら走って行ったのも、そのせいでしょう?」
「…サラに聞いた? ムツキ」
「と言うより、寮生の間ではすっかり噂になっているわよ。あんな反応したの、あなただけだもの」
…それはつまり、今までの発見者は…とまで考えて、思考を中断。
そんなカオスな想像、したくもなかった。
「まあ幽霊でも見ちゃったと思って、忘れた方が良いわよぉ」
上機嫌に両手でクッキーを持ちながら、ミツキが言った。
幽霊…確かにそのぐらい、タチは悪かった。
「タカオミが洋食好きなのは聞いた? それでカミヤの料理の腕前は、そっちに上がっていったの。タカオミの口にするモノは、ほとんどカミヤが作っているし」
「…そうなんだ」
こういう情報は知ってもあんまり嬉しくないな。
でも今朝のことを考えると、タカオミは彼なりに気を使ってくれたんだろう。
常識は無いようだが、人を思いやる気持ちはあるみたいでほっとする。
「まあオミくんはまーだ人間らしい考えの持ち主よねぇ」
「他の奴らは外見だけは人間で、中身は化け物っていうパターンがあるから、気を付けてね。サマナ」
…爆弾をボッカンボッカン投げ付けないでほしいんだが。
「それって、コクヤ以上?」
オレの問い掛けに、二人は顔を見合わせた。
「ん~。危険度で言うなら、コクヤくんが上かな?」
「そっちは濃いけど、あっちはくどいって感じかしら?」
そっちはコクヤで、あっちは中身が化け物タイプのことだな。
「でもサラに気に入られているのなら、大丈夫よ。きっと守ってくれるわ」
「アタシ達も見かけたら助けてあげる。サマナくん、良いコだもん」
ムツキとミツキの言葉に、少し心の中が温かくなった。
「ありがとう、二人とも」
「どういたしまして」
「アタシ達も猟奇殺人犯罪者の遺伝子の持ち主だし、強いからね!」
…ミツキの最後の言葉はいらなかったな。
「『アタシ達も』って言うことは、サラもそうなんだ?」
「サラから聞いてなかったの? 私達とはまた種類が違うけど、あのコも猟奇殺人の遺伝子を持っているわ。だから強いの」
ムツキの言葉に、昨日の出会いを思い出す。
確かに大人の男性の首を斧で切り飛ばすんだから、強いだろう。
「ちなみにタカオミはいわゆるアカサギってヤツ。知ってる?」
「いや」
「自分の美貌を活かして、相手からいろんなモノを奪うのよ。タカオミの先祖はかなりの美形だったらしく、世界まで裏で操っていたらしいわ」
ムツキの説明に、とても納得。
あの容姿とカリスマ性は、只者ではない証拠だったか。
「あっ、ちなみにカミヤは毒を操る殺人者の遺伝子を持ってるの。だから料理を作るのが得意なんだねぇ」
「ぶっー!」
ミツキの言葉を聞いて、オレは下を向きながら紅茶をふいた。
よりにもよって、5枚目のクッキーを紅茶で流し込んだ時だった。
「ゴホケホッ!」
「ああ、大丈夫よ。カミヤは滅多なことでは毒を使わないから。特にお菓子作りはタカオミが関係していることもあって、絶対毒なんて入れないから。安心して食べて良いわよ」
ムツキは無表情でクッキーを食べすすめる。
「あっ、そう…。ゴホッ」
しかし食欲は失せてしまった。
クッキーは二人がかなりの勢いで食べていったこともあり、あっという間に残り少なくなった。
「…とと、残りはサラに残しておきましょうか?」
「そうね。サマナが届けてきてくれたものだし」
ムツキはクッキーに蓋をした。
「コレ、サラが帰ってきたら渡しておくわね」
「ああ、よろしくムツキ。それじゃあそろそろオレは寮に戻る」
「うん、また明日ね。サマナくん」
「また明日、ミツキ」
二人に手を振り、オレは女子寮を出た。
「はー…。何か微妙に食欲失せたかも」
クッキーは絶品だった。
しかしカミヤが毒を操る犯罪者の血縁者だったとは、な。
タカオミは物凄く納得できる。
彼の血縁者なら、老若男女美形だろう。
美貌を活かして、人や政治・経済を裏から操ることなんて造作もないだろうな。
「おっ、サマナ。お帰り」
「お帰り、サマナ」
男子寮のロビーで、ムメイとイザヨイが声をかけてきた。
「ただいま。二人とも、どうしたんですか?」
「俺はお前を待っていたんだよ。どうだった? 転校初日は」
「えっと、まあこんなもんかな?と」
「コクヤに早速眼を付けられたんだって? ギリギリに寮を出て行ったから、忠告することも出来なかったんだ。ゴメンね?」
イザヨイは申し訳なさそうな顔をした。
「あー、だからクラスメイト達も逃げ遅れたんですね」
「クラスにもギリギリ到着しただろう。まあキミの顔を見たいコもいただろうから、逃げるに逃げられなかったというのもあるだろうね」
顎に手を当て、イザヨイは遠い眼をした。
「コクヤには何もされなかったか?」
「大丈夫ですよ、ムメイさん。少し話はしましたが、午後から彼は帰りましたし」
「そっか…なら良かった」
ムメイは心底安心したように、深く息を吐いた。
しかし苦しそうに眉を寄せ、絞り出すような声を出した。
「…こう言うのもアレだが、あんまりコクヤには関わらない方が良い」
「それはさんざん周囲の人から言われました」
「そうか。まあ向こうが近付いてきても、上手く避けるようにな。関わらない方が、お前の心の為だ」
そう言うムメイは真剣そのもの。
オレが来る前に、犠牲になった人々のことを知っているからだろう。
「…そうですね。気を付けます」
「ああ、そうしろ」
「ところで夕飯まで時間がありますよね。オレ、部屋で休みたいんですけど…」
「あっああ。引き止めて悪かったな」
「いいえ。あっ、ムメイさんは食事はどこで?」
「俺は自炊しているんだ」
「そうですか…。良ければ寮の食事を一緒にと思ったんですけど」
「そうだなぁ。まあたまには良いか。んじゃ六時頃に食堂でどうだ?」
「はい、それでお願いします」
「分かった。んじゃな」
オレは二人に頭を下げて、エレベータに乗り込んだ。
「ふぅ…」
実は少し疲れていた。
けれど保護者代理人のムメイを無下にはできないから、食事に誘った。
「…バレバレだったかな?」
それでも会話はした方が良いだろう。
…特にあのバカ親父については。
ムメイはどうやら親父と付き合いがあるらしい。
昨日の様子を見ても、事務的な関係だけじゃないだろう。
それに担任のキバラは言っていた。
ごくまれにだが、この街を出て行く者がいる―と。
もしかしたら親父はそのパターンじゃないかと、オレは思っていた。
実はこの街の出身で、ムメイとはその頃に知り合ったんじゃないかって。
でも今のところは、たんなるオレの想像でしかない。
だから聞かなければならない。
親父の本当の姿を。
そしてオレについて、どう思っていたのか。
別に今更親子の感情は求めていない。
だけどいろいろと複雑なところはあっただろう。
犯罪遺伝子は父方のもの。
母とはどういうふうに出会ったのか、何故結婚したのかというのも、聞いたことがなかった。
全ては犯罪遺伝子のことを隠す為だとも言えるが、…何か匂う。
親父がオレに、何を求めているのか。
それをハッキリさせたかった。




