第8話:「家③」
「この部屋は、アイシアさんの自由に使ってよいので、どうぞくつろいでください!」
ニコニコ顔の淳は、ある一室をのドアを開けると私に紹介をする。
私は、その部屋を見て驚く。
部屋には、ベットが置かれ、そこにはクマの形をしたクッションが置かれている。
横の机にも、女性らしい小物が置かれ、なんとも可愛らしい部屋に仕上がっていた。
「な、なんだこれは!!」
私は興奮すると、ベッドの上に置いてあるクマのクッションに飛びつき、抱き着く。
滑らかな感触が私の頬に当たり、なんとも気持ちが良い。
私は、ベッドに座りながら、部屋を見渡す。
まるで、最近まで誰かが部屋に住んでいたような状況だ。
小物などが充実しており、部屋の中で過ごしても何不自由なく過ごせそうだ。
「なあ、淳は一人暮らしだろう? なんでこんなにこの部屋の設備が良いんだ?」
純粋に気になった私は、彼に問う。
すると、一瞬固まった彼は私にぽつぽつと告白した。
「…………。実は、俺の家族は4人暮らしで、妹がいたのですが……。交通事故で3人とも死んでしまい……」
「…………は?」
私は、驚くと共にベッドから立ち上がる。
「何? まさか、ここは妹の部屋だったと言うのか?」
私恐る恐る彼へ問いかけると、彼は真面目な表情で頷く。
「いいいいぃぃぃや、ちょっとここに泊まるのは遠慮するぞ。つまり、ここの設備は全て妹の形見なのだろう?」
私は変な汗をかきながらも彼の目を見据えて首をフルフルと振る。
何を考えておるのだ淳は。私はこんな泊まりにくいところにはいられん!
しかし、彼は私の目を見て首を横に振る。
「いや、死んでしまったのはもう一年前です。俺ももう根に持ってはいません。ベッドのシーツなどはちゃんと変えてるので、是非とも使ってあげてください。このままだと男としてダメな気がするので……」
いいや、こんな部屋を進める男の方がもっとダメだぞ????
内心で私は思いながらも、彼へ再度泊まらない旨を伝える。
しかし、彼の意志は固かった。
何度断っても、泊まってくれの一点張り。
結果、私が折れる形となってしまった。
私が泊まることで、俺が助かるとかなんとか言ってくるので、どうにも断りずらくなってしまったのだ。
「はあ…………」
私はため息をつきながら、ベッドの横に杖を立てかけ、ベッドに座った。
ふかふかした感触がなんとも心地良い。
「あ、そうだ。アイシアさんのパジャマも用意しますね」
私がベッドに座ったのを見計らい、彼が私に進言してきた。
「あ…………。まさか、妹の服とかじゃないよな? それだけはやめてくれぇぇぇ!!」
私が悲鳴を上げている中、彼はスタスタと自室へと向かってしまった。
◇
「これは……。誰の服だ?」
私は、服を持ってきた彼に問う。
その服は、肌触りはさらさらとしており、地味なデザインをしていた。
「ああ……。俺の服ですよ。ジャージですけど……」
ぶすっとした表情の彼は、目を逸らしながら私へそれを渡す。
私はそれを受け取るとホッとする。
これで妹の服を着てしまったら、彼の妹に化けて出られそうな気がしたからだ。
そんな気味が悪い夜は過ごしたくない。
その時、私は良い匂いがすることに気が付いた。
どうやら、この服から匂うらしい。
私はジャージに顔をうずめ、また顔を上げると彼ににっこりと笑いかける。
「なんか、この服良い香りがするな?」
「柔軟剤の香りです……。てか、なんか恥ずかしいのであまり嗅がないでください!!」
彼の顔は真っ赤だった。
その後、私は彼にシャワーを勧められ、お風呂に入った。
シャワーという道具の使い方にどきまきしたが、事前に彼に教えられていたこともあって、すんなりとお湯を出すことができた。
「しっかしすごいな……」
私は、湯船につかりながらぼそりと呟く。
私が住んでいた世界では、お湯は貴重でこんなふうに湯船につかるなんて、貴族ぐらいしかできなかった。
しかし、淳の家にはこのような設備があるし、お湯も出し放題だった。
つまり、淳は日常的にこのようなお風呂に入っているのだろうな……。
私は、淳の生活の良さに改めて驚いた。
「じゃあアイシアさん、また明日!!」
ニコニコ顔の敦に見送られ、私は彼の妹の部屋へと入る。
そのまま、そそくさとベッドに向かい、座る。
目の前の棚には、可愛らしい小物が並ぶ。
「…………」
私はそれらを順繰りに見やる。
私は今まで女性らしい物に縁がなかった。
私の世界ではそういう小物が値段が高いということもあり、あまり手に入れにくい。
また、私はそもそも魔術の練習ばかりしていた。
だから、こういう女性らしいことに触れようとしてこなかったのだ。
しかし、これらを目の当たりにしてしまうと、どうしても欲が出てしまう。
妹の形見だから、あまり触るのはどうかと思うが……。
しかし、淳は「過去を引きずりたくない」と言っていた。
あんな感じならば、私が少しぐらい触っても、ちゃんと元の位置に戻しておけば良いだろう。
私は自分に納得させると、目の前のネズミ型の時計を手に取る。
「おお……これはすごいな!」
私は、思わず声を漏らす。
繊細な装飾が施され、見る者を楽しませてくれる。
散りばめられたガラス細工も、部屋の明かりを反射してきらきらと輝いていた。
私はにこにこしながら、その時計をぐるぐると回す。
すると、私はあることに気が付いてしまった。
「……製造年月。2018年の10月????」
今は2019年2月10日のはずだ。
先ほどテレビでそのように話していたし、この時計の日時もそのように表示されている。
しかし、この時計の製造年月は2018年10月。確か彼の妹が死んだのは1年前と言っていたはず。
つまり、この時計は妹が死んでから購入し、ここに設置されたことになる。
私は驚くと共に、彼に疑念を持った。
まさか、まさかね……。
私は顔を引きつらせながら、部屋の備品が設置された年代を探る。
「…………私に教えよ。エージェ」
すると、私の頭の中にこの物たちの歳が流れ込んでくる。
「…………」
私は身震いすると、部屋の入口に侵入者を束縛する結界魔法をかけ、毛布を引っぺがし布団にくるまった。
翌朝。朝日がアイシアの部屋の中に差す。
「んんーー!!」
私は起きると、大きく背伸びをした。
部屋の中にまで小鳥のさえずりが聞こえる。
どうやら、私は深く寝てしまったようだ。
昨日はこの世界に転移し、この世界の住人や環境にアザスされて、色々とストレスが溜まっていた。
それらが疲れを助長していたらしい。
「ふう………。さてと、あれをどうしようかな」
私は部屋の入口をジトっとした目で睨みつける。
そこには、予想通りの姿があった。
「アイシアさん、オハヨウゴザイマス」
そこには、つま先立ちをして膝を曲げた状態の淳が身動きをとれずに固まっていた。
彼は私の目線に気が付くと、涙目になって私を見つめていた。
あーあ…………。
やっちゃったね。