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第7話:「家②」

すみません。

少し遅れました。

「……おお! なんだこの料理は!」


 部屋の中に良い匂いが漂ってから10分後、私の横のテーブルに料理が運ばれてきた。

スパイシーな匂いが辺りを漂い、私の食欲をそそる。


 (あつし)は、私の反応を見て満足した表情へと変わると、料理の説明を始めた。


「これは……カツカレーですね! カツは自分で揚げてみましたけど……」


「カツカレーというのか。これを食べてもよいのか?」


 うきうきした気持ちの私は食い気味で彼に問いた。

 私の雰囲気に驚いた様子の彼だったが「どうぞ」と言ってくれたので、スプーンでカツカレーを掬い、口に頬張った。


 直後、私は目を見開く。

 なんだこの料理は! 濃厚でスパイシーな液体が横にある白い豆と絡まり、とても美味しい!

この絶妙な辛さが、この白い豆の甘さを引き立ててくれている。

 そして何より、この味の濃さ! 私が今まで食べたことのない美味しさだ!

 液体に入っていたゴロゴロとした野菜たちも、この液体に絡まり素材の甘さが引き立てられていた。


 次に、乗っていた揚げ物を口に運ぶ。

それは部分的に黒い液体がかけられており、一部は元の色であるきつね色をしていた。

私はそれを口に頬張り、咀嚼(そしゃく)する。そして驚く。

 これも美味い! 噛むとサクッと心地よい音を出し、その後濃厚な肉汁があふれ出してくる。

中の肉は驚くほど柔らかく、そしてジューシーだった。


 私は一心不乱に食べ続けた。こっちの世界に来てから8時間程。

転移とこの世界でのいざこざに驚きすぎて忘れていたが、お腹はペコペコだった。


 私の満足そうな雰囲気に満足した彼は、自分用のお皿にカツカレーをよそい、私の向いに座る。


「助かりますよ。俺、料理が好きなんですけど、一人で住んでいると作っても食べきれませんからね……」


 彼の言葉に釣られるように、私は彼の顔を眺める。

彼は私の上の方を見つめ、どこか悲しそうな表情を浮かべていた。




 その後、私は2回ほどおかわりをした。

カツは2枚しかなかったようで、2杯目からは野菜カレーという物になってしまったが美味しいから問題ない。


 私が住んでいたタレスでは、食料は貴重だった。

何故なら、一年を通して冷涼な気候だったからだ。

穀物は寒い地域でも育つライムギが主で、主食は黒パンだった。

他の作物は冷涼な気候に耐えられず、あまり生育が良くなかった。


 黒パンはとても固く、ぱさぱさしていた。

そして何より、味付けをする調味料が少なかったので、普段の食事は味気ない物が多かった。


 それに比べて、このカレーというものは味が濃厚だ。

料理に使われている食材の数が私の知っている料理と比べても多いように感じるが、何より調味料の質が違うのだろう。

 そして、ここまで美味しく作るためには、良質な調味料を大量に使わなければならないのだろう……。

私はもぐもぐと口を動かしながら思った。




 その後、私は食事を終えた。

敦は、食器を回収して水場で洗っている。


 料理の質・量は共に最高で、私は満足した気持ちで目の前のテレビモニターを眺めていた。


 テレビには、お笑い番組というものが放映されていた。

テレビの中で、芸人という人が芸をやる番組らしい。

見たこともない面白い芸により、私はうきうきした気持ちで画面を食い入る様に見つめていた。






 そんな最中、それは突然起こった。



 始まりは、敦の呟きだった。


「ん……? 揺れてる?」


 その声に呼応するかのように、突然家が縦に振動を始めた。


「え、はははぇぇぇ!!!??」


 突然の振動に、私は恥ずかしい声をあげてしまう。

激しい縦揺れに耐え切れなくなったのか、テレビが置いてあるデスクは揺れつつ移動を始める。

その振動に耐え切れなくなったテレビは、電源が切れ画面が真っ黒になった。


「アイシアさん! 大きな横揺れがきます! 机の下とかに頭を隠して……」


 彼がしゃべり終わる前に、次に大きな横揺れがきた。

その振動は、家鳴りを起こし、置いてあった花瓶が次々に床へと落下しガシャンガシャンと割れ始めた。


 私は恐ろしさのあまり、身を隠した机の下で震える。

その時、私の首から魔鉱石のペンダントが垂れる。

横揺れが続く中、私は魔鉱石のペンダントへと目が向かう。


「……え?」


 恐ろしさで心臓がバクバクいう中、私は見てしまう。

そのペンダントは、脈打つようにうっすらと水色に輝いていた。



 そんな最中、彼の方から爆音が鳴る。

サイレンのように(うな)るその音は、私の不安な気持ちを増幅させていった……。






「はー。久しぶりに緊急地震速報を聞いたわ」


 30秒後、揺れが収まると同時に彼はキッチンから顔を出す。

手には四角い板を持っており、彼はそれを凝視している。

 しかし、すぐに私へ朗らかな表情を浮かべた。


「この付近は震度5弱……。若干強かったですが、まだまだ大丈夫ですかね……」


 しかし、私は彼を見て訝しげな気持ちになる。

何なのだこいつは。なぜ天変地異を体験しておきながらしれっと出来るのだ……!!


「な、なあ。なんでお前はそんなに平然としていられるのだ」


震える声で私は彼へ問う。


「え? なんでって、このぐらいの地震なら3年に一回ぐらいは経験しますからね。もう慣れてしまいましたよ」


キョトンとした顔で彼は言い切った。


 私はそれを聞いて驚愕する。

私の故郷ではこの規模の地震はほとんど起こらない。

 故郷の学校で習った知識によると、近年起きた大きな地震は500年程前だったはずた。

その時は、地震動に合わせて、大海から水の壁が押し寄せ、全てを洗い流していったらしい。


 無論、私があの世界にいた時は、地震というものを全く経験したことがなかった。


 この世界の事実を知った私は、ふと思ってしまった。


ああ、静穏なあの世界に帰りたい……!





 10分後。ぎこちなくも落ち着きを取り戻した私は、身動きをせず先ほどと同じ椅子に座っていた。

 目の前のテレビは復旧し、先ほどの天変地異の情報を延々と流していた。


 どうやら、「震源」と呼ばれるものはここから50km程離れた「甲府」と呼ばれるところらしい。

最大震度は6強。マグニチュードは6.2……。地震の規模を示すらしいがどの程度なのだろうか。


 ふと私は首にかけたペンダントを眺める。

そのペンダントには、青黒い石がついていた。

 どうやら、光っていたのは地面が揺れている時だけだったようだ。


 この結果から、私は思案する。

なんで石は光ったのだろうか?

これではまるで、あの魔力災害の時のように石が地震を起こしたようではないか……。


 私が考え込んでいると、廊下から彼の悲痛な声が聞こえてくる。


 まあよい。この石と地震の因果関係は後でも考えられる。

私は思考を打ち切ると、彼の元へ向かった。



 薄暗い廊下でうずくまる彼は、悲しそうな顔で花瓶の破片を拾っていた。

彼は、ブツブツとなにかを呟いていた。よく聞いてみると、


「この花瓶高かったのに……。高かったのに……」


と呪文のように延々と呟いていた。


 彼の女々しい様子に、私は吹き出しそうになってしまうが、落ち込んでいる様子の彼を見てなんとか堪える。

 私は彼らしい雰囲気をもう少し眺めていたい衝動に駆られたが、流石に可愛そうなので助力することにした。


「淳。私が直してやろう」


 私が彼へと話しかけると、彼は私をばっと見つめた。


「え!? アイシアさん直せるんですか!?」


 私は、そんな彼を見てふっと鼻を鳴らす。


「私を誰だと思っている。アイシア=グレオチールだぞ? このくらいの魔法なら余裕で使える」


 彼は、私を見て目を輝かせる。


「流石! 凄いですね! 良ければよろしくお願いします!!」


「飯をくれた恩もあるしな。このぐらい私に任せておけ」


 私は言い切ると、目の前の割れた花瓶の欠片を見つめ、精神を集中する。


 物体を直す……。物体の時間を戻す魔法は、時属性の中級魔法だ。

 時空を操る魔法は、他の魔法に比べて格段に魔力を使う。適当な詠唱では魔法を行使できない。


 私は1分程現象をイメージし続けると、最後の発動句を唱える。


「……ああ。偉大なる時の精霊よ。私の願いを実現させたまえ。アピヤーアーティスト!」


 私が唱え終わると、バラバラに粉砕されていた花瓶は、ビデオを逆再生するかの如く次々に組み上がっていく。

 そして、私が現象のイメージを終えた頃には、傷1つない花瓶が、彼の目の前に存在していた。


「おお、なんと……。凄いです! 流石アイシアさん! ありがとうございます!」


 彼はキラキラした目で私を見つめた。

 私はそれを見ると、何故か気恥ずかしくなってしまい、彼の目から目線を背けつつ呟いた。


「いやまあ。それほどでも……」


 その後、私と彼は地震で壊されたもの見つけては修理をした。

といっても、大きく壊れた物は先ほどの花瓶ぐらいで、後の物は落下して傷がついた程度だった。


 全ての部屋を周り、30分程で元どおりになった。


「ふう……」


 私は一息つく。

家の中が私が訪問した時と同じ状態まで戻り、私は満足を覚えた。


「アイシアさん。ありがとうございました」


 私を見つめる淳は、お礼を述べながらにかっと笑う。

 しかし、すぐに不安そうな顔に変わると、おずおずと話を切り出した。


「ちなみにアイシアさん。今日は寝泊まりする所はあるんですか?」


「いや、ないが……」


 私のその声を聞き、彼は満足そうな表情を浮かべると、爆弾発言をした。


「そうですよね。そうですよね……。じゃあ、私の家の一室をお貸ししますよ! 部屋余ってますので……」

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