第2話:「鉄工所①」
「姉ちゃん。順路は外れちゃいけないって言われていただろう?」
目上の通路にいる30歳ぐらいのガタイの良い男性は、私を諭すように話しかけた。
「順路……?」
私は訳の分からないことを言われて、困惑する。
はて、順路? 順路とは、見物客が見世物を見る道という意味だよな……?
なんでこんな鉄を作る場所に順路なんてあるんだ?
私が首を傾げていると、彼は肯定していると誤って受け取ったのか、私を見ながら話を続けてきた。
「ほら、そこから外に出れるから、他のお客さんと合流なさい」
少し怒ったような表情に変わった彼は、私から見て右の方を指差した。
私は釣られるようにその方向を見ると、人ひとりが通れるような扉が存在していることに気づいた。
「すまぬ。助かる」
ちょうど外に出たいと思っていたところだ。
なんと都合が良いのだろう。
私は彼に軽く会釈をすると、杖を担いでその扉へと駆け出した。
その扉の前へは、ものの10秒ほどで到着した。
扉の横には先程の目上の通路へと続く緑色の階段が存在していた。
その階段の手すりを見ると、小さく「順路」と記載されており、文字の横の矢印が目の前の扉を指していた。
なるほど、多分この順路とやらは上の通路のことで、順路の出口がこの扉なのだろう。
私は勝手に納得すると、意気揚々とその扉を手で押した。
ん……?
扉はビクともしない。
やけに硬い扉だな……。
私は訝しげな気持ちになると今度は力ずくで押した。
「んんーーーー!!!」
全身の力を使って押してみたが、うんともすんともいわない。
なんだこの扉は! 全く開かないじゃないか!
あんの男、図ったな!
ガンっ!
私は目の前の扉へ蹴りを入れた。
開かないのなら力ずくで開けるしかない。
私の実家の扉も、よく外の砂が固まり開かないことが多々あった。
そういう時は、力づくだ。とりあえず蹴りつければなんとかなる!
「おい、何なんだよお前は……」
私がガンガンと扉を蹴りつけていると、横の階段から先ほどの男が下りてきた。
先ほどの怖い顔がブチ切れ、すごいことになっている。
「お客さんだからって調子乗るなよ。さっさとこの工場から出ていけ!」
ガタイの良い男は、扉の金属部分を掴み、捻り、引いた。
そうすると、すうっと扉が開く。
な、なるほど。そうやって開くのか……。
男性の威圧に負けて扉を蹴るのを止めていた私は、開く扉を棒立ちで見ていた。
すると、あの男に突然後ろから平手打ちされると、そのまま工場から押し出された。
「いてっ!!」
叩かれた背中が痛い。
私は、ずきずきする背中をさすりながら、その男の顔を見た。
「……ふんっ!」
男は私をぎろっと見つめると、よくわからない鼻声を出して勢いよく扉を閉めた。
バアン!!
低重音を響かせながら、扉が閉まる。
「…………」
私は閉まった扉を凝視しながら、しばらく固まった。
数秒たち、状況をだんだん理解してきたのか、私の心に怒りがふつふつと湧き出してきた。
「はあ? なんなんだよあいつは!!」
私は声を大にしながら叫ぶ。
なんなんだよあの男は! 初対面の女性に対して殴って暴言を吐きやがったぞ!
あいつはワタシを誰だと思っているんだ。
上級魔法を司るウィザード「アイシア=グレオチール」だぞ!!
よし、覚えた。あいつの名前覚えた。
あいつが着ていた服の胸辺り。あそこに「日本製鉄」と書いてあったぞ。
あいつの名前、日本製鉄なんだろ。どんだけ鉄好きなんだよ。
今度から鉄好きの「せいてつ」くんってよんでやろう。
私が下の名前で呼ぶんだ。せいぜい感謝するがよい。
叫んだあと、私は小声でブツブツと呟く。
20秒程ブツブツ唱えていると、少しずつ心が落ち着いてきた。
「ふ……」
一転、悲しくなってきた私は、視点を空へと向ける。
そこには雲一つない真っ青な空があり、私の心を癒してくれた。
冷たい風が私の頬を撫でる。
怒りで熱くなっていた頭を、風が冷やしてくれた。
そうか。ここでもちゃんと青空なんだな……。
訳の分からない場所だと思っていたが、私がいた場所と共通点もあるんだな……。
今度は少し視点を水平線へと向けた。
そこには、きれいな三角形をした山が存在していた。
山頂あたりは白く化粧をしているようだ。
はて、あの山。私のすんでいた町「タレス」から見えた山と似ているな。
もしかして、ここは私の町から近いんじゃあ……。
「お客さん!! 早くこっちに来てください!!!」
私が少し考え事をしていると、女性の声がした。
声をした方を向くと、向こうから女性が駆けてきていた。
その女性は、先ほどの男性と同じ服を着ていた。
胸元には同じ文字が刻まれている。
「日本製鉄」
…………ん? もしかして、日本製鉄って、あいつの名前ではないの?
「…………」
一転、私は恥ずかしくなってきた。
ああ、日本製鉄って、この工場の名前なのか……。
私は本当の意味に気づいてしまい、恥ずかしさに悶絶した。
「お客さん! バスが発車しますよ! 早く乗ってください!」
私は駆けてきたきた女性にそう言われると、ぐいぐいと手を引っ張られ連れていかれる。
「え? ちょっと待って……」
彼女は私に文句を言う隙を与えてくれないまま、私の腕を引っ張り続けた。
そのまま私は100m程引っ張られ続けた。
彼女はバスと呼んでいた謎金属の前で止まると、私の腕から手を外し、じいっと見つめた。
「他のお客さんが待ちかねてますよ! 早く乗ってください!」
「へっ?」
私はバスという名の謎金属を再度見た。そして、私は困惑する。
なんだあの鉄の塊は。
地面とは黒くて丸い物で接しており、上部には透明な板がはめ込まれているみたいだ。
そして、その中には……。たくさんの人が乗っている?
「お客さん! 早くしてください!!」
「ええ……。っちょ……」
私は女性の方に手をぐいぐいと引っ張られ、バスの中に引っ張りこまれる。
私は仕方なくバスのステップを上がり、勧められるがまま空いていた椅子に腰かけた。
うわ、なんだこの椅子は。やけにふかふかだ……。
私は上機嫌に椅子をばふばぶさせていると、バスは唸り音を上げてがくっと動き始めた。
「うわっ……!」
周りの人達が物珍しそうな目で私をじいっと見つめてくるが、そんなのはどうでもいい。
それ以上に私はこの乗っている機械に私は心を奪われてしまった。
こんな巨大な鉄の塊が、馬に引かれてもいないのに勝手に動いている……。
私は目を丸くした。
バスという乗り物の前方には鏡がついており、それはこのバスの一番前の席で丸い円盤を持つ男の人を映し出していた。
バスが右折をする。
突然感じる左への力に驚きながらも、私はその鏡をじいっと見つめた。
鏡に映る彼は、黒くて丸い物を持っているようだ。
彼がその丸い物をくるくると回すと、合わせてこのバスが曲がっていく。
なるほど……。あの人がこのバスの御者なのだな。
私は納得した。
私は透明な板の外で流れる景色を眺める。
通路側の席に座っているせいか、景色が見にくいがそこはしょうがない。
私はあまり気にせずに窓側の席に座っている男性越しに景色を眺めた。
若干馬車より早い速度だろうか? 時速30km程度でバスは進んでいく。
車窓には、先ほど出てきた工場が映されていた。
私はキョロキョロと見まわすが、この建物が途切れるところが見当たらなかった。
一体どこまで続いているのだろうか……。
私が外の景色に目を奪われていると、突然車内に女性の声が響き渡る。
『皆さま、本日は工場見学にご参加くださりありがとうございました。当バスはこのまま工場を半周しまして、元のホールまで戻ります。途中見どころが何か所かございますので、解説をしていきたいと思います』
な、なんだ? バスの天井から女性の声が聞こえるぞ?
私は女性の声を聞き、訝しげな気持ちとなる。
脳裏に聞こえてくるのではなく、頭上から聞こえてくるとは……。
一体どんな魔法を使っているのだろうか?
ウィザードの1人として興味を持ってしまった私は、窓際に座っている男性を凝視する。
年齢は20代後半だろうか? 目にはよくわからない透明な板がついていて、なんだか頭が良さそうに見えた。
「なあ」
私は、その男性に声をかける。
男性は、私の声を聞きびくっとすると、ぎぎぎと首をこちらに向けてきた。
「な、なんでしょう?」
彼の声がぎごちない。なんだか、物凄く警戒されている気がする……。
彼の雰囲気からそんな気がしたが、私はあまり気にしないようにしながら、聞きたいことを聞くことにした。
「頭上から声が聞こえたよな。この声はどんな魔法で上から聞こえるようにさせたんだ?」
「……は? まほう?」
彼は、私の目を凝視すると固まった。
私は彼の目を見て理解した。
こいつ、大した力もないくせに何聞いてやがるんだっていう顔をしてやがる。
失敬な。上級魔法を操れるウィザードとして、このぐらいは知っておかなければならないのだ。
「こんな魔法は初めて見たのでな。ウィザードとしては知っておかなければならん。もったいぶらずに教えるがよい」
「は、はあ……」
私の質問を聞き、彼はあきれたような顔をした。
そんなに私のような下っ端兵士が質問をするのがおかしいのか?
……なんか問いただすのが面倒になってきたぞ?
「……コース」
私は彼を見つめながら、詠唱をした。
この魔法は、「コース」。威圧魔法だ。
詠唱者の目を見た相手は魔法にかかり、詠唱者を恐れおののくようになる。
私は彼の目を見つめながら話しかける。
すると、彼の目には恐怖が浮かび上がり始めた。
「おい。早くこの魔法の原理を教えろ」
私の声を聞き、彼は顔をこくこくと動かした後、ゆっくりと口を開いた。
「あの……。申し上げにくいのですが、これは魔法ではなく、科学技術を駆使して作られた『スピーカー』というものです」
「……は?」
私は気の抜けた返事をする。スピーカー? 科学技術? なんじゃそりゃ。
「科学技術? なんだそれは」
私は威圧の力を借り、彼からの回答を促す。
「……物理法則を応用した技術のことです」
彼は少し間を置くと、そのような返事をした。
それを聞き、私はすかさず次の質問をした。
「……魔法で動いているわけではないと?」
「はい。魔法なんてありません。世の中は全て科学技術を駆使して発展しています。……魔法は、オカルトですね」
「……は? 魔法がオカルトだと……?」
私の発言に対して、彼は壊れた人形のようにこくこくと首を縦に振り続けた。
私は驚く。目の前のこいつは、魔法をオカルト呼ばわりしている。
つまり、身近に魔法が存在しないということなのだろう。
この事実から、私の中にまた先ほどと同じ疑問が湧き出していた。
ここは、一体どこなんだ?
私がいた場所では、魔法は身近な存在だった。
魔法の力で文明が発展してきたといっても過言ではないだろう。
しかし、こいつは魔法はオカルトと言っていた。
つまり、この場所には『魔法』というものが身近に存在しないということになる……。
「おい」
「はい……」
私は彼に再度問いかける。すると、彼は肩をびくっと震わせながら私の声に反応した。
「ここは一体どこなんだ? 地名を述べてみよ」
私の声を聞き、彼は一瞬私の目をちらりと見やると、ぼそぼそとつぶやき始めた。
「か、神奈川県川崎市です」
は? そんな場所聞いたことがないぞ?
私は彼へ再度問いかける。
「なんだその地名は。国名はなんなのだ」
「に、日本です……」
「二ホン?」
私は、驚いたせいで聞いたことをそのまま言葉にしてしまった。
日本? そんな国の名前聞いたことがないぞ……。
「今は帝国歴何年なのだ?」
私は気になることを再度質問した。
彼は訝しげな表情となりつつも、すぐに答えてくれた。
「……帝国歴? そんなもの存在しませんが、西暦で言うと2019年です」
「は……? 西暦?」
なんだそれは。全く聞いたことがない。
魔法も帝国歴もなく、全く別の暦や技術がひしめいている場所があるとは……。
私は考える。そして、私の考えはある一点に着地した。
私はあの魔力災害で全く別の世界に飛ばされてしまい、今別の常識を持った現地人と交流をしているのではないだろうか?
私はそう考えると、この不思議な状況に納得することができた。
しかし、すぐに私の心に虚無感が襲ってきた。
トルクマニア帝国にいた私の知り合いはこの世界にはいない。その可能性が高いからだ。
「……もうよい。少し考えさせてくれ」
私はため息をつくと、スピーカーから聞こえてくる女性の声を聞きながら、車窓の流れをぼうっと眺めた。
御者は、馬車を操縦する人のことを言います。
アイシアが見たことのある交通機関は馬車しかないため、運転手のことを御者と言っています。
ちょっとした解説でした。