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こんな下宿があったら・・・小梅さん付き!
日を改めて、3人で現状の報告と共有、今後の方針の摺り合わせをすることになった。
時々各務さんが話すビジネス用語を、職に就いたことがない悪友に要約しながら、今迄の経過を話す。
フリージアが設楽を攫った段になると悪友の周囲に殺気が膨れ上がるが、俺が人工魔獣に絡まれるシーンでプシュウッと萎れる。駄目な子を見る目で見るな。
「じゃあ、今は誠二も向こうに渡れないのか?」
渋い顔をしながら訊いてくるので素直に頷く。
「半年近く前だろう?拙いんじゃないのか?」
よりきつい顔をして訊いてくるが、俺を責める口調ではない。各務さんは自分の事情も話した上で、今は空気になって俺たちの話を聞いている。
「シーラが格が上がったから解決策があると、信じて待っていてくれと俺をこちらに戻したんだ。待つしかなかった。
魔素が皆無のこちらで法術は使えない。俺は無能者だよ」
法術も聖術も、体内の動力機関が違うだけで大気中の魔素を取り込んで循環させるという大本は同じだ。夫々の特性や加護などによってその性質が変化すると理解すれば間違いない。
悪友の勇者という特性がこちら側で何らかに変換され、その能力が使えるのか原理も何もかもすっ飛ばすのか、威嚇や王威が使える事には説明がつかないが。
「使えないのか。仕方が無いな。
半年も連絡が無いのはいただけないけどな」
どの口が言うのか、体が震える。
「半年ってのは、お前の消息が不明の期間でもあるからな?」
俺は大人俺は大人俺は大人俺はおとんじゃなくて大人。
心中で此奴を殴りませんようにという呪文を唱えながら、にっこり笑ってやる(各務さんスマイルⒸ)と、怯えた様に後退りしやがる。
「んん。まあ、そんな細かい事はいいわな。
それで他の奴らは?知っているのか?」
他の奴らという言葉にげんなりとする。
勝田達のことだが、連絡の取れない悪友の前にちゃんと知らせてある。夫々に忙しい身で俺の見舞い迄来てくれていたが、待機中と告げたら毎日電話してくる。
海外に大学のフィールドワークで出ていた女子二人も、大事な事業に関わっていたのに何度も帰国している。電波状況の悪い地域だからと教授の使い走りを公然と利用しての帰国だという。
勝田は書道家としてもその道で若手のホープとして活躍しており、サラリーマンより時間が自由になると言って何度も来るし、謎人類の真崎に至っては企業内保育所の保育士になっている(!)関係上仲間の中で一番常識的な時間にやって来る。やって来て自分の持ってきた見舞いを喰っては「(連絡は)まだかい。使えない」と腐して帰る。定期的に来てるが飯を食いに来てるのか?と春日さんが正直な感想を言ってくれた。
「そろそろ誰なりと電話の一本も掛かってくると思うけど」
リンゴーン
可愛らしい呼び鈴の音がする。ちょっとアンティークなそれはばあちゃんのお気に入りで、いつもなら「はいはあーい」というばあちゃんの迎える声がするのだが、今日はお出掛けなので俺が玄関に走った。
「はい、どちら様・・ですか」
玄関のドアを開けると、そこには見馴れた面々の姿が在った。
「おう、良い家だなあ。家賃は幾らなんだ?」
第一声は謎人間・真崎だ。何故か両手で抱えるほどのアレンジフラワーを持っている。
唖然としている俺に、重いだろう気が利かないなあと言わんばかりに押し付けてくる。
「いい下宿だな。各務さんに感謝しろよ」
花の向こうから勝田が一升瓶を二本下げて現れる。ラベルを見ればとんでもない名前が書いてある。二十代前半の半人前以下が買える酒じゃない。
その勝田の背から、迫田と茂呂末が顔を出す。日焼けした顔は大学生というより女子高校生アスリートのようで、オマケに迫田は長髪、茂呂末は短髪で似ていないのに双子のようだ。
「下宿再開のお祝いにと思ったんだけど、小梅さんはいないの?」
迫田と茂呂末は各務さんには未だに距離を置くというか緊張するのに、ばあちゃんのことは好き好きと慕っている。会えなくても俺より連絡を取り合っているらしいのはばあちゃんから聞いている。
なんちゃって入院をしている間に知り合って、交友を深めたらしい。
男共もばあちゃんのことは慕っているが、各務さんについては真っ二つに分かれた。
女子は完璧すぎて近寄れない派で、勝田は尊敬の念、真崎は逆らうべきではない人というスタンスだ。
悪友も、各務さんには一目置いている気配だし敵対や反発は無い。
「ばあちゃんはお友達と観劇。梢さんは剣道部の連中が帰ってくるまでお休み」
「姐さんいないのか。
つまらん。せっかくいい酒を勝田が持ってきたのに」
他人の酒をあてにして梢さんと飲もうとしてたのか。厚かましい。
「プータローのお前に立派な社会人の俺を詰る権利はない」
心を読めるのか?と目を剥くと、そんなわけがあるかと視線で返してくる。や、やりにくい。
「プータローじゃねえし。休職中で職場復帰もするし。
もういいから、各務さんと完次もいるからこっち来いよ」
ずっしりと重いアレンジの籠を持って先に立つと、全員から驚愕の声が上がる。
「「「「生きてた?」」」」
ホントもうそれいいから。
「よう!生存者!お前の居た地域ってR国じゃなかった?
よく(生きて)戻れたな」
食堂に入ってすぐに真崎が声を上げる。
口いっぱい菓子パンを頬張っていた悪友が目を見張ると、ニヤリと真崎が続ける。
「何で知ってるのかって?あそこの政府関係者とライン仲間なんだよ」
R国ってイスラム圏でもないのに西側諸国と揉めてる国だよな。先ず、よく入国できたな。
某大国人がイナゴの様に入り込んで経済的奴隷なんかにしたりして、確か某大国人は入国禁止だった筈。間違われて滞在していた日本人の医師が集団リンチをされたって言うニュースを聞いた気がする。ほぼ鎖国状態の独裁国家な筈だ。
そこに半年も居たって悪友もアレだが、真崎もなんだよライン仲間ってしかも政府関係者。
「上層部の親を持つドラ息子とね、ちょっと」
何も言ってないよな俺。心を読むなよ。
「久し振りだなぐらい言おうよ・・・」
迫田の言い分は至極尤もだ。うんうんと頷いていると、各務さんが声を掛けてくる。
「いらっしゃい。わざわざ来てくれたのかい?」
その手には人数分のコーヒーを乗せた盆があり、挨拶がてら勧めてくれる。
くっ、この下宿の小間使いを自任する俺はまたしても出遅れた。各務さんの淹れるコーヒーの方が断然に美味いけれども。
「お邪魔します。このアレンジフラワーは下宿再開祝いに3人から。勝田君はお酒を持ってきました」
ちょっと緊張気味に迫田が挨拶をする。綻ぶように各務さんは微笑んでそれを受ける。
「ご丁寧にありがとうございます。今は空き部屋が多いから見て回ってください。
離れはもう住人がいますのでご案内できませんが、庭も改装したんですよ」
男性の優雅さを見せる指先が前庭を指す。
釣られて視線が庭に集中するが、食えないものに興味がない悪友が、口の物をようよう呑みこんでまったりする面々に爆弾を投下した。
「俺、今日からここに住むから」
一瞬の引きの後は怒号に近いなんで?の合唱が食堂に響いた。
「兎も角。各務さん、この真っ向無礼な男を下宿人にするのはお勧めしません」
剣道と居合道の全国チャンピオンが居住まいを正し、何故か椅子の上で正座をして詰める。
「世界中でブラック戦士として働きまくってる男だけど、一銭も稼いだことの無い男に家賃を定期的に払えるとは思えないわ。
止しといた方が良いよ?」
毒持な言い回しで勝田に賛同する真崎。
「私も・・・公共のルールを覚えて貰ってからじゃないと、共同生活をするのは・・・
でも!ずるいです。部屋が空いているのなら私も入居したいです。
大学からも近いし、こんな素敵な下宿住みたい。小梅さんもいるし」
迫田。最期の方が本音だよな。
「小梅さんと住みたい」
茂呂末はもう本音しか言わないし。
まあ、俺も大いに同意するけれど。
既に在宅ワーカーにして情報課の課長に就任している各務さんに代わり、公的機関参りなどをやって時間を潰していた俺も職場復帰が近い。
あちら側に行くための環境は整いつつあるが、仲間が近くにいるのなら都合はいい事にはいい。が、悪友に関しては全く不安だ。
「お前ら酷くねえ?」
また口をもごもごと、何か食べているらしい悪友が無駄な抗議をするが誰も聞いていない。
「お前に紹介したアルバイト先を、俺まで馘にして下さったのは2年前の事だったな」
金が無いと真崎に頼んで紹介して貰ったらしいが、何故かそのファミリーレストランが暫く営業不能に陥ったらしい。
独立資金稼ぎに高校生の時から働いていた職場だった。世話になった店長の苦境の中でも丁寧に真崎にお願いする形で解雇を告げられた時が、一番修羅場ったそうだ。馬鹿本人はけろりとしていたそうだが。
それから噴出する近衛完次の非社会適合者列伝が酷かった。本当にお前の方が酷い話ばかりだった。
「こんな奴を抑えるのは幾ら幼馴染の親友でも、田中一人では無理です。
僕も下宿人に立候補したいです。駄目ですか?」
さり気にディスられたのか?と思ったが、考えたら当然だ。俺一人で此奴は抑え切れないわ。
勝田なら同居してもいいと思った。生きる伝説が入居してくれたら剣道部員たちも喜ぶだろう。
そうなれば、部屋も偶然空いているし各務さんが許可してくれたら全員いけるかもしれない。
「私は構わない。
リフォームがずれ込んで、多かった希望者の都合が合わずにぽっかりと空いてしまっていたから、僥倖とも言えるね。
君たちさえ良ければ、人数的にもちょうど良いし不動産屋さんにも連絡するけど、決めるかい?」
あっさりと許可が出た。
悪友はダシにされはっきりとディスられまくって機嫌が悪いが、仲間が集まるのは歓迎らしい。
その後は各自希望の部屋を見て決めることにして話はトントンと決まった。
「これから社に戻らなければならないから、田中さん後は頼むよ」
颯爽と各務さんが出社するために退場し、俺たちだけになると途端にトーンが下がる。
皆帰って来てから物理的にも精神的にも辛い時期があった。
特に戻ってすぐの頃は精霊魔法士である俺とあちらの相棒たちとの交信も途絶えてしまった時期があり、残った設楽の安否や失った力の大きさ、募る不安と喪失感が襲い掛かてくる。
迫田も茂呂末も一か月近く体調を崩していたが、精神的な負担の方が勝っていただろう。
他の人間も多かれ少なかれだ。
だからみんなが集まれば毎回こんな感じだった。
「シーラからの連絡はあった?」
薄い期待の口調で迫田が口を切った。
「未だだ。こんなに離れたことが無かったからな。
でも、不安は不思議と無いんだ」
本当にどうしたことか、あんなに悩まされた不安感が無い。先行きの心配はあるがそれは霞のように掻き消えていた消えていた。
「各務さん?」
迫田は鋭い。確かに各務さんに溜め込んだものを吐き出した日から、俺は何故かふらふらしていた腰が据わったような感覚がある。
名指しをするのなら迫田も他の人間も同じだろう。
俺の上司という関係だった各務さんが、何故こんなに俺たちの中で重要なポジションを持つようになったのか。『縁』と言い切るには複雑過ぎる。
「俺たちでさえあちらに行けないのに安易な約束は残酷だぞ」
勝田が常識人らしく言う横から、真崎は肯定派らしく反論する。
「ここに来ての登場は事態を打開するためのキーパーソンなのかもしれない。
こちらでの足場固めもスムーズだし、各務さん自身がスマートだ。言っていることに嘘はないし、万一があっても俺たちでなんとかできる」
「・・・・・・」
黙って話を聞いていた悪友が動く。
「真崎に一票。
俺たちでは開かないドアを開いてくれるかもな」
内心で全員が同意し、真崎が締める。
「本当に。
田中が命からがら逃げて来た時に偶然にしても助けてくれて?マンションを追い出されるだろうと下宿を提供して失職も防いでくれたり、至れり尽くせりだな。
何か裏があっても当然だけどそれも無さそうだし。
極めつけが行方不明の弟がいるだって?ラノベだってこんなご都合主義じゃないだろう。
予定調和だとしたら気持ちが悪い。なのに本人には悪意すら持てない。どういうことだろうな。
といっても?乗るしか仕方がない事もある。そう言う事なんだろうな」
生還者勢揃い!なんとかレンジャーじゃないよ?
読んで頂き感謝感激。