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エリート先輩の異世界でも大魔導士【エリート】様伝説  作者: 史重
第一章始まりは異世界の香り
2/24

 これ以降は通常田中君の視点となります。時々他者視点と3人称を入れながら進行します。この章は通常で進みます。

 


 こぽこぽこぽと音を立てながら香ばしい香りがマグカップに注がれている。

 日本茶なんてこの部屋に有ったっけ?と考えるが、そう言えば数か月前に知人の父親の葬儀に出たことを思い出した。持たされた袋に塩の袋と高級茶らしい薄い袋が入っていた。

 そう言えばお茶の賞味期限っていつまでだったっけ・・・

「・・田中さん。現実逃避もいいけれどいい加減お話し(・・・)しないか?」

 し、知っている。この御方のこの穏やかそうに見えて逃亡不可な威厳ある声は、逆らうどころか誤魔化すことさえ困難だという事を!

 大袈裟な動作で悶える自分を容赦ない視線が突いてくる。

「あー・・・。申し訳ございません」

 素直に謝るべき。この一択で頭を下げる所謂土下座スタイル。頭を下げた状態の為相手の表情は見えないが、謝罪を受け入れてくれるようだ。俺の後頭部に大きなため息が落とされる。

「田中さん。自分は頭が固い方では無いと思っているけれど、今回の事は理解できるように説明をして欲しい。

 そうは見えないかもしれないが、自分は可成り混乱しているんだ」

 はい、全然見えません!答えたらこの重い空気を緩和できるだろうか。

 勿論、各務さんの言う通りに見たままを理解できるはずもないし、おれが反対の立場なら病院を紹介して無かった(・・・・)ことにして、逃げる。

 見た目は冷静だった。青息吐息でへたり込んでいる俺の代わりに、上から下から大洪水という大変な状態で気絶している大家さんを起こし、錯乱する大家さんに俺が風邪で倒れて持ち帰っていた宣材のプロジェクションマッピングのクリーチャーが投影されていたという苦しい言い訳を華麗に納得させるという大技を駆使してくれた。

 そっと大家さんに俺の家の風呂を勧め、だぶつくスウエットの上下を着せると大家の部屋まで送るというアフターケア付。

 その間の俺と言えば、どうやって誤魔化そう・・・そればかりだった。

「アレは、現実だね?」

 逃げ場はなかった。ただこくりと頭を下げる。

「消えてしまったが、あの時君はアレに本当に殺されそうになっていたと思うんだが、間違いないね?」

 また、頭を下げる。

 各務さんはまた溜息を吐いた。どこか落ち着こうとしているようにお茶を啜る。

「!ああ、勝手に淹れてすまない。何かしないと落ち着かなかったもので」

 何を?と思ったがマグカップを掲げられてああそうかと納得する。

「いえ、お茶なんて有ったっけと思ったぐらいで・・・ありがとうございます。美味しかったです」

 本当に美味しいお茶だった。色々(つか)えたものに胃が圧迫されて吐きそうだったけどすっきりしている。

「ああ、やや怪しい日付だったけど範囲内だった。それより少し湿気ていたので煎ってから淹れたんだよ」

「はあ・・料理も出来るんですか?もうすごいとしか言えませんね」

 妬む隙もありゃしない。社会人なるまでは俺もそこそこイケてる方だったけど、料理は流石に守備範囲外だよ。

「いや、料理というものでもなく年寄りと住んでいるからだろうな」

 へえ、そういうものかと祖父母と同居していない俺としては半分感心してみたが、ふと各務さんもこの不測の事態を何とか自分の中で整理しようとしているのかもしれないと思った。

 完璧すぎて人類じゃないんじゃないかと思っていた人が、急に着ぐるみを脱いで人が出てきたみたいだ。

 それこそ完璧すぎて・・・日頃から頼りにしまくっているのに正直本心から信用することが出来なかった。今でこそ俺が本当のことを言っても信じてもらえるかと思うが、あの日から抱え続けた『俺の本当』を告白するのには勇気がいった。

 でも、今なら言えるかもしれない。仕事と並行して続けてきた二重生活の本当を、この人になら。

「本当に、迷惑を掛けてすみません。

 無断欠勤になっちゃって、わざわざ様子見に来てくれたんですよね?」

 自然と頭が下がる。こっちと向こうの生活のギャップと精神的な疲労で擦り潰されてきた生活の中で、時差ボケをかます俺を根気よく指導してくれた先輩に、甘えてきたツケを払うときが来たんだと思おう。

 その前に、この人にだけは言わなきゃいけない。

「元気そうで良かったよ。部長も部内の皆も心配していたからね」

 少し低い温かい声に不意に涙腺が刺激された。俺は泣いていた。あの日から泣くことが出来なくなっていたのに。

「す、すみません。なんかと、止まらなくて・・止まんないや」

 後から後から溢れ出てくる涙が止まらない。そんな俺をただ静かに各務さんは見つめていた。

 漸く落ち付いた時、すっと何かが差し出された。フェイスタオルを絞ったものだ。

「勝手に使わせてもらったよ」

 内心、ほ、惚れてまう~っと仰け反りながらも受け取って顔を拭く。一息吐けば新しい茶が温めで出てきた。歴代の彼女たちよこれが女子力なんじゃないのかな?見た目や美味しいものを知っているのが女子力じゃないよね。

「言いたいことがあるのなら聞くよ?

 私でできること限定だけど。無理にとは言わないけれど」

 優しく聞く体制になってくれた各務さんに、俺はバカみたいに言葉足らずにも捲し立て続けた。

 あの日起こったことを。今もなお続く生き残ったことへの贖罪の為の日々の事を。

 そうして俺は誰かに知って欲しかったことを自覚した。あれだけ知られないように生きてきたのに。もう誰も失いたくないからなんて言い訳をして。

 自分の辛い気持ちを認めることが出来た。

「全部を理解することはできなかったけれど、君が辛かったことだけは理解した。

 そして、罪も無い君が背負い続けてきた重荷についてもね。

 私が言う権利は無いけれど、君は悪くない。よく、今迄頑張って来たね」

 指の長い温かい掌が俺の頭を撫でる。

 その感触に、俺は少しだけ心が軽くなったような気がした。







「誠二~帰ったら部活って回って来てんぞ」

 不吉な二文字を持って悪友(しんゆう)の部活仲間がしな垂れかかってくる。

 その重みとショッキングな内容に俺は叫ぶ。

「無理!なんだよそれ、荷物持って集合?それとも明日早朝のことか?」

 立ち上がった俺の頭頂にしこたま顎を打った悪友の代わりに、マネージャーの礼子がスマホを翳してきた。

「いい加減スマホを買ってもらえ!帰ってすぐ集合だって。私は荷物をカナリンに預けて持って帰ってもらうわ。カナリンの家隣だし、叔父さんがもう駅まで迎えに来てるらしいから」

 スマホ画面では確かに顧問からの強権発動がでかでかと凶悪なスタンプと共に踊っている。

 何が遊びに行っているんだから疲れてないよなだよ。京都の殺人的暑さを考慮しろよあの白ブタ顧問め、しゃぶしゃぶにすんぞ。

「マジかよ。いや、スマホ買っても月々の支払いが掛かり過ぎるって。

 俺んち事情的には無しなのよう」

 軽く返して礼子を黙らせつつも、こんな時に予備のジャージを荷物に入れるんじゃなかったとガックリと椅子になついた。

「あ、ああ。・・・兎に角、担任にも連絡は行っているから」

 そそくさと友人の方へ向かう礼子を、胡乱な目で悪友が見ている。おぎゃあと生まれた時からの幼馴染だから俺の事は自分の事よりも知っている奴だし、懐に入っている奴は大事にするタイプだから考えている事は分かる。

「もういいから。それよりどうすんべ。荷物持って市営グランドはキツいし、家に帰ってからじゃ時間的に罰ランくらう可能性がある」

 まあまあと悪友を助け起こし、相談を持ち掛ける。

 悪友は溜息一つで了解とばかりに俺の隣に座ってくる。

「駅のロッカーじゃまた取りに来なきゃなんねえから、兄ちゃんが出前の帰りに駅に寄ってくれるって言ってっからお前のもついでに積んどくぞ?」

 ラーメン屋が三駅分も出前すんのかよ。顕さん男前だなあ。ありがたい。

「だから美名子さんとのデート権が「それとこれとは別」だよな」

 けしからん。姉ちゃんの意思も尊重せずに全くけしからん。だから、高い酒入れられるんだろうに。マスターもいい仕事するよな。

「顕さんには俺からなんかいいもの送っときます」

「御殿かよ」

 二人でげらげらと笑い合った。

 修学旅行の帰りの新幹線。日常とは違うけれどいつもと変わらない日。

 当たり前の今日が無くなるなんて、思っていなかった。俺も、悪友も、同じ車両にいた25人の同級生たちも。

 皆、駅に着いたら家に帰れるって思っていたんだ。

 それはいきなり来た。何もかもを呑みこんで行く光。

 視界を焼く爆発的な光に細胞レベルまで溶かされてゆく。

 その瞬間を、その感触を思い出すと今でも震えが止まらない。

 自分が砂の様に分解され再構築されていく強い違和感。そこに何か異物が入り込んで物理的な痛みではない強烈な感覚が脳を焼く。

 後々、聞いてみればその感覚は俺と後一人だけが感じたそうだった。意識を失って気が付いたら新幹線ではない場所に居たという共通の記憶しかないようだった。

 俺たちが気が付いた時、そこは日の射さない王城の地下神殿。『勇者召喚』の転移サークルの上だった。

 結構シリアスですが(田中の過去)、根本には突き抜けるとコメディになるよね。がコンセプトです。


 読んで頂き感謝感激。

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