各務氏 異世界の理不尽に相対する
長めになります。
「それで?こちらの新顔さんはいつになったら紹介して下さるのかしら?」
ギルドに到着し、経験のある俺以外の人間が自失しているのをさもありなんと見ていると、肌を這うような声が掛けられる。
粟立つ肌を擦りながら体裁を整えてここは俺が答える。
「アマンダさん。ここは目や耳が多いので別室にということで」
営業マンの悲しさがその活動の短さに比べ身に染みてるぜ。
低姿勢で環境を訴える。
優雅な仕草でアマンダが右を見遣り左を見遣りする間に、後ろ手でブロックサインを送る。
「そ、そうですね。私達も久し振りで積もる話もあるし、ミントさんのお茶も飲みたいなあ」
やや上擦った声で後押ししてくれたのは迫田。
「ああ、驚いた。アマンダさんですか。お久し振りですマサキです」
本当に驚いているのかと言う平坦な口調で勝田が続いた。背に刀を4本背負い肩に大きな水袋を持ち、空いた手でじたばたする悪友を掴んでいる。悪友を捕獲したのはここでだろうが、神殿までの帰り道が突然ギルドに変わったという異常事態に少しも動じていない。
「マサキ様にはご機嫌麗しゅう。
そうですわね。ここじゃあ煩いから私の部屋へ行きましょうか。
ミントお客様にお茶をお願い。
それでは皆様、ご案内しますわ」
蠱惑的な笑顔で俺たちを誘導するギルドマスターに、止まっていた時間が緩む。と言うより凍り付いていた時間と言った方が良いか。
俺たちが転移した先はイグリダの冒険者ギルドの建物の中、冒険者たちが屯すカウンターの前だった。
内装は総板張りのウエスタン風な酒場のようになっていて、スウィングドアを入って左手にギルドの受付がその用途ごとに並んでいる。右手には椅子とテーブルが並ぶ酒場仕様になっている。
今は早朝で徹夜組と依頼を探す冒険者が増え始める時間帯だ。
つまり、かなり衆目を集める場所に(多分確信犯の)アマンダが転移してきたのだ。
|イグリダ最強のパーティー《・・・・・・・・・・・・》が帰ってきたと、喧伝するために。
仕方が無いと諦めて、俺は各務さんを手招いてアマンダに続く。
その際にそっとフルネームを名乗らないようにと各務さんに告げる。大事な事だから端的に言う。それで伝わるはずだ。
勝田たちも付いてくるのを確認してギルドマスターの部屋へ向かった。
カウンターを過ぎ、扉を潜る頃に漸く建物を揺るがす雄叫びが上がった。
「生きてたのかって、俺たち死んだことになってたのか?」
勝田が聞いてくる。
「後で説明するが、お前たちが帰ってからも俺一人だけがギルドに残ったからな」
一人だけ行き来していた間、単独でせっせと小金を貯めていた。その間勝田達の姿を見なくなったからと絡んでくる輩や、ムサイ野郎たちからパーティーに誘われたが、一人で事足りたし面倒だから無視していた。
色々誤解されていたが放置一択だった。それが原因だろう。
「なんとなく理解した。
この阿呆はどうしよう?離したら逃亡しかねんが」
勝田に掴まれた悪友が涙ながらに首を振っている。そんな目で見るな。それに俺たちの前で流石にアマンダさんも無体は・・するか?
「こちらに、どうぞお入りになって」
意外と奥行きのある廊下の突き当り、美麗な装飾のあるギルドでは違和感ありまくりの立派なドアのノブにアマンダが手に掛けている。
「今行きます。行こう」
暴れる悪友に、俺もその首根を掴んで歩く。
冒険者として通ったギルドだが、初めて入るギルドマスターの部屋に不安半分好奇心半分で挑む。
待ち構えたアマンダの視線に少々怯えながら。
「改めまして。当イグリダ冒険者ギルドのギルドマスターを拝命いたしております、アマンダ・フリークスですわ」
俺たちを招き入れたギルドマスター、略してギルマスのアマンダは、優雅な仕草で席を勧めると正面から自己紹介してきた。
たった一人初顔合わせの各務さんに向けてと限定してだが。
勿論、俺たちはパーティーを組んでここで冒険者活動をしていたから顔見知りではある。だけど、特別にギルマスが出張って自己紹介までされるのは各務さんが初めてでは無いだろうか?
以前ギルマスの顔を知らなかった冒険者が、実力に見合わない依頼を出されて帰って来なかったという事件があった。後で受付嬢がそっと知らない顔を見ても紳士的な対応をしないとこうなる見本だと教えてくれた。何かがあったと誰もが知っているのに何があったのか誰も知らないという。恐怖を刻み込まれた話だ。
勧められた一部L字になった長椅子に、真崎、迫田、茂呂末、勝田、幼児退行してエグエグ言ってる悪友と俺の順に座り、各務さんは独立した席に一人座っている。
精霊王たちはギルドに到着した途端に逃げ出した。シーラを探してくるからと言い置いて行ったが、信じられる根拠が数ミリも無い。
「それで、新顔さんの紹介はしていただけるの?」
指を組んで意味ありげに視線を回す。俺以外も弱虫毛虫だから誰もが目を合わそうとしない。
「その前にですね、俺たちの方の用事についてお話したいなあなんて思っているんですけど」
男は度胸だ、俺はやる。骨は拾ってくれ勝田。
「なあぜ?その用事やらと此方を紹介して頂くことが同等だとは思えないわ。
私に求める『用事』なら、救援要請か情報の取得。
釣り合うと思っているのかしら」
足下をしっかり見られている。だが言い分は至極当然だ全く釣り合わない。しかし、ここで引くことは出来ない。
「こちらの・・名前ぐらいは先に公開しましょう。確かにこちらのカガミさんの情報と、俺たちの求めている情報の格差は比べることも烏滸がましい差があります。
でもその比重、その重要性はカガミさんの方が上。
アマンダさんの持つ情報で、大陸・・いやパライソ全土をひっくり返すようなとんでもない情報が手に出来るんです。
選ぶのは貴女ですがね」
俺上手く笑えているだろうか。膝が震えているんだけど。
「・・・大きく出たわね精霊王の友。私に対等に商談を持ち込むなんて、百年早いと思わないの?」
あの形のいい頭の中ではさぞかし算盤が忙しく弾かれていることだろう。
親し気に話しているが内実は付かず離れずの関係だった。それでもその為人は承知している。
俺たちの事をギフトの名で呼ぶのは実はアマンダさんだけだ。人目がある時はギルドの登録している名前で呼ぶが、人目が無い時はこの通りだ。
シーラに聞いたが『仕方が無いんです。諦めて下さい』とだけ言われた。触るのは危険と誰もが察し今に至っている。
そんな存在に賭けを挑んでいる。
各務さんは俺を信じてじっと待っていてくれる。あの『赤髪のアマンダ』に挑むからには、その信頼を力に変えよう。
「アマンダさんがカガミさんの情報を必要としないのならば、仕方が無いので他国のギルドを頼ることにします。
残念です」
立ち上がった俺に全員が倣う。アマンダさんは思案をしながらも俺たちに待ったをかける。
「気の早い子たちねえ。短気は嫌われるわよ」
交渉のテーブルに上がれるか。見極めを誤ればただでは済まなくなる。
「了承と受け取っても?」
念を押すと口の端を上げ微笑む。
「わかったわ。貴方の言い分を呑みましょう。
情報は隣国サイクリド王国の情勢とフリージア王女の動静。
攫われた歌聖様の安否で良いのかしら?」
的確な内訳だ。設楽の拉致は時間がそれほど経っていないのに因果関係込みの情報を得ているらしい。
「ご明察!それでは情報を戴けますか?」
出来るだけ感情を出さずに交渉がしたいが、俺にそれだけのスキルは無い。アマンダさんに甘えるのみだ。
「厚かましいわねえ。
いいでしょう。
一つ目ね。サイクリドからの離散民が減ったわ。丁度半年前からね。
それまではうちの国だけでも年間三桁の難民が確認されたのに、今月に至ってはゼロ。
王国側はユラ神の御許で地上の楽園となったサイクリド王国を喧伝していて、実際入国しても出国する人間が減っている
人が減っていないのに開拓民を呼び込んでいるらしいわ。明らかに数が合わない。」
ユラ神は太古の神を駆逐した人が作った神だと言われている。太古の神々のように多神ではなく唯一神で様々な戒律を持っているカソリックに似た宗教だ。
ここに来て現実に人の神が出てきた。
「フリージア王女はとうとう王位継承順位を2位にまで上げたわ。魔獣の暴走を防ぎ、サイクリド王国に不死不壊の軍団を作り、帝国の脅威を退けた。
今現在大陸の覇者に手を掛けているのはサイクリド王国と言うのが巷の評価となっている」
不死不壊の軍団。それに思い当り息を呑む。
「歌聖様についてはこの国に滞在した記録も無く、出国しサイクリド王国に入国した記録も無い。
それが両国間の見解と言うやつね」
故に居場所も分からないか。厄介だな。
「居場所については直ぐに知れると思う。
私の親切なオトモダチが、歌聖様に隷属の首輪を使うことが出来ないかと相談されたらしいけれど、付けても外されるというか先ず付けられないと返事しておいたって言ってたの。
隷属の首輪は姿を変容させたり位置確認を疎外させたりするから厄介だけど、それが付けられなければ探知できる。そう言う事」
話せることは話したと口を噤むアマンダは機嫌が悪そうだ。
ギルドに於いて情報と言うのは実は主力商品だ。
冒険者ギルドは大陸中に展開している。全ての国に於いて国からの干渉を受けない人材派遣会社という独立した団体だ。戦争や犯罪の強要は受け入れない。また、それを強要する国からは即座に撤退と言う報復行動で黙らせてきた。
その上で高度な情報収集能力を持ち、且つそれを十二分に商品として利用してきた歴史がある。
それなのに、歴代最強にして最凶と呼び名も高い赤髪のアマンダが唯々諾々と情報を提供させられている図は、知り得た者を抹殺したいくらい屈辱なのではないか。
そんな存在と渡り合おうなんて思ってはいないが、背に腹は代えられない。タイムリミットもある。藁をも掴む精神、駄目もと精神でやってみる。
「この屈辱は忘れないわよ、精霊王の友。
見合う情報は出せるのでしょうね?」
抉るように下から上へと視線が刺さってくる。
恐えええええ。夢に見るから!ちびっちゃうから!
数瞬前の覚悟も霧散し委縮して必死に唇を舐めるが、言葉にならない。アマンダさんのお気に召さねばモザイク処理決定だ。
呼吸が苦しくなって汗が滴る。もう駄目だ。
「情報をありがとうございました。
約束通りの私の情報をお渡しします」
すっと頭を抱える俺の前に影が差す。このスラリと長い脚は各務さんだ。
立ち上がったために高い視線となった各務さんに、アマンダさんの視線が上がる。
にやりと面白そうに笑うと各務さんに続きを促す。
「漸くね。そんなに勿体ぶるほどのものか、楽しみにしているわ」
こくりと頷いて、各務さんが話し始めた。俺たちの召喚転移の過去は話さず、名前から始まって今までの経過(自分が俺に頼んで連れて来てもらったのだということ)と、目的。そして最後に核心の話。
「な、んですって?魔力を生成しているって言うの?人の身で?
精霊王の友!なんて爆弾を持ち込んでくれたのよ私のギルドに!」
返ってきた反応は『赤髪のアマンダ』のレアな激高と絶叫でした。
「ふう。とんでもないわね。
シーラは何も言ってなかったわ。あとでお仕置きしてやる」
希少な絶叫の熱も冷めやらず、アマンダさんは実務机になついて手をパタパタさせている。そんな状態でも崩れない化粧に茂呂末が興味津々に被りついてる。あんなに怯えていたのに、恐怖の対象がダウンしている時がチャンスと言いたいのか。
『私は事前にお伝えしようと単身お尋ねしたのですが、話を最後まで聞かずに転移していったのは貴女でしょう『上皇』。
私のせいではありません』
音もなくシーラが現われる。
その手は何故か茶器を乗せたワゴンを押している。
くるりと入り口を見ると、恐る恐る中を覗いているミントさんとキキとスーンがいた。
「その呼び方は好かないの。知っているでしょう?」
アマンダさんの背後におどろどろしい背景が。ぴゅうっと茂呂末が長椅子に戻り、全員がお口チャックの構えに入った。
『貴女が人の事を言えますか。
では、キキのお婆様と呼べば?
何と呼ぼうと貴女が貴女である限り些末な事です。
いくら上位者の貴女だとは言え、重要な話をしに来た私を野獣共に投げ渡した恨みは忘れませんよ』
野獣共?実体化した為にミントさんの愛娘と言う名の拘束具に掴まっていたのではなかったのか。それを上回る状況らしいが、ガタガタ震え出した悪友に聞かない方が平和だと確信する。
「こんな歩く反則連れて来ておいて、アンタ、このパライソを壊す気なの?
それから、キキは私の孫じゃないわよ」
腕を組みながら反論するアマンダさん。いつになく強気のシーラに押されているようにも見える。
『ああ、子孫でしたね。何代下ると良いのか私も知りませんよ。興味も無いです。
それよりも、皆さんに可成り失礼なおもてなしをしておられたようですが、お話合いが必要ですか?』
シーラさんどうしたのだ!アマンダさんをやりこめている。それに、耳がすべって聞いていなかったが、キキのお祖母さんと言うか、ご先祖様?あー・・・人じゃなかったか。納得した。
『皆様見苦しいものをお見せしました。
改めてご報告します。
こちらに不貞腐れておられる御方。ギルドマスターアマンダ・フリークスは仮初の姿。
その本性は、我ら精霊種の現存する最上位種、上皇グリンダです』
予想はしていたけどもっと大物が出てきた!シーラ、後出しが多すぎる。報・連・相は大切に!だ。
上皇ってシーラに聞いていた伝説の存在じゃなかったっけ、しかもその話アマンダさん前で話してたよね?え?強要されてた?じゃあ・・・仕方ないか、アマンダさんだし。
「もう、身も蓋も無いわよ。全部ばらしちゃって。
何でアンタはそんな意地悪な子に育っちゃたのかしら。タナカ?精霊王の友が悪いの?」
矛先が飛んできた。シーラは最初からシーラだったよ。むしろアマンダさんの前の態度の方が驚きだ。
『カガミ様に関しては魔力を吸い出させて頂いて認識障害の呪も展開させております。
やや漏れ出しては居りますが、貴女のガラクタに注いで頂けば半月は魔獣にも嗅ぎつけられませんよ。
タナカ様のご意向についても、元々貴方にとっては渡りに船の好都合ですのに持って回った言い回しで惑わすなんて、人に混じっている間に俗物臭が酷いことになっていますね』
し、辛辣。それにしてもシーラの上位者だと言うのに、シーラは怖い程強気なんだ。忘れられてる俺たちにしてみれば、唯々見ているだけでとんでもない情報がフィーバーしているんだけど。
「お話し中申し訳ないのだが、色々と説明して頂きたい事が増えてゆくのでそれ位にして欲しい」
そんな時に、話題の人が参戦してきた。
今迄の態度が一変して、強い視線が各務さんに向けられる。アマンダさんの瞳は憎々し気なものに変わっていた。
「カガミ様だったかしら。
貴方は御自分を取り巻くこの状況をどう思っておいでなのかしら?」
副音声で「知りもしないでのこのこやって来て、世界を滅ぼすつもりかこの野郎」と聞こえる。幻聴だ。最近疲れがたまっていたからな。そうでなかったらこれは敵としてロックオンの狼煙を上げられた意味になる。
「私はまだこの世界の事を充分に知らない。
私の存在がそんな危険に繋がる物だとは聞かされてはいたが実感が無かった。その点は謝罪したいと思う」
その絵に描いたような美しい礼で各務さんはアマンダさんに謝辞する。
各務さんそうじゃない。そうじゃないんだ。俺たちはそう理解している。けれど、各務さんにはそれに及ばなかった。
「まだるっこしい事はどうでもいいのよ。
知らなかっただの謝罪するだのこっちには毛ほども意味が無い。ムカつきはしてもなんも響かない」
伝法な勢いで各務さんを撥ねつける。アマンダさんの怒りを各務さんは理解しない。
「シーラはこっちに来るときなんて言った?
貴方がこっちに来た時のリスクは言わなかったの?」
シーラを睨みつけ、アマンダさんは続ける。
これはシーラが悪い。シーラは自分の思惑で動いて各務さんを誘った。この点ではシーラが悪い。
「そっちの世界がこっちとは大違いの平和ボケした幸せな世界だってのは理解した。
だけど、こっちはそうじゃない。アンタの無意識で悪気の無い行動が、世界を破壊する可能性があることを、アンタは理解していない」
俺は知らない顔をしていたが、理解はしていた。設楽を救うために各務さんの力を利用しようとしていたから。俺はパライソを呪っている。だから、止めなかった。
あっちに居た間に各務さんの性格を把握した悪友たちも同じくだと思う。みんな黙って聞いている。
「理解していないが、それでも来たい理由があった」
眉を寄せ各務さんも反論する。
「アンタの理由なんて知るか!
魔力過多の存在が魔力が枯渇しつつあるこの世界に現れたらどうなると思う?
アンタが魔力を吸い尽くされて終わるんならご馳走様で済むだろうよ。
けどアンタがやっていることは油が染みた床の上で煙管を喫むようなものだ。油が火を求めて纏わり付けば、アンタ諸共家は全焼する。そういうことなんだ」
主人公は誰だ!中々主人公無双に話が行きません。
読んで頂き感謝感激。