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短いです。
「ここ!私この部屋にする」
迫田が西翼の最奥の部屋を小躍りしながら選ぶ。
腰板と床は黒。白地に小花が散った壁紙の部屋だ。スチールに金メッキの装飾的なベッドのある部屋で、言葉も無い乙女チックに男たちは若干引いている。
「じゃあ、私はその隣」
茂呂末の部屋はその隣の白い腰板に木目の床。壁紙は薄いブルー地に百合が咲いている。ベッドは木製で白く塗られている。二人にはばあちゃんが天蓋はいる?なんて聞かれてて、速攻で「欲しい!」って叫んでいた。
男はあまり拘らないが乙女チックは勘弁とだけ伝える。
真崎が茂呂末の隣。漆喰壁に黒い胸板と床。ベッドは鋳物の柵状。壁の一面が本棚なのが気に入ったらしい。
悪友はそのまま階段の横の部屋。それこそベッド以外何もない部屋だが、中は真崎と同じ規格だ。
勝田は東翼。俺の洋室と各務さんの和室の間の和室。和室にはクロゼットのほかに布団も入る押入れがある。
取り合いも無く部屋がトントンと決まり、ばあちゃんや梢さんとも改めての顔合わせを済ませ宴会に突入。
帰ってきた剣道部員たちが勝田の入居にお祭り状態となったり、春日さんと姉の婚約が決まったり、夫々の近況に驚愕したり一部青褪めたりして盛沢山の騒がしいものになった。
中でも、悪友の就職が決まった事件。
びっくりな事に雇い主はうちの会社。外注という形での不正規社員。部署は情報管理課。勿論各務さんの肝いりだ。
情報管理課といってもデスクワークだけではなく渉外という名の実行部隊も存在する。国内外で会社の利益を護るための活動をしている。らしい。構成員には元ベテラン傭兵もいる話だから、そう言う事だと蓋をした。
「そんで、なんでR国で活動できたかって話しだっけ?」
「「そうそう」」
何人かが悪友の武勇伝を聞いているらしい。
「いや、俺が掘ってたプラント用の穴に向かってロケット弾が発射されたわけよ」
「「えええええ!?」」
いや、おい!何だそれと注目が集まる。
「煙が見えたから横に居た奴引っ掴んで転がり出たらドカーンと来たわけ」
どこの戦争映画だ。プラントって言うからには国の事業じゃないのか?警備はどうなってるんだ?
「警備の奴らは逃げ出してて、動いているのは一緒に居た奴だけだから兎に角生還第一に逃げまくったなあ。
大体反政府軍たって、後ろ盾がⅠ国って話だから会話も成り立たんだろうし、なんとか近隣の町まで逃げたわ」
馬鹿!と迫田が詰ってもなんで?と返す奴だ。
「這う這うの体で街に戻って通報したら、国軍が来ちゃった」
だからなんでそうなると聞いただろう?と真崎が首を絞めている。そこはもっときゅうっといかなきゃという声が聞こえたが幻聴か?梢さん。
「なんで?と流石の俺も思ってたら、俺が助けた奴が大統領の7番目の弟だった。
お袋さんが猫可愛がりしていた末弟って奴で、首都に戻ってきたら国賓扱いになってた」
ケロリと言ってるが、漫画かと疑ってしまう。だが、全員が思っていたに違いない感想は、真崎によって否定された。
「お前か?大統領の身内の命の恩人の日本人って!」
のが多いな真崎。
「俺の伝手が言ってた人物像と全く違うから分からんわそれは。
名前では同一人物と思われなかったか」
てっきり医者で難病でも治した人という理解でいたとのこと。
真崎の伝手で聞いたカンジ・コノエはプラント事業の為に入国し、一時期行方不明になってから最近帰国した人物というお取り扱いだったらしい。
「この前電話が来て、ガスプラントの権利の一部を譲るって言われた」
お、落ちが何とも言えない。無職のブラック戦士がガス利権とか。悪友の取説の改稿は誰か他の人に頼んで欲しい。
「俺より底辺だった職業・無職が億万長者とかやってられんわ」
力無く全員が同意する。
ばあちゃんだけがあらあらと笑っているこの空間。吹き払ったのは各務さんだった。
「これでみんなが心配していた家賃の支払いも解決したね」
確かに、確かにそうなんですけど釈然としない。しないっすよ。
賑やかだった宴会も、ばあちゃんの限界が来てお開きとなった。
そう言えば驚き過ぎて腹いっぱいになってたけど、春日さん頑張ったんだなあ。姉を幸せにしてやってくださいね。頼みます。と拝んでいたらお暇しますと二人でやって来た。
「誠二。悪いけど姉ちゃん貰うわ」
「後悔返品はお受けできませんよ」
「当たり前だ」との男同士のやり取りの合間にガンガン姉からの蹴りが入る。やめてホント痛いから。
幸せな二人を恨めし気な顔をして見送る美女一人。やけ酒じゃと一升瓶抱えて帰ってゆく。
コメントは控えさせて頂きます。
何故か男共が並んでナムナムしているとか。各務さんは笑って見ている。
不思議と女子も緊張すると言いながら各務さんがいるだけで場が和んでいる。各務さんマジックか。
「?」
ふと各務さんが首を捻る。
「どうしたんですか?」
何かが引っ掛かっているようなその表情に、その場に居た全員の顔が引き締まる。
「何か匂わないか?
薄荷の様な、夜露の様な、花と水が混じった匂い・・・」
各務さんが言い終わる前に俺の掌が引き攣る。
「誠二!」
悪友が俺の手を掴む。掴まれた掌には翡翠色の法術の呪言と聖術の呪言が絡まりながら浮かんでいる。
「シーラか?」
誰の声だったか、正解だ。シーラが来る。呪言が次第にサークルを形成してゆく。顧みると各務さんがまるで魅入られた様にその様を見入っている。
「「「シーラ!!」」」
サークルが完成し、ごっそりと俺の中から何かが抜けてゆく。久しぶりの感覚に眩暈がする。
これ以上抜かれたらヤバイと思った時、ぐんと後方から俺の翳すサークルに吸い込まれてくる。
それを確かめる余裕もなく、サークルを維持する場になった俺は体の自由も奪われる。
「各務さん!?」
悪友の声に意識が半分戻るが、視界ははっきりしない。まだサークルは力を吸い込み続けているのか?
どんとよろけてぶつかったのは誰なのか、そのまま支えてくれるらしく背後から両手で肩を掴まれる。
どおおおんという大音声が地響きと共に落とされる。雷が落ちたかのような衝撃音に、吹き飛ばされる。俺を支えていた人が(多分各務さん)クッションになったが、身体は痺れて動けない。
倒された視界では俺の手から離れたサークルが回転しながら床に展開されている。
まだ生きている渡海法術サークルは、そこから姿を現す銀色の影を囲っている。
最後に見た時は3頭身だったその姿は、痩身の美貌の精霊王と変化していた。
「シ・・-ラ?」
『はい。我が主よ。時の精霊王シーラ罷り越してございます。
お待たせいたしました』
シーラさん登場。
読んで頂き感謝感激。