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第2話・最弱の悪夢

 遡ること、およそ2年前――。


 鍛錬場に集まるメンツの顔を俺は直視できないでいた。タモン様と総司令官。赤坂隊長と黄瀬隊長。ソウジとイオリ。そして、父さんとヒロト。最後にツキヒメ。


 ソウジとイオリは呼ばれたのではなく、押しかけてきた。追い出そうとしていたタモン様に、俺が大丈夫だと言って中へ入れたのだ。


 ここへ呼ばれた理由はわかっている。悪夢についてだろう。ついに話す時がきてしまった。


 足もとを見つめて立つ俺に、父さんが声をかけてきた。




「話してごらん。父さんは信じるから」

「……無理だと思うよ。だって、父さん達には想像も出来ない世界の話しだから」

「それでもいい。もしそれがお前を苦しめている原因の一つなら、父さんは聞きたい」




 ああ、気づいていたんだ。心の何処かでそう思った。


 ユズキが話していた通りだ。俺の行動は何一つ誤魔化すことができていなかった。




「わかった」




 悪夢の扉を開いてゆっくりと足を踏み入れた。






 ○○○○年 ○○月 ○○日 ○曜日 ○○時○○分 晴天――日本。




「早くしなさーい! 出発するわよ」

「待ってー! ボウシ忘れたー!」

「ったくもう。お父さんと車で待ってるからね」

「はーい!」




 懐かしい――。与えられた子ども部屋にたくさんあるオモチャ。まだ折り目が薄い教科書。傷のないランドセル。当時人気を博していたレンジャーのシーツカバーに枕、レンジャーがプリントされたパジャマ。


 部屋の中心で幽霊のように立つ俺は、忙しなく準備をしている7歳の自分を見ている。置いていかれるわけもないのに、ボウシをかぶると転がるように部屋を飛び出して行った。


 必要のない物まで詰め込んだせいで、冒険に行く勇者のようなパンパンのリュック。それを普通車の後部座席へ放り込んで自身は真ん中に座った。俺は車の外から窓越しに中を覗き込んでいる。


 まだ目的地に着いていないのに、車にいる3人はすでに楽しそうだ。




「しゅっぱーつ!」

「シートベルはしたのー?」

「……した!」

「今でしょ。もう、せっかちなんだから」




 運転席に座るのは父親。助手席に座っているのが母親だ。2人はクスクスと笑って、父親は駐車場から発進した。


 この日、家族でキャンプに行くはずだった。父親は前日からトランクに荷物を詰め込み、母親は荷物をまとめていた。――覚えてる。全部、鮮明に、覚えてるんだ。


 線路沿いを走る車。遠くからは踏切のなる音が聞こえてくる。




「お母さん、電車!」

「耳が良いわねー。お母さんには聞こえないわ」

「オバサンさんになったからだよ」

「こらっ!」




 何が面白いのか、幼い俺はげらげらと笑っている。




「私がオバサンなら、お父さんはオジサンね」

「俺はまだまだ若いぞ」

「気持ちだけじゃない。ねー」




 同意を求める母親。深い笑いのツボにはまったけど、2人にバレないように必死にダダ漏れの笑い声を押し殺している。




「ほら、ナオトも笑ってるじゃない」

「家に引き返すぞー?」




 もう何度この台詞を聞いただろう。何度も「やめてくれ」と叫んだ。無意味な抵抗を悪夢の中でずっと繰り返してきた。




「笑ってないよ!」




 両手で顔を隠して、開いた指の隙間から両親の反応を窺った。母親が振り返り、父親は盗み見るように一瞬だけこちらを見た。その時だ。




「危ない!」




 フロントガラスの向こう側で人が飛び出てきたのが見えたんだ。集会でも開いているのか、道路の際の所まで人がいて、父親は誰が道路まで飛び出してきたのかすぐに認識できず轢いてしまった。


 父親は咄嗟にハンドルを右へ切った。策を突破し、フロントガラスの目の前を電車が通過していく。直後、車体が横転し何回転かした。


 俺は車体の外にいた。




「君! 大丈夫か!? 名前は!?」

「こっちも大変よ! 誰か、早く救急車を呼んで!」

「警察もだ! 絶対に玄関を開けるな! 何人かは裏に回れ! 殺人犯がいるぞ!」




 状況を全く理解出来なくて、俺は呆然としていた。我に返ったのは、車体の前の部分が潰れているひっくり返った車を発見してからだ。


 無我夢中で走った。車の横で中腰に座って割れた窓ガラスに身をねじ込んだ。力なく助手席に座る母親を抱きしめた。




「お母さん! お母さん!」




 返事はない。




「お父さん! ねえ、お父さんっ」




 返事はない。


 緊急停止した電車の窓から大勢の人がこちらを見ていた。手で口を覆う人、携帯電話のカメラを向ける人、色んな目、目、目。




「た……すけ……て」




 涙が頬を伝った。




「お母さんとお父さんが……返事をしないんだ……」




 カメラに向かって喋った。




「お願いです。助けてください……」




 フラッシュがたかれた瞬間、車が爆発した。




「助けて! 誰か! 熱いよ! 誰か!!」




 母親の膝に頭を置いて倒れた。燃えさかる車体の中で、俺は電車を見上げ、人の目に怯えた。


 助けてくれないなら、こっちを見ないで――。そう思いながら、死んだ。


 次に目覚めたとき、俺の視界は靄がかかったようにぼやけていて、なぜだか隣で赤ちゃんの泣き声が聞こえていた。


 パニックになる俺を知らずして、老婆のような声をした女がこんな事を口にした。




「彼女が呪われているのか、それともお前が呪われているのか……。まったく、とんだ出産になったもんだねぇ……」





 そこに他の誰かがやって来た。激しく呼吸を繰り返し、もう1人の赤ちゃんを抱きあげて俺について尋ねている。部屋に入ってきたのは男のようだ。2人は妙な会話を繰り広げた。




「双子が生まれたと聞いたのですが……。1人ではなかったのですか?」

「……彼女が身籠もっていたのはたしかに1人。わしにも原因はわからんよ」




 老婆は、先に隣に寝ていた赤ちゃんが誕生し続いて俺が生まれたと言葉を紡いだ。原因不明の双子の出産に立ち会っていた人たちは言葉を失ったそうだ。




「そんな事がどうして……。妻は無事なんですか!?」

「彼女の身体に問題はないさ。しかし、この子は突然として産道から姿を現した。用心するにこした事はない……。いいかい、目を離すんじゃないよ。わしはタモン様に報告してくる」





 男に俺を渡した老婆はそのまま部屋を出て行った。


 多分、俺をジッと見つめているだろう男の人は、俺の頬を突っついたり撫でたりしながら優しい口調で話しかけてきた。


 その行為がくすぐったくて、自由の利かない体を無理矢理動かそうとした。それどころではないと伝えたいのに、残念な事にいくつかの単語しか口に出来ず、おまけに舌は回らない。


 もしかすると夢かもしれない――。そう思い、舌を噛もうとすると歯が一本も生えていなかった。本当に赤ちゃんになったのだと現実を突きつけられ、為す術もなく手足を不規則に動かす他なかった。




「君は元気がいいね。……さてと、名前はどうしようか。1人だと思っていたからヒロトの名前しか決めてなかったんだ」




 何も知らずに、しかも気味の悪い出産を受け入れた様子の男がベッドに腰を下ろした。きっと、名前を考えてくれているのだろう。


 そうして、俺はまた同じ名前を与えられた。


 記憶にある世界とは異なる場所にいるのだと理解したのは、それからもう少し先のことだ。

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