第17話・謎の声
急に、ぞわぞわとした寒気のような悪寒に襲われた。直後、俺達の頭上を飛び越えていく者がいた。拘束されていた男の子だ。たしか、名前はライマルだ。
彼が通り過ぎていくと、俺とイオリの髪の毛が彼が向かって行った方向へ引っ張られた。
「んだよ、あの力……」
「知ってるのか?」
「やったことねぇの? 下敷きを頭のてっぺんで摩擦させると髪の毛がぶわーって浮き上がるやつ。静電気だ、アレ」
原理はわかったけれど、言霊に電気の能力があるだなんて聞いた事がない。
一帯がばちばちと音をたてながら激しく光る。ライマルは重度に怒号を浴びせていた。
「このクソ犬がぁあ!! コモクになんてことしやがったんだ!! 倍返しにしてやるぜ!! オッサンは猪の方を頼む!! こいつは俺の獲物だ!!」
ライマルの声に胸を撫で下ろした。父さんはまだ生きている。しかし、不利な状況に代わりはない。氷の壁は一枚、また一枚と破壊され、徐々に2人はこちらに押されてきている。
「オッサンの言霊は水の能力か。こりゃ好都合だぜ」
最後の一枚が残ると、2人は俺達のもとへ後退した。ライマルが考えていることを察したようで、父さんが俺に指示を出す。
「衝撃砲で最後の一枚を粉々にしてくれ。だいぶ水浸しだけど足しになるだろう」
氷壁を破壊すると、巨体ではあまりにも狭すぎる通路を、揉み合いながら突進してくる二体の姿があった。
「俺ってば、加減しないからさ。離れてな」
ライマルが構えを取るやいなや、両脇に俺とイオリを抱えた父さんは下の段へ降りた。ここだとよく見えない。
「動くんじゃない。あの子より〝上〟へ行ってはだめだ。彼の言霊は危険すぎる……」
ライマルの頭上にある空だけ雲行きが怪しくなる。ごろごろと雷が鳴り始め、そして――。
「雷・万矢鉄槌」
言霊を唱えると雷雲に無数の白い斑点が現れた。それは光っていて、あの全てが一本の雷なのだと理解した、その時だ。降り注ぐ矢のように、無数の雷が重度に落雷した。
父さんの言霊で足もとは水浸しだ。空と地上で電気に板挟みにされた重度はもがき苦しんでいる。
二体を見上げながら、俺はなんて愚かなんだと、そんな事を思った。
強化合宿前の臨時授業で赤坂隊長はこう話していた。各国近辺の村などで被害がでており、闇影隊が出動したにも関わらず小国規模の町が全壊したとの報告もあった、と。
正直、他人事だった。実際に重度の襲撃を体験していなかったからではない。自国で起きた事件ではなかったからだ。もちろん想像はした。けれど、ざっくりとだ。
同じ世界に住み、いつ自分の身に起きてもおかしくはない事件なのに、俺は合宿のことしか考えていなかった。何かしてあげられることはないか、これを教訓に何か出来ないか、だなんて微塵も浮かばなかった。
通り過ぎた怪我人や死人を思い起こしながら西猛の国を見渡した。崩れた外壁に、壁や通路にある死体。炎や煙で視界の悪い景色に、聞こえてくる悲痛な叫び声と、救出しようと奮闘する闇影隊の声。
他人事なんかではないのだ。
どこからともなく力が湧いてきた。全神経が一点に集中し、瞳は重度を捉える。全身が白炎に包まれ、蒸気をあげながら傷が癒えていった。気がつくと、俺は重度の目の前に立ち、痙攣しながら横たわる二体の額に手をかざしていた。
「……燃えろ」
引火すると、二体は断末魔の叫び声をあげた。頭をぶんぶんと振り回して炎を消そうと必死になっている。消すことは不可能だとわかると、二体は最期の力を振り絞って立ち上がり、俺とライマルに牙を剥いた。大きな口が迫ってきた、その時だ。
俺とライマルは同時に辺りを警戒した。奇妙な声が聞こえてきたのだ。
すると、声に反応するかのように重度に異変が起き始めたではないか。身体を覆う体毛が短くなったり、猪の牙が小さくなったり。まるで、別の生き物へ進化を遂げているみたいだ。
ライマルがぽつりと呟く。
「ユズキ……?」
俺の視線が重度からライマルへ向いた。
「今、なんて……」
隙をみて炎と電気を纏いながら二体は海へ飛び込んだ。西猛から重度がいなくなり、しばらくして手の空いた闇影隊が次々に合流してきた。
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「痛いってば! 離せって!」
人混みを抜けて離れた場所へライマルを連れてきた。
「ユズキを知ってるのか?」
「だったらなんだよ!」
「どうしてあの声がユズキだってわかったんだ」
あの声は何語か理解できない外国語のようなものだった。ライマル自身も内容は把握できなかったはずだ。
「頼む、教えてくれ。あの言葉は本当にユズキのものなのか?」
誰と話しているのか、ライマルは小言で文句を口ずさんでいた。「お前のせいだ」、「いきなり喋りかけるからだろ」、「この話は後だ」、そう言って俺を見る。
「機密事項ってことで。じゃーな!」
「逃がすかよ!」
「俺は先輩だぞ! 失礼なガキんちょめ! 俺ってばコモクの所に行かなきゃいけないから!」
ビリッと静電気を流されてしまい、肩を掴んでいた手が弾かれた。
「ごめんな!」
一言謝ると、ライマルは煙の中へ消えていった。




