第15話・重度の襲撃
【執務室】
それは、青島班が帰国してすぐのことであった。
各隊長が執務室に集められ、正面にはタモンが立ち、激越な口調で指示を出していた。
「いいか、お前ら! 西猛に着いたらすぐに国民の避難と重度討伐の班に分かれて行動しろ! 重度討伐班には新人三班と精鋭部隊及びセメルで対応、他は全員国民の避難だ! 事は一刻を争う! 直ちに出発! 国を奪い返せ!」
「「御意!」」
皆が出て行った後の執務室には、タモンの激しい貧乏揺すりの音だけが響く。タモンは扉を見つめていた。
「死ぬんじゃねえぞ、ライマル……」
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西猛の国へ着く前から、夜空に向かって赤黒い煙が立ちこめているのが目視できた。正門付近に近づくにつれて、行き倒れた人や死に絶えた人が多く見られ、耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴や、吐き気をもよおす生臭さが鼻の奥に充満した。
青島隊長は言った。これは敵からの意表を突いた攻撃だ、と。
霧の中で重度に出くわした場所は西猛から遠く、東昇に近い場所だったそうだ。タモン様は東昇へ伝令隊を送り警戒するよう促した。だからといって、他の国に伝令隊を送っていないわけではない。もちろん西猛にも伝令隊は来ているし、北闇と西猛は近いため東昇よりも早くに伝えられているはずだ。
ただ、警戒心の度合いが違うってだけだ。もう一度言うが、西猛から遠い場所での接触だった。
時間があるかのように見せかけて、人々が寝静まった深夜帯に襲撃したのだ。しかし、なぜ俺がいる北闇ではなく、他国なのだろうか。
西猛に着いた。切り立った崖に国が築かれている事に目を奪われていると、拘束された少年が横を通り過ぎていく。
「このっ、クソコモク!! 俺もやるっつってんだろ! 離せこらぁあ!!」
「大人しくしろ、ライマル!! コモク様がなぜお前を保護するのかまだわからないのか!?」
「わかってるよ!! だけどっ……、コモクが死んじまったらどうすんだ!!」
少年と目が合った。
「――っ、お前! 名前はわからないけど、頼む!! 頼むから、コモクを守ってくれ!! はだけてる女だからすぐにわかる!!」
直後、白い大きな岩が頭上から降ってきた。投げたのは大猿だ。
「あいつっ……」
「まだいやがるぜ。赤坂隊長が話してた巨犬って、アレじゃねーの?」
イオリが指さす方を向くと、そこには白い大きな犬が二体、闇影隊と交戦していた。その中で女性が叫んでいた。先程の少年が頼んできた女性は、あの人のことだろう。彼岸花の着物から肌が露出している。
「第五班、攻撃開始!!」
たくさんの闇影隊が巨犬のうち一体の足にしがみついて動きを封じ込めている。その闇影隊をもう一体が剥がしにかかっていた。あまりにもおぞましい光景だ。背中から噛みつかれても、闇影隊は意地でも食らいついている。その代わりに背中の肉が上着ごと喰い千切られているのだ。
青島隊長が命令を下した。
「赤坂班と精鋭部隊、セメルは大猿を! 黄瀬班と青島班は巨犬を討伐! 行くぞ!」
それぞれが瞬時に動いた。大猿討伐部隊は巨犬の方へ大猿が行かないように、巨犬討伐部隊はコモク様の保護と応戦へ。
自己暗示をかけ、言霊を発動する。闇影隊を狙う顔の捻れた巨犬の横っ腹に衝撃砲を放った。体制が崩れた巨犬が鋭い眼光で俺を捉える。
「こっちに来い。俺が相手だ」
「その手には乗らない。お前も海へ放り投げてやる」
「おっと、そうはさせないぜー。あと2人追加だってんだ」
「牢鎖境で封じ込めるから、なんとか引き離して。ここだと人まで巻き込んじゃう」
「「了解」」
「装!」と声を大にしてイオリが半獣化した。
「さあ、反撃開始といこうか! なあ、カンタ!」
怖いくせに、八重歯をきらりと光らせながらこちらに向くイオリ。どうやら俺に言ったらしい。
「ありがとう、イオリ」
タモン様の話を聞いて彼なりに考えてくれたのだろう。フードの男以外、俺の素性を知らない。だからここでは偽名で呼ぶのだ。
全身から蒸気が立ちこめる。重度相手だ、俺だって加減はしない。青島隊長と黄瀬班は先にコモク様の身柄を保護し、一度後退している。だから、せめて青島隊長が戻ってくるまでは暴れないと。
「……炎・包火!!」
両手で白炎が燃え上がる。頭の中では南光を出て行った時のイツキをイメージした。片足で踏ん張り、そして一気に加速する。空気が震えた瞬間、俺の姿は消えた。巨犬が捜している間に奴の目の前に現れる。
その隙を狙ってイツキが言霊を発動。
「闇・夢想縛り!」
黒い触手が巨犬の片足に絡みついた。姿勢を崩されてしまい、砂埃をあげながら前のめりに倒れ込む。立ち上がろうとすると、力が入らないのか膝を折って地面についた。
「なんだ、これ。奪われていく……。返せ! 返せ!」
夢想縛りは、相手の気力を奪い取る言霊らしい。おまけに相手の視野を悪くし、対象の姿を靄のかかったような状態で映し出させるそうだ。だが、相手は重度だ。有り余る気力でゆっくりと立ち上がった。すかさずイオリが攻撃する。
イオリには言霊はない。というより、実験成功者には半獣化する力と自己暗示しかないそうだ。やはり、言霊だけは遺伝でないとダメらしい。けれど、イオリの力は凄まじい。人の何倍にも膨れあがった上腕二頭筋はその威力を想像するまでもなく、そこから発動する力を物語っている。
「おらぁあっ!!」
巨犬の尾を掴み、文字通りぶん投げた。崖を転がり落ちるも、四肢の力だけでへばりつき海への落下を防いでいる。巨犬の体重で崩れた岩壁が落石のように海上へ水没していく。
「もう一踏ん張り! カンタ、お願い!」
「わかった!」
巨犬が落ちた付近には逃げ遅れた人々の姿がある。まだ牢鎖境は使えない。俺は迷わず飛び降りた。
「馬鹿だ! 馬鹿だ! 喰ってやる!」
巨犬が口を開く。俺を丸呑みにしてやろうと、口の端の皮膚を裂いてさらに大きな口を開いた。
「馬鹿なのはお前の方だ。炎・月姫乱脚!!」
身体を反転させ、頭部から巨犬へ落下する。包火を両足へ移動させて白炎を纏いながら、その足を巨犬の大口に引っかけた。そうして膝で強く鼻先を挟む。
「落ちろ」
自己暗示は最大限。自分の身体を海へ傾け、巨犬の鼻先は挟んだままで思いっきり背中を反った。巨犬の身体が崖の外へ傾く。前足が外れて、俺と巨犬は宙を舞った。
巨犬の身体を土台にして奴よりも上へ移動した。そこから連続される蹴りで、相手を荒れ狂う海へ落としていく。
「闇・牢鎖境!!」
イツキの声が聞こえた。最後の蹴りで高く飛躍して奴を見下ろすと、黒い箱の中へと閉じ込められる瞬間を目の辺りにした。
「お前も道連れだ!!」
箱が閉じようとしたまさにその時、巨犬は頭部と1本の前足を無理矢理外へ出した。
「まずいっ。カンタ、押し込んで!! 早くしないと巨犬の首が切り落とされる!!」
それどころではない。高く飛躍したところで俺も落下している事に変わりないのだ。一瞬だけ距離を置いただけであって、俺の身体は今まさに巨犬が伸ばした前足の中に収められそうである。
その時、視界の端で、大きな音を立てながら岩壁が陥没したのが見えた。かと思いきや、目視できない速さで巨犬の関節めがけて何かが飛んできた。その正体は青島隊長だ。
巨犬の前足があらぬ方向へむき、「ごきん」と折れる。
「よくやった」
「な、何してるんですか?」
青島隊長は俺の身体を持ち上げ、イオリめがけて投げた。
「――っ、青島隊長!!!!」
「イツキ、タイミングを間違えるな!!」
手の平を巨犬の額にかざし、もう片方の手で拳を作って構える。「はあっ!!」と声を上げて、青島隊長は巨犬の額に拳を叩きつけた。その瞬間、波の向きが変わった。落下するであろう中心に位置する海水が大きくへこみ、円を描くようにして外側へ波が流れていく。
巨犬は咆哮しながら箱の中へ押し込まれた。すぐさまイツキが箱を閉じる。箱は水しぶきを上げながら、青島隊長もろとも沈んでいった。




