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【逸話】想い人

「天使ちゃーん、女王様! また会いましょうねー!」




 大きく手を振るイオリに、手を振り返す月夜の姉妹。青島班の護衛で予定より遅れて自国へ到着した天野一家は、天野邸に青島班を招いて休憩させた後、こうして暫しの別れとなった。


 居間で家族団らんのひとときを過ごす中、ツキヒメは母親であるマナヒメの膝で甘えながら名残惜しそうに話している。




「ナオトも一緒だったらなー」

「お父さんに聞いたけど、大変だったんでしょう?」

「うーん、私と姉様は胸の大きな女の人と一緒にすぐ逃げたから、わからないの」

「そう……。ナオト君にも休憩が必要なの。今回は我慢しなさい」

「はーい」




 返事をしながら、ウイヒメがくすくすと笑う。




「やだ、この子ったら。いったい何を思い出したのかしら」

「イオリお兄ちゃんが教えてくれたの。ナオトは私を妹みたいに想ってるって! 実際にナオトから聞いたことあるけど、他の人からも言われると余計に嬉しくて」

「そうだったの。本当にウイヒメはナオト君のことが好きなのね」

「だーい好き! 姉様はもっとナオトの事が好きだよー」

「こら、やめなさい。お姉ちゃんに聞こえちゃうわよ?」




 マナヒメは、鏡の前で奮闘するツキヒメの背中を見た。花飾りを着けようと頑張っているのだ。




「ウイヒメ、お父さんと遊んでらっしゃい」

「はーい! ちーちーうーえー!!」




 髪の毛をぐしゃぐしゃにさせながら苛ついているツキヒメの後ろで腰を下ろすマナヒメは、花飾りを台の上に置くように言って、クシで髪の毛をといてあげた。




「そんな乱暴にしちゃ、壊れちゃうわよ」

「鏡を見ながらだと難しくて……」

「あなたはいつもウイヒメにしてあげてばかりだものね。お母さんが着けてあげるわ」




 慣れた手つきで花飾りを着ける。鏡越しに自分の姿を見て、ツキヒメは頬を真っ赤に染めた。




「これ、ナオトがくれたの」

「あらまあ。お母さん、口元が緩んじゃうわ」

「やめてよね。これでも傷ついてるんだから……」

「どうしてかしら?」

「ナオトには好きな子がいるの。同じ班にユズキって子がいたでしょう? あの子……」

「本人から直接そう聞いたの?」

「うん、自分から地雷踏んじゃった。だけど、それでも、嬉しかった。お礼だとしても、人から物を貰ってこんなに舞い上がったのは初めて。なんだか馬鹿みたいだわ」




 言いながら涙目になってしまった我が子を見て、マナヒメは眉を下げながら微笑んだ。そして、自身の話しをし始めた。それはカケハシとの馴れ初めだ。


 姉妹はよく母親に似ている。陶器のような肌に大きな瞳、線の細い体つきや潤いのある髪質。マナヒメは世界一の美女だと謳われている。そんなマナヒメが、娘も驚くような発言をした。




「母様が追いかけてたの!?」

「そうよー。お父さんったら見向きもしないんだもの。腹が立っちゃって追っかけになったの。あの人はすごく震え上がっていたわ。私があまりにもしつこかったからでしょうね」

「信じられない……。父様のどこを好きになったの?」

「初めて会った日よ。あの人、私のことを人形みたいで不気味だって言ったの。思い返せば確かにそう映ったかもしれない。私の意志に関係なく別の方に娶られると決まっていたから、運命を呪うどころか、何事にも無関心だったの」




 そんなマナヒメに、カケハシは気味が悪いと、問題発言ともとれる言葉を吐いた。まるで置物みたいだと言われた気がして、マナヒメの頭に血が上った。




「私に興味がないからあんな無礼な発言ができたのよ。でもね、その興味がないってところに惹かれたの。この人は私のことを知らないんだって思うと、本当の自分を見てもらいたくなった」

「その気持ちはわかるかも……」

「それにね、お父さんとお母さんだって初めは友達から始まったのよ。もちろん、お母さんは何度も気持ちを伝えたけれど、友達として好きだって言われたから、じゃあ本気で振り向かせてやる! って頑張ったの。その結果、あなた達に出会えたのよ。いい、ツキヒメ。好きにも色んな形があるの。あなたはそこまで聞いたのかしら?」 

「聞いてないわ。でも、すごく仲が良いの」

「諦めるならそこまでよ。お母さんだったら、負けたって納得がいくまで頑張るわ」




 娘の両肩をぽんぽんと優しく叩いて、マナヒメはウイヒメの元へ歩いていく。


 ツキヒメは変わらず鏡を眺めていた。自信なさげな表情で花飾りに視線をやる。




「期待しちゃうじゃない……」




 花びらを指で摩りながら小さく息を吐いた。気合いを入れ直すかのように両頬を叩いて、目を閉じてから首を横に振る。次に目を開いたとき、ツキヒメはいつも通りの気の強そうな彼女らしい顔つきとなっていた。言葉にはせずとも、彼女の決心が見て取れるような、そんな面立ちであった。


 鏡越しにマナヒメと目が合った。ツキヒメが頷くと、マナヒメも頷き返したのだった。


 月夜の国が深い眠りについた頃、まだ新しい外壁のすぐ側で怪しい影が一つ蠢いていた。そこへ、壁の内側から外へ、別の影が合流する。




「何か情報はあったか?」

「はい。これは使えそうです」




 影が影へ耳打ちをする。耳打ちをされた影が口の端をを吊り上げて笑みを浮かべた。




「ほおー……。すでに作戦は実行したが、追加で月夜の国に狙いを定めてみよう。あの子の情報が正確ならば、彼は必ずこの国を訪れるはずだ」

「しかし、動かなかった場合は?」

「その時は月夜を潰すまでだ。……彼には存分に不幸を味わってもらった後に死んでもらう。せいぜい踊らされるがいい」




 影が闇の奥へと去って行く。


 壁の内側では、声を上げまいと両手を強く口に押しつけながら震え上がるウイヒメがいた――。

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