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第12話・探し求めていた者

【休憩地】


 キョウスケは静かに、慎重に息を飲んだ。この男は知っていた。目の前に四つん這いで立つ生き物の恐ろしさと、殺傷能力の凄まじさを。刺激してはいけないと、動くなと、キョウスケの前屈みの姿勢は部下にそう告げていた。


 大半が恐れ戦く中で、ソウジとヒロトだけは必死に自分を保とうとしていた。そう、赤坂班はこちらを物色するかのように目を光らせるこの生き物と対峙したことがあるのだ。


 山吹神社事件で発見された、重度。彼らの前に現れたのはそれだった。


 顔が酷く捻れた巨犬が言葉を発した。




「誰だ、誰だ、父さんを殺したのは。知ってるぞ、その上着。いたぞ、あの中に」




 代わって、もう一匹の巨犬が言葉を続ける。




「ほーら、早く吐いちゃいなよ。じゃないと、死ぬよ。ナオトが死ぬよ」




 ヒロトの肩がぴくりと動く。


 キョウスケは冷静に考えていた。ヒロトを目にして動かないということは、この重度にナオトの情報はない。ならば、時間を稼げる。




「父親っていうのは神主さんのことかな? だとしたら、ここにいる人達は何も知らない。君達も見ただろう? 氷の外にいたし、逃げ遅れた人達は全員殺された」




 何が癇に障ったのか、顔が捻れている急に巨犬が暴れ出した。




「ボク達は迷惑をかけずに暮らしてたんだ! そうだ! 邪魔したのはお前達だ! 父さんが死んだのもお前達のせいだ! お前達が来なければ! 来なければ!」




 ギロリと瞳を動かしてキョウスケを捉える。




「それに、お前からは知っているニオイがする。なんだ、お前。どうしてあいつのニオイがするんだ? ……ああ、そっか、お前だな。あいつの足を」




 巨犬が言い終える前にキョウスケは動いた。半獣化したその姿は一見何の変わりもない。注目すべきは脚だろう。二体が、人と同じように笑った。




「やっぱりそうだ! お前だ! あいつ、怒ってるぞ!」

「ほーら、おいで。代わりに敵を取っておこう」




 キョウスケは吐き捨てるように言った。「何も知らないくせに、べらべらと」、と。その顔は怒り一色に染まり、見開いた目は血走っていた。


 一方で、ソウジとヒロトは、普段が温厚であるキョウスケの荒々しい攻撃の仕方に言葉を失っていた。彼は脚だけで戦い、見た目からは考えられない巨犬のすばしっこい動きにきちんと対応している。


 目を奪われたのも束の間、霧の置くからナオトの痛みに叫ぶ声が聞こえてきたのだった。







 フードの男が胸の傷に指をねじ込んできた。頭の先からつま先まで伝う激痛に、背中が弧を描いて地面から浮き上がる。叫んでも、叫んでも、痛みを誤魔化すことは出来なかった。


 さなか、フードの男が言った。




「どうして俺を苦しめる……。なぜだ、なぜお前なんだ……」




 靄が赤白く光る。熱気が流れ込んでくる。どこかでソウジが戦っている。間隔を開けて点滅を繰り返す赤い光り。フードの男の瞳と俺の目が合った。俺は、胸の痛みを忘れるくらいの発見をしてしまった。




「その目……。――っ、よく見せろ!!」




 自己暗示のかかった馬鹿力でフードの男を押し返す。解放されたイオリはすぐさま男を背後から羽交い締めにして、確認できるようにフードをまくってくれた。男の顔は猫そのものだった。


 イオリの身体左半分は人だ。男は最も力の無いそこから逃げだそうともがいた。




「させねーよ!」




 首に回している半獣化した右手を、自身の左肩に届くように更に締め上げる。そして、爪を立てて自分の左肩に突き刺した。半獣化した部分よりも柔らかい皮膚だ。血が溢れ出る。




「ナオト、急げ!」




 男の顔をこちらに向かせてもう一度確認した。やはり、見間違いではない。




「なんでお前が俺と同じ瞳を持ってるんだ。答えろ!!」




 誰かが水の性質を持っているようだ。足もとに大量の水が、氾濫した川のごとく流れてきた。3人共が身体を持っていかれそうになる。


 俺は自分の前髪を掻き上げた。




「俺の瞳を見ろ。これは走流野家だけの特質だ。なのに、どうして重度のお前が薄紫色の瞳をしてるんだ?」




 男がまじまじと俺の瞳を観察する。




「記憶の中にお前がいた。お前を記憶で見る度に頭痛に襲われる。頭痛が俺を殺そうとする。そう、お前が俺を殺そうとするんだ。もう1人、あの女もだ。ユズキという名の、あの女……」

「ユズキに会ったのか!?」

「ずっと前に。……お前達はなんだ? 知っている気がする。身近に感じる。思い出せそうだ。その瞳、もっとよく見せろ」




 明らかに男の様子はおかしかった。まるで取り憑かれたみたいで、一点に集中したまま動かなくなる。それから、妙な言葉を口走った。




「お兄ちゃん……?」

「へ?」




 男の目に薄らと涙が滲む。




「そうか、そうだったのか。お前、あの時の奴だな。精鋭部隊の格好をした子どもの1人だ。そうだろう?」

「――っ、だったらどうした」

「あの言霊は、俺が探し求めている者だけを呪縛から解放する特殊なものだ。北闇には可能性が2つ、そう言ったのを覚えているか?」

「覚えてるけど……」

「俺は、あの日、自分の血筋に近しい者を捜していた。己の存在を確かなものにするために」




 開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。男の背後で、イオリもまただらしなく口を開いていた。

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