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第9話・最弱、同期を喪う

 呆然と立ち尽くしたまま、誰もが空っぽになった心で状況を把握しようとしていたが、それは無意味だった。どれもこれもが説明のしようがない。


 ただ、北闇の情報が嘘ではないと、それだけは信じてくれた。最初の襲撃のとき、生き残った混血者がハンターに襲われていなかったからだ。とはいえ、初めは様々な憶測が行き交った。小さいもので言えば、他の混血者に比べて人間の血が濃かっただとか、大きなことで言えば北闇の裏工作とまで。


 それを沈静してくれたのは他国の受験生だった。




「お前達、これが誰からの情報か知らないんですかい? あの有名な走流野家ですよ。それに、少しは彼の身を案じるべきだ。同じ混血者として恥ずかしくないんですかい? 彼の右手は獣化してしまったんですよ」




 言い終えて、彼は扇子をパチンと閉じた。




「ようやく静かになりましたね。さて、自己紹介といきましょう。俺の名前は五桐ハルイチといいます。以後お見知りおきを。俺達は精鋭部隊に協力を仰いできますので、あなた方は遺体を。もうそろそろ後半組がやって来ます。手を貸して貰うといいでしょう」




 そうしてハルイチが去って、今に至る。


 混乱した後半組の騒がしい声でやっと我に返った。陽の位置が移動したおかげで森は少しだけ明るくなった。そこは地獄絵図そのものだった。




「ヒロトを捜さなきゃ……」

「手伝うわ」




 イオリと一緒に歩き出す。人をかき分けながら進み、遺体の中にヒロトがいないことを祈りながら目を凝らして捜した。ふと茂みに目がいった。そこには顔だけを覗かせたダイチが真っ青になって身を隠していた。




「もう大丈夫だ。出てこいよ、ほら」



 イオリが手を差し伸べるも、ダイチはうんともすんとも答えない。ソウジを守る防御の役目をもつダイチが、こんなにも怯えている。もしかするとドームの外にいて、惨劇を目の辺りにしてしまったのかもしれない。ダイチは一点をみつめたまま動こうとしなかった。




「一緒にソウジたちを探そう。きっと無事だよ」




 茂みに腕を突っ込み、戦闘服を掴んで無理矢理にでも引っ張り出そうとした。しかし、どこにもない。




「あれ? どうなってるんだ、これ……」

「ったく、俺様が手伝ってやる」




 あるはずの上着の襟に手が当たらないのだ。イオリが茂みを大きく揺さぶると足もとにダイチが転がり落ちてきた。それを拾って両手に持つと、切り口の綺麗な首からポタポタと血が零れる。


 足もとに転がったのはダイチの頭部だ。声にならない声が喉を通る。




「ひっ、あっ……」

「マジかよ……」




 手から滑り落ち、俺は後ろにひっくり返った。腹の底から押し上げてくる汚物をぶちまけ、荒くなった呼吸に酸素を奪われる。


 パニックになって、気がつけば無我夢中で兄の名を叫んでいた。




「ヒロ……ト……、ヒロト!!!!」




 金髪が視界に映った。俺の頬はヒロトの暖かい両手で包まれ、聞き慣れた声が鼓膜を刺激した。




「もう大丈夫、大丈夫だ」




 懸命に呼吸を繰り返した。目はダイチの頭部へ釘付けになったままだ。そこに赤坂班がやって来た。ソウジが唇を噛み締めながら立ち尽くしている。距離を置いて、クロムとデスがこちらを見ていた。







 宿屋に戻り、部屋の隅で俺は膝を抱えて座っていた。各々違う場所に座るヒロトやイオリを交互に見ながら思い起こす。


 あの後、各隊長と南光の闇影隊、それから精鋭部隊が駆けつけた。安全のため精鋭部隊の護衛のもと、適当に分けられたグループごとに国内へ戻され、生き残った前半組は詳しく事情聴取をされた。


 ハンターが現れる前に何か異変はなかったか、誰か三日月の森から出ていないか、などだ。その時、聴取の最後でこんなことを尋ねられた。




「三日月の森で一般の子を見かけなかったか? 白髪の女の子だ」――




 俺は何も答えなかった。考える余裕などなかったのだ。イツキが追い出されたことや、予想を遙かに超えたハンターの群れに、ダイチの死。それだけでなく、様々な出来事が頭の中でもつれている。


 こいつもか――、そう言って解放してくれたのがつい先程のことで、宿屋に戻って冷静になると今度は疑問を抱いた。


 きっとその疑問を抱いているのは俺だけではないはずだ。




「ヒロト、聴取のことなんだけどさ」




 立ち上がってこちらに来た。腰を下ろして小さく息を吐き出す。




「あれってユズキの事だよな……。他に見たことねえし」

「だよな。王家に捕まったのかな」

「あいつ、捕まるようなことしたのか?」

「そうじゃないけど、なんとなく……」




 白髪の子、それはユズキだった。まさか、ジンキとの繋がりが知れてしまったのだろうか。


 こうして、数々の疑問を残したまま試験は中止となり、北闇へ帰ることとなった。重度の可能性を否定できないからだ。門の外ではイツキが待っていて、その隣には知らない女の子が立っていた。




「リン!!」




 声に振り向くと、クロムとデスが彼女のもとへ駆けていく。


 門で別れる前に、俺はデスに礼を言った。彼がいなかったら第一試験はもっと大惨事になっていたかもしれない。すると、クロムがやって来て耳元でこんなことを口にした。




「走流野ナオト、もしユズキに会う機会があれば伝えてくれ。約束は守った、ってな」




 それだ言い残して、彼は仲間のところへ行ってしまった。


 俺は、クロムに自分の名前を教えていない――。

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