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【逸話】青島班

 前夜祭が開催される、それよりも前のこと。月夜の国の当主・天野家の自宅に青島班の姿はあった。


 足取り重くナオトが部屋を出て行くと、青島は部下に向いた。隣に座っていたカケハシも自室へと戻る。今、この部屋には青島班しかいない。


 青島はこう問うたばかりであった。「今後、予想だにせぬ脅威が青島班に訪れるかもしれん。別の班に移動するか否か、よく考えてくれ」、と。王家の地下室で走流野家に関する資料が発見されたからだ。ましてや、青島は重度がナオトを狙っていることもわかっている。あの言葉は、今後を見通してのものだった。


 真っ先に答えたのはイツキだ。




「俺は残ります。ナオトは俺にとって大切な友達だし、境遇も似ている。1人にはできません」

「気持ちは嬉しいが、状況によっては私はお前を守れないかもしれない。それでも残るのか?」

「はい」




 イツキの決心は固かった。




「じゃあ、俺はナオトの所へ行きます。後はイオリ、よく考えてね」




 イオリの表情は暗い。何か思い詰めているかのような、そんな面立ちで座っている。そうして、おもむろに口を開いた。

 



「青島隊長、俺がなんで実験に参加したか知ってますか?」

「いや、私にはわからない。なぜだ?」

「俺が人間を辞めようと思ったきっかけは、あいつら双子っすよ」




 かといって、2人のような力が欲しかったわけではない。彼はナオトにこう話していた。走流野家を神様のように崇拝している奴もいる、と。それは自身の家族を指していた。


 イオリは家庭内に自分の居場所がないと感じながら育った。学校が休みの日も、そうでない日も、両親が口癖のように「走流野家の息子さんは……」と話していたからだ。


 学校で良い点数を取っても、悪さをして学校から連絡がいっても、両親の注目は自分に向かなかった。




「だから俺、学校から期待されているヒロトに目をつけたんすわ。毎日毎日喧嘩を売った。負けるってわかっていたけど、それでも俺は双子に関われば親が俺を見てくれるんじゃねぇかって思ってた」




 けれど、ここでも気に食わない事が起きた。ヒロトのある言葉だ。ヒロトはナオトの目の前では喧嘩をしなかった。「いつでも相手になるから、頼むから弟だけは巻き込むんじゃねえぞ」、と釘を刺すほどに兄弟愛が強かったのだ。


 イオリは気づいた。こいつも俺を見ていないんだな、と。悔しさがこみ上げてきた。だから、つい言ってしまったのだ。




「俺が闇影隊になったら、一生をかけてでもナオトに嫌がらせしてやるって。もちろん本心じゃないっすよ? 強がりみたいなもんすわ。そしたらあいつ、顔が変わった……」

「ん? 怒ったという意味か?」

「違います。言葉のまんまっす。顔が変わったんすよ。一瞬ですけど、そこに立っていたのは俺が知っているヒロトじゃなかった。絶対に見間違いじゃない。あいつは自分を偽って登校してるし、何が弟だけは巻き込むなだよって、そう思って……」




 イオリは叫んだ。俺とちゃんと戦え、と。そして皆に気づいて欲しくて真実をバラまいた。しかし、ここでも彼が注目を浴びることはなかった。学校側は聞く耳すら持たなかった。


 そして、イオリの登校が最後となった日のこと。彼はヒロトから呼び出された。ついにこの日がやって来たと、イオリは恐れから震え上がっていた。だが、ヒロトの行動はイオリの予想に反していた。




「お前さ、ナオトに妙なこと吹き込んだらマジで殺すから。本気だってわかってるよな? もう学校に来るんじゃねえぞ」




 喧嘩をするわけでもなく、ヒロトは壁を殴りつけ去って行った。壁にはとてつもなく大きな穴が開き、イオリの頬はには切り傷があった。


 イオリはずるずると壁伝いに尻をついた。




「その日から学校に行ってないんすわ。怖くて、本当に殺されるんじゃねえかって毎日怯えて、部屋に引きこもって……。その時、親と本音で話す機会ができて、バカみたいに泣いちゃって」




 両親は崇拝しているわけではなかった。ただ、他人ではあるけれど心配しているだけだったのだ。毎日のように噂されて、中でもナオトは腹にいなかったとまで言われている。




「親は別に俺を見ていないわけじゃなかった。悪さするくらいなんだって、子どもだから良いんだって、そんな気持ちだったみたいで。今思い返せば、誰かを傷つけたわけでも、親が頭を下げるような悪さをしたわけでもなんでもないんすわ。授業を聞いてないとか、そんな軽いやつです」




 全部、自分の思い込みだった。そして、イオリは気づいた。毎日毎日、しつこく喧嘩を売られていたヒロトはどんな気持ちだったのだろうか、と。毎日のように噂されるだけでも気が滅入るのに、自分は更に追い打ちをかけていたのではないか、と。


 しかし、イオリが謝ることはなかった。




「だって俺、ヒロトについて噂を流したわけではないっすから。俺が話したのは事実。まあ、そんな事があって、ようは同じ立場になってみようと思ったんすわ。人間が人間を辞めたとき、周りはどんな目で俺を見るんだろうって」

「気持ちが良いものではないだろう?」

「すんげえ気持ち悪いっすよ。親があいつら双子を心配する気持ちがわかりましたわ。だけど俺、間違った事はしていないって思ってます。親に口酸っぱく言われてたんすよねー」




 人の立場になって物事を考え、喋りなさい。




「だから俺、班を抜けたりなんかしないっすよ。せっかく同じ立場になったんだから、もっと同じ景色を見てみたいんすわ。それに、あいつといたら面白そうだし」




 そうか――、と青島はふんわりと微笑んだ。そしてこう言った。「今の言葉、ナオトに直接言ってやるといい」、と。イオリは立ち上がり、軽快な足取りで部屋を出て行った。青島に話してすっきりしたのだろう。


 かといって、完璧に不安を拭い切れたわけではない。青島はこっそりと後を着けていた。それとは裏腹に、部下同士で少し話した後、イオリは声を大にして叫んだ。




「っつーわけで! お前の行く先を見届けてやる! 俺様から逃げられると思うなよ! だって俺、お前と同じで人間とはかけ離れていて、尚且つチーターだから!」




 青島は部屋へ引き返した。


 そうして新たな懸念を募らせる。




「本当に、次から次に、だな……」




 ヒロトの顔が変わったとは、いったいどういう意味だろうか――。

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