第6話・試験開始
合図はまだかと活気を帯びる赤坂班。一方、俺とイオリはというと――。
「生き残れるかな……」
「どうだかねー。とにかく、イツキのためにも早く試験を終わらせようぜ。生きてたらの話しだけど」
なんて、弱音を吐いていた。月夜の国でハンターに襲われたあの時の恐怖が消えたわけではないのだ。合宿で得た自信はどこへやら。俺は弱気になっている。
「開始と同時にスタートする?」
「すんげえ怖いけど、そうするしかないだろ。クロムって奴の案も一理あるけど、それだと闇影隊になった意味がねぇ。国や人を守るのが俺達の仕事なのに、見捨てるような真似できるわけねぇだろうが。不安になるなって」
拳を握りながらそう意気込むイオリだが、彼の視線はきちんと裏門を捉えていた。
「嫌でも想像してしまうんだ。試験中にどれだけの人が死ぬんだろうって……。そうでなくとも、受験生の攻撃に巻き込まれる可能性だってある」
「考えてもキリがねぇだろ。他国と合同のでかい任務だと思えばいい。俺達はそれを遂行するだけだ」
そうこう話していると、視界の端で試験官が片手を上げていた。いよいよ第一試験が開始される。
「それでは……、始め!!」
開始と同時に膨張していた熱気が爆発し、受験生は雄叫びを上げながら門に向かって走った。肩がぶつかったり、なかには転倒したところを故意に踏みつけられている人もいる。赤坂班は門めがけて暴走する受験生の群衆から外れて壁に向かった。
「ナオト、ソウジに着いて行くぞ!! 門はやべえ!」
横目に門を見ると、追いやられて門を通過することができず壁に激突した人が大勢いた。その後ろからはさらに人がぶつかり、壁に密着している人たちはその分の人の体重で押し潰されていく。
壁を飛び越えている時、眼下にはおぞましい光景が広がっていた。なにせ、ここにいるほとんどが混血者だ。半獣・半妖化した彼らの力は最大限である。その証拠に壁には大量の血と肉片がこべりついていた。
門を通過した受験生に平行して俺達は森の中を走った。太陽の光をまともに浴びていないせいか、木の幹はくねくねとねじ曲がりながら成長し行く手を阻んでくる。加えて、蒸発しきっていない地面に足を取られてとても走りづらい。そうして、なんとか湖を視界に捉えることができた。
到着して間もなくして群衆が合流した。それぞれの班に固まり、互いに背を寄せながら暗い森の中を360度を見渡している。湖に近い場所に立っている青島班も同じようにしてハンターの襲撃に備える。
次第に周囲は騒ぎ始めた。
「場所はあってるよな?」
「おい、南光の奴はいねぇのか!?」
「ここにいる!!」
「どこにハンターがいるんだよ……」
「ここは三日月の森で間違いないのか!?」
「そうだ!!」
誰が話しているかもわからぬほどに、一帯には受験生がひしめき合っていた。落ち着かず、忙しなく首を左右に動かしているイオリが口を開く。
「おいおい、これってアレじゃねえの? 月夜と同じなら、どれだけ待っても襲って来ねぇよ」
「捜すしかないのか」
「んだよ。おーい、今の聞こえてたろ? お前ら全員、聞き耳立ててるのバレてるっつーの」
全員が一斉に違う方向へ動き始めた。しかし、これっぽっちも気配を感じないというのは妙だ。囁き声くらい聴こえてきてもおかしくはないのに、受験生の声以外になんの音もしない。
どこか別の場所に行ったのでは? と口にしようとした、その時だ。
冷たい風が群衆の間をすり抜けるようにして通っていった。訓練なんて受けていないのに、受験生一同の動きが同時に止まった。得体の知れない寒気に警戒心が増していく。
森が会話をしているかのようにざわざわとし始め、湖の水面にはいくつもの波紋が広がった。ふと足もとに視線を落とすと、小石がカタカタと揺れ動いていた。
そして――。
「サチ!! サチ!! サチ!!」
空気の塊を投げつけられたみたいに、ハンターの大きな声が身体に衝突してきた。囁き声なんてレベルじゃない。声量からして、とんでもない数のハンターがこちらに向かっている。
咄嗟の行動だった。危険を察知し、イオリの腕を掴んで湖に放り投げた。その直後、多くの受験生が悲鳴を上げた。目を凝らすと、人の頭上を小さな生き物たちが動き回っていた。
突然のことで身動きが取れずにいると、耳元で囁かれた。
「サ……チ……」
一瞬にして思考を奪われた脳は、俺の周りから全ての人を消し去り、俺と、俺の肩にしがみついているハンターの2人だけの空間を作り出した。
俺はこの場所をよく知っている。
ここは、「死」だ。




