第2話・最弱、兄の想いを知る
南光に移動しているあいだ、俺とヒロトが会話を交わすことはなかった。忠実に従っているわけではないが、俺はヒロトのずっと後ろを歩いている。
そして、いつものように背中を見つめながら思い起こしていた。
数日前にあったやり取り、あれは「お願い」ではなく「命令」だった。ヒロトとレンが言い合いになった時もそうだけど、俺と2人の時も物凄い剣幕で怒鳴られ、生まれて初めて兄を怖いと、そう思った。
まるで別人だ。胸の奥にチクリとしたものを感じ、俯いた。
南光まであと少しのところだろうか。隣にやって来たのは片倉ダイチだった。
「なんだよ」
「そう睨むなって。レンのことでおめぇに謝りたくてよ」
言いながら、純真さが溢れる笑みをこぼす。
近寄るなと注意したかったのに、あまりの温和な空気に怒鳴る気力を持っていかれてしまった。こんな混血者もいるのかと思わずダイチの笑顔に見入ってしまう。
「あん時はすまなかったな。ただ、レンは感じたままのことを口走っちまうだけで悪気はねぇんだ。ソウジ様に対してもズケズケ言っちまうしよ」
「犬は群れで動く生き物だろ」
「レンは違う。ソウジ様をリーダーとして認めてねぇんだ」
「……もう気にしてない」
そう、あの件はどうだっていい。
今、俺の頭の中をグルグルと渦を巻いているのはヒロトのことだ。確かにレンの発言には怒りを覚えたが、兄だからといって、あれは言い過ぎだしやりすぎでもある。
「レンは怪我とかしてなかった?」
「擦りむいただけだ、気にするこたねぇ。それよりも、心配なのはおめぇらの方だ」
ヒロトの背中を見たダイチは、太い腕を胸の前で組んで少し首を横に傾ける。
「弟だからっていくらなんでもなぁ。おめぇにもプライドってもんがあるわけだからよぉ。兄弟喧嘩になるのも仕方ねぇとは思うが……」
「俺が悪いんだ。レンの言う通り、ヒロトの後ろに隠れていたのは事実だし」
「うーん、実はよぉ、さっぱりわからねぇんだ。ヒロトがどんな顔でおめぇの前に立ってるかだなんて言ってたけどよ。おめぇの前に立ってるときは、誰も近寄るなって顔で、まるで自分のテリトリーを汚されてキレちまった獣のように威嚇してるぐれぇだ。それはおめぇにも想像がつくだろ?」
「ほとんど後ろ姿だけど、なんとなくわかるよ」
「そりゃもう恐ろしいの一言に尽きるぞ。ありゃまともに見なくて正解だ」
それからダイチは、ソウジといがみ合うヒロトの様子や、俺がいないところで喧嘩をしていたヒロトの激しさを語ってくれた。ずいぶんと派手に暴れていたようだ。
「あとは、俺らも喧嘩したことがあった。配下揃ってボコボコにされちまって、あとでソウジ様にこっぴどく怒られちまったけどなぁ」
「ヒロトがピアスをあけた時か……。そっちに非があったって聞いてるけど、そうなのか?」
「情けねぇ話しだが、そうだ。おめぇら兄弟の噂を聞いたレンが、どうしても拝みたいってんで探しに行ったんだ。あの時は顔も知らねぇから、レンのやつは大声で叫んでてよ」
「なんて?」
「呪われた兄弟はどこですかー、ってよ。そしたらそこにヒロトが現れて、レンはもう一つの噂を口にしちまった」
「え、まだ噂があったのか?」
「弟は弱虫だって、そんなもんだ。だけどよ、どうやらヒロトにはそっちの噂の方が許せなかったみたいでよ。最初にレンが殴られて、それを庇った俺ともう1人の奴も巻き添えを食らった。訓練校に入学する前の話だ」
そんな噂が流れていたとは露ほども知らなかったが、どうやら俺はその頃から守られていたらしい。
幼い頃、喧嘩で怪我を負って帰っくるなんて事は何度もあった。だけど、ヒロトはただ「やられたからやり返した」としか答えなかったのだ。
格好いい――、素直にそう思った。
「それがきっかけで親しくなった、ってわけか」
「簡潔に言えばそうなるな。あの後、俺らが悪いってんのに、おめぇんとこの爺さんと一緒に集落まで謝りに来てくれたんだ」
「爺ちゃんに会ったことがあるのか!?」
「お、おう。どうしたんだ?」
「いや……。訓練校に入学する前、か」
たしか、爺ちゃんがいなくなったのもそれくらいだ。父さんの震えた笑顔を見て以来、あまりこの話題には触れてこなかったけれど、ヒロトの話しをしているつもりが思わぬ収穫だ。
いきなり黙りこくってしまった俺にダイチは疑問を抱いている様子で、こちらを気にしながらも話しを続けた。
「一番派手にやられたレンの家から寄ったみてぇだけど、あの頃はそれどころじゃなくなっちまって、後日また謝罪に来た。俺らは混血者だってのに、良い爺さんだな」
「それどころじゃないって、なにかあったのか?」
「ソウジ様が東昇の奴に浚われそうになったんだ。レンが始末しちまったみてぇだが、あん時はヒロトと爺さんも近くにいたから、巻き込まれたんじゃねぇかって集落は騒ぎになってよ」
その頃からレンは変わってしまったそうだ。
訓練校に通う前までは、俺が想像したままの小型犬みたいな子だった。遊ぶことが日課で、人をおちょくっては怒らせて、それを楽しんでいるような子だ。いわゆる構ってちゃんってところだろう。だが、あの事件を機に今のレンに仕上がってしまったらしい。
「ちと話が逸れちまったな。俺にも兄ちゃんがいて兄弟喧嘩になる時もあるけど、その理由は大半がくだらねぇことだ。でもよ、仲は良いぞ? 配下に俺が選ばれちまって気まずかったけどよ、それでも兄ちゃんは応援してくれてんだ。たけど、おめぇんとこは兄ちゃんって感じがこれっぽっちもしねぇ。あれじゃまるで……」
番犬だ――。
そう言い、ダイチは鼻で息を漏らした。
視線は再びヒロトの背中へ向けられた。




