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最終話・芽生えた感情

 北闇に戻る前に、迷界の森でラヅキとコウを会わせた。僕と同じく実感がなかったようで、アマヨメは実物を見て一驚していた。それはともかく、ラヅキにはしばらくコウと共に過ごしてもらう事にした。アマヨメもいるし、安心して北闇に戻る事ができる。


 正門前まで行くと、タモンとキョウスケが待ち構えていた。挨拶もなく告げられたのは編入学についてだ。書類諸々はタモンが用意、提出してあるらしく、キョウスケは訓練校まで案内をしてくれる。




「少し休みたかったんだがな」

「まあまあ、そう言わないで。せっかく西猛の国で訓練を受けたんだから、忘れないうちにね」




 この時はまだ深く考えてはいなかった。1年ぶりの北闇の景色を堪能する余裕があったほどだ。事件は教室で起きた。


 西猛では人と混血者を分けることなく同じクラスで授業を受けた。一方、北闇では人と混血者は別クラスにされている。僕は人間のクラスに入った。


 適当に挨拶を済ませて、いくつか空いている席の中でどこに座ろうか迷っている時だった。引っ張られたわけでもないのに、引き寄せられるような感覚がした。見てみると、席に前髪で視界を覆い隠している男の子が座っていた。


 視線に気づいた男の子が僕を見上げた。




「どこかで会ったことある?」「どこかで会ったか?」




 無意識に出てきた言葉は見事に被っていた。


 周囲が騒がしくなった。蘭の時とは別物で、「化け物」だとか「呪われている」だとか、そんな負の言葉が僕の耳に届く。注意した方がいいのではないか、教えてあげた方がいいのではないか、とも。


 男の子の名前は、走流野ナオト。これが僕とナオトの出会いだった。


 僕達は自然と親しくなった。会う度に人間嫌いの僕がナオトに引き寄せられる。しかも居心地の良さすら感じるこの感覚。不思議な上に謎だ。なにかしらの病気になったのでは? と不安さえ感じた。


 ある日の夜、北闇の外に出てキトを呼び出した。事情を話すと、キトは僕の額に人差し指を刺しながらこう言った。




「それを友達というんだ」

「そう言われてもな……」

「今まで漠然としていたものが現実になっただけだ。俺といて居心地が悪いか?」

「いや、むしろ安心する。……そうか、それと同じなのか」

「それにしても、また変な奴と親しくなったものだ。あまり深入りするんじゃないぞ」




 ナオトへ興味が湧くのに時間はかからなかった。噂についてはイツキにも確認したが、別にどうってことはない。そんなものは無視だ。それよりも今は、僕の心に誕生した新しい感情を大切にするべきだ。そう思っていた矢先のこと。


 休憩時間が終わる頃、ナオトはまだ窓から外を眺めていた。




「そろそろ先生が来るぞ」

「うん……」




 教室の扉が開き先生が足を踏み入れると、生徒は口を閉じて授業を受ける姿勢となった。ナオトは窓から離れて、席に着こうと動いた。そして、前触れもなく急に言ったんだ。




「どうして北闇には冬がないんだろう」




 僕も、先生も、生徒も。皆がナオトに注目した。


 冬に関して、北闇は徹底して伏せている。ジンキが封印されて冬が消えたのなら、先生は知っていても、ナオトや生徒が知っているはずがないのだ。案の定、ナオトは衆目にさらされ、馬鹿にしたように生徒は笑った。


 先生は目を吊り上げながら歩み寄ってきた。そしてナオトの耳元で言った。




「二度と季節の話しをするな。わかったな?」

「……はい、すみません」




 その声はとても低く、注意するというよりは、圧で押さえつけるかのようなものだった。


 授業はいつも通り始まった。僕の耳に先生の声は届かず、意識はずっとナオトへ集中していた。


 それからというもの、ナオトの言動の一つ一つが気になった。よく観察すると、明らかに何かを隠していた。僕はナオトの心を開こうと奮闘した。何を隠しているにせよ、それさえなくなれば皆と同じように過ごせると思ったからだ。しかし、あいつの守りは予想以上に強固なものだった。


 そうして、色んな事がありながら様々な事件に巻き込まれた。


 フードの男の出現や、月夜の国での獣とハンターの襲撃。あの時のトラにはこう頼んだ。『彼にはあの子達を守る義務がある。だから、許してやってほしい』と。獣語に驚いたトラは攻撃をやめて僕と共に池に沈んだ。


 ナオトを守れたと思いきや、今度は大猿に襲われた。ここでまた事件は起こった。


 洞窟の奥へ後退指示が出たとき、僕は大猿を止めるべく獣語で話しかけようとしていた。そこへナオトがやって来た。獣語は使えない。そう判断し、一度後退しようとした。だが、一緒に逃げたはずのナオトが隣にいなかった。


 ナオトは外へ放り出されていた。人が水切りのように地面を跳ねているその姿を見て、咄嗟にイツキを呼んだ。




「イツキ、来い!」




 すぐさまイツキが動いた。


 大猿はナオトを踏み潰して殺そうとしていた。ナオトの意識は朦朧としている。今がチャンスだ。


 大猿の横顔に飛びついて、耳元で話しかけた。




『僕の友達を解放しろ。でないと、お前を殺す』




 大猿が僕の方へ向くと、大猿の瞳から荒々しいものが消えてなくなっていた。そして、僕は両眼でしっかりと見た。毛深い耳が徐々に姿形を変えていく瞬間を。




『お前、耳が……』

『――っ、なんだよ! どうして』




 全てを言い終わる前に、イツキの攻撃をもろに顎に食らった大猿は森の奥深くへと逃走していった。


 ハンターが現れたのと同時に隊と距離を置き、離れた場所で呼吸を整えた。




「あいつの耳、人のものに似ていた……。まさか……」




 大猿は重度だ。その重度が獣語に反応をみせた。しかも獣語は獣化を防げる――。


 まだ虫食いだらけではあるが、確かに今までにない脅威を感じていた。何かがおかしい、と。胸騒ぎは続き、そうして僕はまたフードの男に出会った。


 キトが助けてくれたけれど、1人で混乱しているフードの男のせいで胸騒ぎどころではなくなった。自分の目で、足で、確かめなければ――。もう情報だけに頼ってられない。


 僕は北闇を出た。


 ナオトと別れて、ラヅキと共に森を駆ける。東昇に近い場所に着くとラヅキは僕の身体へ戻った。




「キト」




 キトが姿を現した。




「これは珍しい。お前がこんなにも怯えているとはな。ナオトとの別れが堪えたか?」

「友達なんだ、辛くないと言えば嘘になる」

「だが、決めたんだろう?」

「ああ……」




 おそらくだが、全ては繋がっている。ラヅキ、土地神、重度、ナオト。そして、僕。それに加えて、止めどなく溢れてくる歯止めの利かない気持ち。


 ナオトと過ごす日常を取り戻したい――。




「僕は、この世界を残す」




 こうして僕は、深い深い闇へと足を踏み入れていった。

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