第17話・ラオの遺産
あれから平穏無事に1年を迎えた。僕が頼めば世界を壊せる――。そう知ってからは、ライマルとの関係は微妙になった。顔を合わせても会釈程度で、会話はまったくない。学校では空気だ。自分の視野に入れようとしない。トラガミは相変わらず宿主を守っている。
僕はというと、別れの挨拶とお礼を伝えるためにコモクの元を訪れている。きちんと椅子に腰掛けるタモンと違って、来た時と同じ姿勢で横になっているコモク。
「1年間、ご苦労だったね。西猛に手掛かりはあったかい?」
「ああ、大切なものを見つけることが出来た。本当に感謝する」
「私は住む場所を提供しただけさ。お礼を言う必要はないよ。とにかく、元気でやんな」
身軽な格好で荷物はなし。新たに手に入れた情報だけを頭に、僕は本日をもって北闇へ帰国する。
挨拶はすんだのに、足は地面にくっついたままだった。きっと、しこりを残したまま帰ることに納得がいっていないのだろう。
首を突っ込むべきではない。キトにも、闇に触れるなと注意された。だけど――。
「一つだけいいか?」
「言ってごらん」
コモクはわかっているような口ぶりであった。
「ラオという男はライマルの父親代わりみたいなものだろう? 親子同然の関係で、しかも元白帝に近しい存在だった。それなのにどうして監視だけで留めているんだ? 賊に狙われているらしいじゃないか」
「あんた達、やっぱり幻惑の森に足を踏み入れたんだね。ライマルがあの事を話すわけがないんだから」
コモクはライマルの気持ちに気づいていた。ラオを恨んでいること、ラオの席に自分がいることが許せないこと、友達を欲していること。
そして何より、〝例の子〟という言葉に執着しているのだと教えてくれた。
「当時、ラオ様の側近を務めていた私には、ラオ様がどれだけあの子を大切にしていたかがわかる。ラオ様は独り身で生涯を終えたけれど、あの子を実の息子のように思っていた。けれど、死んでしまった」
「病気か何かか?」
「ラオ様の身体は、あの日……」
ラオを死へ導いた原因に息が止まる。まさか、トラガミの雷のせいだったとは。
コモクは、ライマルに落雷しただとかいう情報は全て伏せて話してくれた、けれど、キトからすでに聞かされている僕にとって、その部分の穴埋めは簡単にできた。
小さなライマルの身体では雷の威力を吸収することはできず、分散された威力は群衆に降り注いだそうだ。その威力は大地を焦がすほどのもの。しかし、ラオが一身で防ぎ、人々を救ったのだという。
ライマルはトラガミに守られているからいい。だが、ラオは違う。トラガミの力は少しずつラオの身体を侵食していき、そうしてラオは死んだ。
「ラオ様は最期に、まずライマルを、そして国を私に託した」
「だが、監視は居心地の良いものではないぞ」
「そうだね。本当はね、一緒に住みたかったんだよ。けどね、私は言っただろう? 子どもの記憶力を舐めたらいけないよって。あの子は色々と覚えているのさ」
コモクは自傷気味に笑った。その理由を僕は知っている。
「……きっと一緒に住める。これで失礼する。いつかまた会おう」
「ああ、待ってるよ」
こうして西猛の国を後にし北闇の帰路についた。山吹神社まで来て、ここで振り返る。ライマルがこそこそと着いて来ているのだ。
「なんだ、まだ僕を殺したいのか?」
「……俺ってば、不安なんだ」
言いながら、隠れていたライマルが姿を現した。
「コモクの客だから信用できねぇって思ってたけど、今は別の意味で信用できなくなっちまった。……この世界、壊さないよな?」
声を小さくして、怯えた目つきで僕を見る。それを実行できるのは僕ではないというのに。
「俺は皆に毛嫌いされる存在だ。近寄るのも、触るのも、無理だって感じで。オチビもそうだってわかってるし、俺は殺そうとしたし、こんなこと頼むのはおかしいけどさ。でも、どれだけ嫌われても俺にはまだやりたい事があるんだ。だから……えっと……」
何を伝えたいのか自分でもよくわかっていないらしい。言葉に詰まり、黙ってしまった。
「お前は勘違いをしている。僕は別に触れられたくないとか、近寄るなだとか、そんなことは思っていない」
「嘘だ! オチビの家に初めて行ったとき、その手で触るなって言ったじゃねえか!」
「お前が言葉に敏感になっているだけだ、この愚か者。あれは鼻をほじった手を僕に向けたからだ」
ぽかんと口を開く。あの日を思い出したのか、徐々に頬は赤く染まって、視線が他所を向いた。
「殺そうとしちまったじゃねえかよ」
「照れながら言う台詞ではない」
「んだよ、俺達ってば友達になれるじゃん」
「人の話を聞いてくれ」
はあ……と息を吐く僕の元へライマルが歩み寄ってきた。そうして握手をされる。
「これからよろしくな、ユズキ」
初めて名前で呼ばれたからだろうか。面食らったどころか、頷いてしまったではないか。
「そ、それよりもだ。コモクとはちゃんと話した方が良いぞ」
「なんでだよ」
「お前は知らないだろうが、国よりも先に、ラオはコモクにお前を託したんだ。コモクと蘭はただお前を監視しているわけではない。お前が近寄らせないから仕方なくそうして守ってるんだ。それに、ラオは最期の最期までお前を想っていたそうだ。それを邪険に扱うのはどうだろう」
今度はライマルが驚いている。
ライマルは静かに僕を見送ってくれた。感極まって言葉もないという感じではあったが、これでいいだろう。なにせ、帰ったら面倒な事が待っている。僕の足取りはとても重かった。




