第16話・崩壊の始まり
聞きたいことは山ほどあった。あの後なぜ別世界で誕生したのか、一族とはなんなのか、母親はどうなったのか、ラヅキの力はなんなのか。だが、今は無理だ。
とりあえず家に帰ってきた。僕の横で未だに混乱しているライマル。その側でもの言いたげに僕の顔を黙って見つめるトラガミ。ラヅキは今、僕の身体の中にいる。
記憶を見た後、ラヅキは言った。契約を結んでいたおかげで僕を呼び戻す事に成功したのだと。そして、その理由はコウの言葉通りであった。
ジンキやトラガミを狙う集団がいる。土地神は他にも二体存在するそうだ。
ここで整理しておこう。
コウは言っていた。ラヅキは神に代わって頂点に君臨していた、と。僕の欠けた記憶からの情報によると、僕が生まれる前に戦争があったのは明かだ。人間はヤエを見て酷く怯えていた。そのヤエはラヅキの分身。ラヅキが産み出した仲間。
あの言い方だと、ラヅキには生命体を生み出す力がある。そんな膨大な力を持つラヅキと、僕の一族は戦った。代行とはいえ、神と人は戦争をしたのだ。だから集落の人間は一族怯えていたのだろう。
ここまでは冷静に考察できた。事の重大さを知ったのはその後だ。
神様代行のラヅキはいわば天秤の軸なんだそうだ。そして土地神は、バランスを保つために置かれた重り。トラガミは自ら憑依したので問題はないけれど、ジンキは違う。
ライマルは声を震わせながら沈黙を破った。
「まだ信じられねえよ。ジンキって奴が封印されちまったから冬が消えただなんて……。変な話しだなとは思ってたんだぜ? でもさ、学校で〝冬には北闇からの増援以来はない。また、冬の間は出入りが禁止され、季節に関する発言も同様に禁止としている〟って教えられてきたから……。そっちを信じちゃうって」
ただジンキが封印されただけで、これほどまでに世界を変えてしまう。
トラガミやキトと話している時に自我を取り戻してしまったライマルは、ついつい盗み聞きしてしまったのだ。白虎はいるは、鬼はいるはで、ずっと混乱している。もはやゲームどころではない。
「それにさ、あの黒い狼。ラヅキだっけか? あいつ、なんでオチビの中に入るんだよ。別に森の中を歩いていたって違和感はないだろ」
「大人の事情ってやつだ」
敵はジンキやトラガミの存在を知っている。となれば、ラヅキも狙われるかもしれない。それだけは絶対に阻止しなければとトラガミは危惧していた。
軸を失えば、この世界は崩壊する――。
ともかく、ラヅキの仲間は獣語を話せる者しか信用していない。僕が必要だったってわけだ。
それにしても、あの記憶。
「なに笑ってんだよ。気持ち悪いぞ、オチビ」
「なんだかな……」
正直、まだ他人事のような感覚だ。世界が崩壊すると言われても、ここに愛着などないし、これといった思い出もない。記憶だって、ねつ造された物かもしれない。
冬がない時点で嘘ではないと頭ではわかっていても、なんだかしっくりこない。だってそうだろう? 例えこの世界が崩壊するとしても、僕には関係のないことだ。
おそらくこの気持ちをトラガミは察している。視線でなにかを訴えかけている。
「ユズキ様、私達はこれまであなたの為にこの世界を存続させてきた。だが、もし関心が無いのなら、ラヅキ様に頼むといい」
「なにをだ?」
「世界を破壊してくれと、たった一言、それで全てが終わる」
「それでいいのか? ライマルが大切なんだろう?」
トラガミが目を伏せた。
「私は常にこう思っている。人間を滅ぼせ、罪を許すな……と。しかし、ラヅキ様はそうしない。誰よりも人を憎んでいるし、何よりもユズキ様がこの世界に戻って来たのに、行動に移す気配がまるでないのだ。だから、あなたが頼めば」「バカ言ってんじゃねえよ! このクソ猫!」
トラガミの声に被せて、ライマルが僕達の会話の間に入った。
幻覚に捕らわれた時の独り言と、キトが教えてくれた過去の記憶。こいつを動かす原動力となっているのが〝ラオ〟という男であり、前白帝の席にコモクが鎮座しているのが気に食わないという事はわかった。
コモクに対する態度の悪さは、コモクが蘭を使ってこいつを監視しているからだ。蘭に至っては、ライマルに気づかれてもお構いなしといった具合だ。
そしてもう一つ、ライマルが人を殺す理由。これはトラガミの意志だ。トラガミはライマルが賊に狙われていると話していた。おそらく、コモクも既知の情報だろう。被害は右肩上がりだと言っていたが、これは僕とライマルに関係を持たせないための、いわば予防線みたいなもの。
だとしたら、あいつのあの時の言葉は――。
蘭は、ライマルが1人殺したと教えてくれた時、「あなたじゃなくて良かった」と話を終わらせた。賊ではないとわかっているのに、だ。
ライマルはコモクを毛嫌いしているが、こいつはとんだ勘違いをしている。
「おい、ライマル」
「なんだよ」
「お前、愛されてるな」
「はあ? そんな話しをしてるんじゃない! 言っておくけど、世界を終わらせるとかダメだからな! 俺ってば、まだまだ片付けなきゃいけねえ事が山ほどあるんだから!」
激怒するライマルは荒々しく部屋を出て行った。すかさずトラガミが後を追う。
「……ラオだけじゃない。皆がお前を想ってる」
僕の独り言は静寂となった室内に吸い込まれていった。




