第15話・黒い狼
大きさはコウと同じ。姿形もコウに似ている。違うのは毛の色くらいだろうか。コウは黄色い毛に黒模様だが、こいつは――。
『白い毛に黒模様……。白虎か』
『そうだ。ユズキ様と同じ毛だ。私はこの毛並みを誇らしく思っている。それにしても、貴様は……』
左右に動きながらトラガミが見ているのはキトだった。
「おっと、やめておいた方がいい。頭の悪い猫ではないはずだ」
何をそんなに睨み合っているのだろうか。
『時間が無い。トラガミ、僕はラヅキに呼び戻されてここにいる。その本人の居場所を教えてくれ』
『いいだろう。だが、そいつはここに置いていけ。ラヅキ様に会わせるわけにはいかん』
『無理だ。すまないが、僕にはこの世界に住んでいた記憶が無い。信用できるのはキトだけなんだ』
『しかしっ……』
『お願いだ。コウから聞いたが、急を要するんだろう?』
喉を鳴らして、トラガミはキトにぐっと顔を寄せた。
『ユズキ様の信用など私には関係ないと言いたいところだが……。これだけは覚えておけ。私は貴様の存在を認めん。絶対にな』
「好きにしろ。興味がない」
濃霧の中を進みながら、トラガミはこう話してくれた。
言い伝え通り、身を隠し僕の帰りを待つだけの日々の中で、それは突然起こったという。忘れていた「恐怖」という感覚を刺激されるほどの悪寒に襲われ、それはよからぬ事が起こる前触れだとトラガミは思った。
眠りについているラヅキに一刻も早く知らさなければ――。だが、悪寒の正体は群衆に紛れ込んでいた。ただならぬ気配を身に纏う生き物が2匹、そこに隠れていた。トラガミはすぐに攻撃したが、気づいた相手は避けた。そして、ライマルに直撃する。
正体を見られ、トラガミはライマルに身を隠した。それからすぐにライマルを蘇生させ、守ってきたのだと言う。
『王家は私を引き抜こうと奮闘したが、どこに奴らが潜んでいるか……。この地を守るために、私は死ぬわけにはいかない。ライマルには申し訳ないがな……』
『言いにくいんだが、お前がいなければライマルは安全ではないのか?』
『いいや、この子にはこの子の事情がある。母親は世界中に名が知れるほどの有名人だ。この子を狙っている賊は今でも存在する』
言いながら、背中で眠るライマルを、居心地の良い陽だまりを見つけた鳥のような眼差しで見つめる。それはまるで、幸せだと言わんばかりだ。
『あまり手助けをしてやる事は出来んが、この子はとても強い子だ。私の力がなくとも生きていけるほどに。だがな、助けてやりたいのだ。あの頃のユズキ様と重なって見えてしまう』
『欠落した記憶の話しか』
『ユズキ様、その記憶がなんであれ、あなたは私達にこう教えてくれた。人間は強敵だ。しかし、一括りにしてはいけないのだと。記憶についてはラヅキ様に聞いてみるがいい』
トラガミが立ち止まった。
『さあ、答えを知るがいい。ラヅキ様はここにいる』
『これは……』
樹齢にして、1000年以上はあるだろう巨木が、生い茂る木々の中で逞しく成長している。どの木よりも枝が太く、葉を多く従え、緑が濃い。木々は巨木を守るかのように密集しており、濃霧はその姿を隠す役割を担っている。
ましてやここは幻惑の森。足を踏み入れた者はライマルみたいに魂を抜かれたかのようになってしまう。
トラガミとキトは少し離れた場所に移動した。
巨木に触れてみると、驚いた事に手の平に心音が伝わってきた。まるで生きているみたいだ。しかも温もりを感じる。
『ラヅキ……』
音を奏でるように、すらすらと口から出てきた。
すると、一帯が真っ白な世界へと様変わりした。濃霧も、木も、何もない。その中で黒い靄が揺れ動いていた。嫌でも目を引くそれに近寄ると、そいつはある生き物へ姿を変えた。
黒い狼だ。
『お前がラヅキだな』
僕と同じ黄金の瞳をした黒い狼。ラヅキは僕と同じ目線で静かに頷いた。
『捜すのに苦労したぞ』
『すまない。今となっては、我は器なしでは地を歩けないのだ』
『もっと大きいのを想像していた。いや、大きいけど』
『これは本来の姿ではない。力を抑えている。我には我の役目がある』
僕はなかなか本題を切り出せないでいた。――欠けた記憶についてだ。
コウやトラガミの話しを流れるように聞いてきたのは、僕に実感がないからだった。深くは問わず、情報を得るだけに留めてきた。だからといって興味がないわけではない。
突如として生まれた穴は、ずっと気持ちが悪くて仕方がなかった。
『……この世界にいた記憶は、お前が呼び戻した理由に繋がるか?』
『必要なのは信頼だろう。我だけなく、土地神やコウを信用するにあたって大切な記憶だ。そこに全て映し出されている。もし無条件に信じてくれるのならば、見る必要はない。しかし、そうはいかないのだろう?』
『ああ、すまない』
『別にいい。お前に記憶がないのは人間のせいなのだ。……あまりにも惨いぞ。それでも見るか?』
意を決して頷いた。
ラヅキの遠吠えと同時に白い空間に色味が帯びていく。




