第13話・友達
「ライマル、しっかりしろ……」
ライマルは木に向かって独り言を呟いている。
最初に見つけたときはうずくまっていて、自分の指先を擦り合わせるという奇妙な動きをしていた。その手を握っても無反応であった。ふと指先を見ると、10本ともに怪我の痕が薄らと残っているのが確認できた。
どうやったら全部の指を、しかも第1関節の部分だけ怪我するのだろうか? 方法はいくらでも考えられるが、どれも生唾が出るほどに痛そうだ。とその時、ライマルの顔が勢いよくこちらに向いた。驚いて手を離した。ライマルは生気の感じられない瞳でいて、こう言った。
「人間を滅ぼせ、罪を許すな」
しゃがれた声で、別人のように感じた。直後、こいつは木に向いて聞こえないくらいの声で独り言を呟き続けている。しかも、引っ張っても足がくっついたみたいにこの場所から動かないときた。
無風で、物音一つしないのだから、僕の目にはライマルの姿がとんでもなく気味が悪いように映っている。
そうした中で、僕が動けない理由があった。初めは、ライマルを残して助けを呼びに戻ろうかと思った。しかし、あまりの濃霧にどこへ向かえば正解なのかわからないのだ。ライマルを見失えば元も子もない。
それでいて、ここは森の奥深い場所であるらしく、人間や混血者のニオイが鼻先をかすりもしない。
そもそも、立入禁止区域なのだ。人は先ず近寄りすらしない。つまりは――。
「独擅場ってわけだな。これは好都合だ」
幻惑の森について気になる点はいくつかあるけれど、今は放っておこう。
この世界に飛ばされておよそ2年と半年。ようやく、僕の友達を呼べる場所を発見した。
北闇は360度を監視員が囲っている。外敵から身を守るため? 僕からすれば刑務所のような場所だ。それに、迷界の森にはコウとアマヨメがいる。出没自在のキョウスケも忘れてはいけないだろう。
何が言いたいかというと、僕の友達は人に見られてはいけないのだ。
北闇では色んな意味で監視の目が多かった。だが、この場所なら――。
会うのは久しぶりだ。いや、さっき記憶の中で会ったか。まあ、いい。
「…………キト、来い」
友達の名前を口にすると、僕を中心に佇んでいた濃霧がゆっくりと渦を巻いて動き始めた。そうして音もなく現れる。
「ようやくか。長かったな」
僕よりも遙かに身長の高い〝生き物〟を、顔を上げて目にした。
薄灰色をした血色の悪い肌に生える、血を吸ったかのように赤い着物。頭部には二本の角がある。
キトは、着物と同じ赤い瞳で僕を捉えて、からんころんとゲタを鳴らしながら歩み寄ってきた。
説明は必要ないだろう。僕の友達は人間ではない。俗にいう〝鬼〟だ。特殊な鬼だが。
「あまりにも暇で、この世界を二度も散策する羽目になった」
「呼べなかった理由を説明しなくとも、見てたんだろう?」
「ああ、しっかりと。それで、どうするつもりだ?」
ライマルを横目にしながら、キトは今度について問うてきた。しかし、僕としては無駄な時間は省いてしまいたい。
「お前が見てなかった部分は僕の記憶で確認したらいい」
「お前、そろそろコミュニケーションを取った方がいいぞ」
呆れた、とため息をついて、キトは自分の人差し指を僕の額に突っ込んだ。痛みはない。
こいつについての諸々の詳細はさておき、キトには他人の記憶を覗き見る能力がある。何千年分とある僕の記憶を、こいつは全て把握しているわけだ。
「コミュニケーションの前に、僕はプライバシーを主張したいところだ」
「何を今更……。よし、いいぞ。目的はわかった。この土地の守り神を捜せばいいんだな」
「ああ。だけど、半年たっても気配すら感じないんだ。野外訓練で国内を回っても結果は同じ……。いったいどこに隠れてるんだか……」
このままだとラヅキに辿り着かない。
「とりあえず、あの小僧は西猛の者だろう? 奴の記憶から手掛かりがないか探ってみよう」
「年齢は確か14歳だったはずだ。14年分の記憶しかないぞ。いけるのか?」
「見てからのお楽しみだ」
こいつにとって記憶というのはご馳走だ。以前、恐ろしい顔でこう言われたことがある。「不幸万歳」と。僕が返した言葉は「だろうな」、の一言だ。
きっと、ライマルの記憶は好物に違いない。
僕の時と同様、ライマルの額に指を突っ込んで、まるで味を噛み締めるように目を閉じながら微笑する。指を抜くと、腹を抱えて笑い出した。
「灯台もと暗しとはこのことだな。ユズキ、探し物を見つけたぞ」
「2つあるんだが、どっちだ?」
「土地神の方だ。確か、お前が世話になってるのはイツキとかいう奴だったな。それに似ている」
「――っ、封印されてるのか!?」
「いいや、これは憑依だ。どうやら選ばれたらしい」
コモクがなぜもう一つの場所を立入禁止区域としたのか、その理由を知る事となった。




