【逸話】ライマル
「よお、小僧。俺と一緒にもう少し生きてみないか?」
手渡された水は、世界で一番美味しい水だった。
くっついていた喉の肉はゆっくりと隙間を作り、冷たい痕跡を残しながら胃に流れていく。その瞬間、生きているんだと、生きていたいんだとわかった。死にたくないと、心の底からそう思った。
痛みを忘れていた俺の体は感覚を取り戻し、指先に集中して激痛が走る。
泣いた。
声はでなかったけど、涙は滝のように溢れてきた。
「その傷……。そうか、お前か。王家から逃げたってのは。名前はなんていうんだ?」
枝を拾い、地面に名前を書く。誰に教えてもらったかは覚えていないけど、1枚の写真みたいに頭に焼きついていた文字。
「――っ、ライマルか……。俺の名前はラオだ。着いてこい」
歩けなかった。おぶられた俺は、大きくて暖かい背中と上下に揺れる一定した波にまた泣いてしまった。
やがて、どこかに到着した。
「……ラオ様!? お一人で出歩かれるなど何を考えて……。とにかく、中へお入り下さい」
「ここでいい。それよりもタモンに伝えるんだ。〝例の子〟を発見した……と。それだけ言えばわかる」
「しょ、承知いたしました」
しばらくして、知らない人が2人やって来た。1人は額に黒い点がある人で、もう1人は怖いお面をつけた人。
3人で何かを話した後、お面の人が俺を抱きしめて「強くなれ」って言った。
――今から、10年前の話だ。
◆◆◆◆◆
「例の子」ってなに? って、しつこく聞いてきた。そのたびに、ラオは「俺と生きてくれたら教えてやる」って、眩しいくらいの笑顔でそう答えるんだ。
だけど、全部嘘だったんだ。
ラオの身体は冷たくて、箱の中で眠っていた。
「ラオが死んだなんて嘘だ!! 俺と一緒に生きてみないかって言ったのに!!」
「そりゃそうだろうよ。お前がいれば、何かあった時に王家と取り引きできるからな。厄介ではあるが、都合の良い存在ってことさ」
「そんなこと……言うなよ……。なんでそんな酷いこと言うんだよ!!」
「事実だからだ。まあ、お前もすぐにラオ様に会える。この俺が王家にチクってやるからな」
嘘つき――。
オレノ存在ハ消エナイ。
もうあんな思いはしたくない。
体が熱い。
「なんだ、これ…」
目から流れる何か。なんで目からこんなモノが流れてるんだろう。
「止まれ、そして二度と流れるな」
ほら、止まった。
「帰ろう……。どこに?」
オレノ居場所ハドコ?
「まぁいいや…」
ミンナ死ネバイイ。
❖
また、この夢。
毎日のように見る夢。
消し去りたい過去。
俺を苦しめるあいつ。
死んでも俺の事が好きらしい。
バカだな、死んでしまったら取り引きなんてできさないのに。
また何も感じなくなった俺の体は、何かを求めるかのように外へ出ようとする。
「今日は誰かな」
うっすらと笑みが浮かんだのは、心臓の鼓動が激しくなってきたからだ。次は体に電気が帯びる。そして、聞こえてくる声。
――人間を滅ぼせ。罪を許すな――
準備は整った。
さぁ、血を見に行こう。
いつもと変わらない毎日。
そのはずだった。
国の頂上で、絶壁から足を放り投げて座っていると、「チリン……」と鈴のような音が風に運ばれてきた。
幻聴だとわかっていたのに、無意識に歩みは正門へと向かっていた。見たことのない女の子がいた。その子を見た瞬間、胸の奥が騒がしくなった。いつもの衝動とは違う、わくわくしたような感じだ。
この子なら、皆と同じように普通に接して過ごせるかもしれない。そう思った。だけど、コモクの客だった。
ラオの席に居座る胸くそ悪い女の客だなんて。
声は聞こえてこない。ダメなのか? どうしてこいつの時だけ何も言わないんだ?
自分の胸に手を当てて尋ねてみるも、声は答えなかった。だから、自分で確かめに行った。女の子は周りと同じだった。
俺は生まれて初めて、自分で獲物を見つけた。




