第12話・記憶
「ねぇ、ユズキったら。お母さんの話聞いてる?」
「聞いてるよ。なんで話せるか、でしょ?」
「そっ。動物に声をかけるだけならまだしも、あなたはその動物と喋れる。どうして教えてくれなかったの?」
「それは……」
嫌われるからだ。気味が悪いと恐れられ、世界によっては魔女だと呼ばれる。またある世界では見せ物小屋に連れていかれ、そして数々の世界で家族を壊してきた。この人もきっと壊れてしまう。
「今回」の母親は、体を病に蝕まれている。
本人は至って健康な振りをしているが、日に日に痩せていき、僕に隠れて体の痛みと闘っているのもわかっていた。
だが、そんなことはどうでもよかったんだ。早かれ遅かれ、生き物はいずれ死を迎える。どこの世界でも崇められていた、神様とやらもそうだろう。とにかく、みんな死ぬんだ。
何も答えない僕に、母親は頼もしそうにこう言った。
「スゴいじゃない!!」
「え?」
「まさか、私の家系に能力者が産まれるなんてねぇ。さすが、私の子って感じだわ! 神様は見てらっしゃるのねぇ」
彼女はとても嬉しそうに笑っていた。
「なんで……笑うの?」
「周りと違うことがそんなに怖い? 別に悪いことじゃないでしょう? それはあなたの個性で、あなたにしかない力。誇りに思いなさい。それでね? 頼みがあるんだけど」
それからというもの、母親は自分の目の前で話すように頼んできた。その光景を見ては、何が楽しいのか目を輝かせて、これでもかと僕を誉めたあげくに神に感謝している。狼尖刀をお披露目した日には、「畑仕事が楽になるわね」と冗談を言ってくれたほどだ。いつしか、当たり前の日常となっていた。
「ごめんなさい……」
夕飯を食べながら、無意識に口から出た言葉だった。今思えば、母親の体調を一度も気にしたことがなかったことへの謝罪の言葉だったのかもしれない。
「なによぉ、そんな怖い顔しちゃって」
自分の母親を初めて真っ直ぐに見た僕は、強く胸を打たれた。
痩せ細った体に、酷く傷ついている両手。その手で掻き上げる髪は綺麗で、とても病を抱える身だとは思えないほどに逞しく見える。これが母親なんだと、そう思った。
「ごめんなさいっ……」
少しだけ愛される意味がわかったような、そんな気がしたんだ。だけど、生死を繰り返しながら長く生きすぎた僕は、「寿命」がどんなものかを知らなかった。生と死の仕組みを理解しているだけで、この人が長く生きられないと気づくことができなかったのだ。
「どう?美味しい?」
「いつもそう思ってる」
「本当!? 何も言わないから、口に合わないんじゃないかって不安だったけど。なぁんだ、よかった」
久しぶりに人間に気を許し始めていた僕は、この時の母親が笑えていなかったことにさえ気づかなかった。
それから、少しして。僕の体におかしな事が起こり始めた。真っ直ぐ歩いているつもりが斜めに向かっていたり、急に体の力が抜けたり。視界がボヤけたと思えば、耳鳴りがしたり。
「さぁ、食べなさい。ちゃんと食べなきゃ治るものも治らないわよ?」
「うん……」
「大丈夫、あなたを独りにはしないわ。ずっと側にいるからね」
医者が来たときは、遺伝性はないと話していたのに。母親の介抱も虚しく、日に日に体調は悪くなっていった。
そして、母親の留守中、ついに倒れてしまった。這いつくばるように台所に向かった。
「何か……口にいれなきゃ……」
食べなきゃ、治るものも治らない。母親の言葉が僕の背中を押していた。
そんな時だった。
呼んでもいないのに、僕の友達が現れてこう言ったのだ。
「もういいだろう。死にたがりのお前が、なぜ生きようとする。そのまま死ねば楽になれるだろうに」
「あの人は……重い病気にかかってるんだ……。それなのに僕が死んだらっ……」
「珍しいことが起きたものだ。人間の心配をするなんてな」
何度か倒れた時、母親は言ってくれた。
「絶対に僕を独りにしないって……。こんな僕のために必死に生きようとしてくれてるんだ……」
テーブルの上に用意されている夕飯。スープが注がれた皿を手に取った友達は、黙ってそれを目の前に置いた。
「飲め」
「ありがとう」
皿に顔を突っ込んで、溺れるようにしながら必死に口の中へ入れた。黙って見ていた友達が静かに消えたのは、母親が帰ってきたからだろう。息を切らして、肩で呼吸をしている。
「――っ、ユズキ!?」
「お帰り……」
スープまみれの僕の顔を見て、母親は絶叫した。
「あっ……あぁぁぁ……あぁぁぁあ!! 神様っ、どうかこの子をお助けくださいっ!! 私の命を差し上げますから、どうかっ……」
何が起きたのだろうか。夕飯が盛られていた皿を投げ、僕の口に指を突っ込んだ母親は無理矢理吐かせようとした。
「ごめんねぇっ……、ごめんねぇっ……」
涙と鼻水でグチャグチャになった母親の顔は見れたものではない。すると、今度は医者がやって来た。
僕の顔を見て青ざめ、手に持っていた医療バックを床に落とす。
「まさかっ……あんたっ……。子どもにあの薬を飲ませたのか!?」
「独りには出来なかったのよ! この子を独りになんてっ……。一緒に天国にいこうと思ったの!!」
「なんて愚かなことをっ……」
次第に体が痙攣し始め、口から何かが溢れでてきた。スープではなかった。
「そんな目で見ないでっ。ユズキ、しっかりして!! ユズキ!!」
「きら……い……だ……。嫌い……だ……。お前なんて……」
大嫌いだ――。
次の世界へ転生した時、友達がすべてを話してくれた。
どんな薬を飲もうとも一向に回復に向かわなかった母親は、僕と共に死ぬ道を選んだ。夕飯に自分の薬を混ぜ、毎夜それを食べさせていたのだ。その薬はとても効力が強いもので、子どもが口にすれば死に至るという。
しかし、急に薬が効き始めてしまった。
診察に出向いていた母親は、それを聞いて飛んで帰ってきたのだ。
だが、遅かった。
あの後、母親がどうなったかは知らない。
生きているのか、死んでいるのか。それはどうでもいいことだ。
「なあ、ユズキ。神とやらは、なぜ死んだんだろうな」
「そんなものに興味があるのか?」
「ただ、なんとなくそう思っただけだ。お前はどう思う?」
「多くの人間が頼ったせい、だったりしてな」
「ならば、神こそ不治の病だ」
今でも頼られているのだから。
そう言って、友達は突然離れていってしまった。
「――っ、おい!! どこに行くんだ!?」
「戻ってこい」
「離れてるのはお前じゃないか!!」
「戻ってこい」
「置いて行くな!!」
「戻ってこい」
本日二度目、僕はまた肺を満たした酸素で目を覚ました。辺りにはいつの間にか霧が発生しており、その中で横たわっていたようだ。
ライマルはどこへ行ったのだろうか。




