第7話・出発の日
「今、なんて言った?」
「今日、この国を出ると言ったんだ。問題があるか?」
「大ありだ。このクソガキめ」
「どうせイツキのことだろう、この愚か者」
隆起する黒点を撫でながら、椅子に深くもたれ掛かり、僕の顔に届きそうな盛大なため息を吐くのはタモンだ。
西猛の国へ行くのはタイミングを見計らってからと思っていたのだが、予想以上にイツキによるお世話という名の監視が酷く、かれこれ1年も無駄にした。喜ばしくないけれど、最近になってイツキの仕事が忙しさを増し、ようやく解放されたのだ。
イツキは今、長期任務に就いている。
「当たり前じゃねえか。お前がいなくなったと知れるのも時間の問題。その後は? 言っておくが、俺の力じゃ暴走を抑えるのは無理だ。だから行かせねえっつってんだ」
「何度も言わせるな。僕はあいつの親ではない。暴走がなんだ、僕には関係ないだろう」
「それが家まで用意した俺に対する恩か?」
「頼んでいない」
「このっ、クソガキ!」
「黙れ、愚か者。全てはお前が勝手にやったことだ」
「あいつはお前にだけ信頼を寄せているんだ! いわば、イツキの安定剤なんだぞ!? わかっているだろう!」
迷界の森で得た情報を説明できればどれだけ楽に事が進むだろう。獣と妖が討伐対象でなければ協力を仰いだのに。
この男はイツキを大切に想っている。イツキが解放されるなら、いくらでも手を貸してくれたはずだ。
「親を捜したいんだ。何も情報はないんだろう?」
「今のところはな」
「もう2年だぞ。そろそろ自分で捜す」
「たった10歳のガキに何が出来る。死ぬだけだ」
「僕の体質は把握済みだろう? そう簡単に死にはしない。わかっているくせに、引き留めようとするな」
意地でも行くと伝わったのか、両腕を組んで、諦めの色を見せた。
「んで、手始めにどこへ行く気だ?」
「西猛の国だ」
「お前が発見されたのは真反対だぞ? 行くなら東昇がいいんじゃねえか?」
そうきたか。
「微かにだが、思い出したんだ。僕はその国に行ったことがある。多分、旅行かなんかだと思うんだが……。行ってみないことにはわからん」
「なるほど。それで、期間は?」
「決まっていない。何か引っ掛かりを感じたらしばらく残るつもりだ」
タモンは引き出しに手をかけて、その中から用紙を一枚取り出した。手際よく何かを書いていき、封の中に収める。それから印鑑を押して僕に手渡した。
「これを西猛の国の白帝に渡せ。すまないが、お前を白帝の監視下に置かせてもらう。何かあれば、すぐに俺へ連絡がくる」
「そこまでして疑っているのか」
「そうじゃない。これは安全策の一つだ。必ず生かして帰すよう、玄帝直々の依頼書ってところだ。お前の生活は全て保証される。まあ、監視付きだがな。それでもいいというのなら、行って来い」
もっと時間がかかると踏んでいたのに、やけに話の進みが早い。裏に何かありそうだが、動けるのならばタモンの案を受け入れるしかないだろう。
その後、イツキには正直に親を捜すために国を出たと説明する、という事で話はまとまった。必ず戻ってくるとの点も忘れずに。ラヅキを見つけ出したら、迷界の森に寄らなければいけないんだ。僕が戻らないという事はあり得ない。
「しかしまあ、どうしてお前なんだろうな」
北闇を出発した時から隣を歩いている男は、心外だと言わんばかりに地面に跪いた。なんて大袈裟なリアクションだ。無視しよう。
「ちょっとユズキちゃん! 気づいているくせにそれはないでしょ!」
「ああ、いたのか。帰ってくれ」
「見送るよ」
人の話を聞かないこの男は、赤坂キョウスケだ。鍛錬場にいた時からそうだが、何かと話しかけてくる面倒な男である。どれだけ冷たくあしらおうとも諦めない、屈強な精神の持ち主ともいえるだろう。それはともかく、おそらく混血者だ。こいつからは動物のニオイがする。
ここ最近、僕の周りには混血者が常に彷徨いており、入れ替わりで行動を監視しているかのようだった。北闇内では特にする事もなかったため、目立った動きはしていないけれど、今度は注意する必要があるだろう。
「あ、山吹神社だ。帰りに祈願でもしようかな」
「彼女ができますように、これで決まりだな」
「切ない片思いをしている男に、なんて毒を吐くかねぇ、この子は」
「それはすまなかったな」
「ユズキちゃんが無事に帰ってきますようにって、お願いしとくよ」
そう言って、神社を過ぎた辺りでキョウスケは立ち止まった。
「この道を行けば西猛の国に着くから。寄り道しないで行くんだよ」
「ありがとう。じゃあ、また」
「ちょっと待って! ストップ!」
やはり、この男は出鼻をくじきに来たに違いない。
「なんだ? 早く行きたいんだが」
「なんかこう、妹を手放すって感じ? 寂しいよ、俺」
「……じゃあ、また」
こうして、僕は西猛の国へ向けて出発したのだった。




