【逸話】不穏分子
【執務室】
扉が閉まったのと同時にタモンは息を殺して笑った。ユズキだけが情報収集していたのではない。この男もそうだった。
束の間、扉が叩かれた。
「入れ」
訪れたのは赤坂キョウスケという男だ。後に赤坂班率いる隊長となる男である。キョウスケは、動物の面と顔半分を隠している手拭いを外した。
「彼女、見張るまでもなくイツキと共に鍛錬場へ戻りましたよ。ただ、やりにくいですね」
「だろうな。この俺ですら、用件がイツキの事でなければ感情を誤魔化しきれなかった。まさか、ニオイや気配がないとは……。まるで幽霊だ」
「ですね。様子を見に行った隊員から報告を受ける予定が、ことごとくイツキに潰されちゃいました。なんだか彼女を守ってるみたいでして」
「ほお……」
感心したかのように息を漏らす。イツキには防衛本能がなかった。とにかく手当たり次第なのだ。それを人は暴走状態と呼んだ。
彼女なら押さえ込めるかもしれない――、そう思い至ったところで、真率な表情を張る。
「名をユズキというそうだ。本人曰く、名前以外の記憶がないらしい。この国の者ではないってことだけはわかっているようだが……。どうも賢いガキだ」
「らしくないですよ、タモン様。考えすぎです」
「初めからお前に託しておけばよかったと後悔している。まさか、イツキが暴力を振るわれていたとはな……。俺の判断ミスだ。そのせいで得体の知れないガキにイツキの心を奪われてしまった」
「多忙な身です。2人のことは今後俺に任せてくれませんか? タモン様は、ほら……」
その先の言葉に詰まるキョウスケ。困ったように眉を下げている。タモンは頷いて返事をした。
「ったく、走流野家と同時進行か。面倒な事が次から次に転がり込んでくる」
「ヘタロウさんの捜索に何か進展があればいいんですけどね」
「そうでないとな。セメルのガキはいつまでたっても堂々と歩けん」
我が生まれ故郷なのに――と、顔を曇らせる。イツキの事が過ぎったのだ。
「あのガキに言われた。理由を知らず、己を化け物だと信じ込んでいるイツキに、頭っから化け物を否定するなと。イツキを否定したも同じだってな。この俺が説教をされた」
「それはっ……」
またキョウスケは言葉に詰まった。タモンが硬く口を閉ざす理由をわかっているからだ。
あの日、起きてしまったおぞましい事件を説明するには、イツキはまだ幼すぎる。かといって嘘を話すわけにもいかない。難しいところなのだ。
しかし、タモンが気になったのはそこではない。
「変だと思わないか? 年齢はイツキと同じで8歳ってところだろう。そんなガキがつらつらとあんな台詞を吐きやがった。ただ賢いだけなのか、それとも……」
「なんだか気味が悪いですね。……わかりました。彼女について調査します」
「いや、それは他に任せる。お前は徹底して監視にあたれ。いいか、この国の不穏分子となりうる存在であるならば、その時は迷うな」
「御意」
こうして、タモンとユズキの奇妙な関係が幕を開けたのだった。




