第2話・初めまして、愚か者
とりあえず、目の前にある物から片付けていこう。
イツキが殺意を抱くほどに嫌う存在。それは闇影隊という組織だ。遠くに放り投げたあの服は、やはり戦闘服であった。それから、イツキが殺した者。イツキが言うには「おにぎりをくれたおじさん」らしい。
仲間が戻ってこない事から不審に思った闇影隊が何人かここへ訪れた。その度にイツキは黒い物体の中へ閉じ込めてしまった。僕の声に反応して途中で解放する時もあれば、全く聞く耳を持たない時もある。
そのおかげと言ってはなんだが、箱の中にいる者達は様々な情報を僕に与えてくれた。
そうして、ここ〝北闇の国〟のボスに会いに来たわけだ。
木の香りで満たされたこの部屋に来て数十分。胸の奥まで清々しくなるような部屋の空気に包まれながら、男の額にある二つの黒点をジッと見つめる。男は僕を上から下まで舐めるように観察し、僕という存在を確かめようとしていた。この男は答えを欲しがっていた。
「お前は何者だ……」
猛火のごとく赤い髪を掻きむしり、目を細める。自分と違う存在を受け入れるのは難しいようで、考えることを放棄しようとしていた。
「僕に聞くな。言っておくが、望んでこの国にいるわけではない。イツキの扱いについて納得がいったらすぐに出て行く」
いまだに僕の存在を確かめるこの男――タモンは、僕の背後にいるイツキを見て深く息を吐き出した。
「で、何が聞きたい」
「単刀直入にいこう。化け物とはなんだ?」
両手を強く机に叩きつけながら椅子から立ち上がり、痛いほどの殺気を放るタモン。何か知っているらしい。しかし、口を開かないのは、イツキの前では話せないということだろう。
「先に言っておくが、僕にそれは通用しない。黙らせたいのなら、殺せ」
「やだっ! 俺達は特別なんだよ!? それにユズキがいなくなったら、また……」
殴られちゃう、そう言ったイツキの声は今にも消えてしまいそうで。誰にも話していなかったようだ。
暴力と耳にして眉をしかめたタモンであったが、それよりも反応を見せたのは「特別」という言葉だった。
「暴力については後で聞く。特別とはなんだ」
「化け物……」
「奴が特別だと!? あいつは特別なんかじゃねえぞ! その名を二度と口にするな!」
この言い方だと化け物とやらは存在するようだ。そしてそれは、こいつが肩で息をするほどに恐れる者らしい。
「どうして俺はみんなから化け物って呼ばれるの? 俺は化け物なの?」
「違う! あいつはっ……」
目に涙を浮かべタモンを睨みつけたイツキは、悔しさからなのか怒りなのか、さらに強くズボンを握りしめた。
「何か隠してるの?」
「話せないんだ」
「――っ、もう何も聞かない! ユズキが俺の家にいてくれるから何もいらないっ」
「馬鹿なことを言うな! 身元もわからん奴だぞ!?」
タモンに背中を向けたのは、これ以上話すつもりがないからだろう。ただのあだ名ならよかったのに、最悪な結果だ。
「もう少し詳しい話をするから、お前は外で待っていろ」
イツキがいなくなり、タモンはしばらく沈黙した。無視だ。さて、本題に入ろう。
「あいつの話を聞いてわかっただろう? 薄々気づいているのに、なぜ話してあげないんだ」
「話せないと言ったはずだ。話したところでイツキの心に傷を負わせるだけだ」
「あいつはもう十分に傷ついた」
イツキに襲われた隊員達の中に本人に謝罪する者もいれば、怨みつらみを吐く者もいた。イツキは耳を塞いでいたけど、あれは幻覚ではなく現実だと思い知った。そうして、今までイツキがどういった環境で育ってきたのかを学んだ。
聞けば、年齢は8歳。この年にして地獄を見すぎた。
「傷つくから……か。それは己の立場を正当化しただけだろう」
「正当化だと!? ふざけるな!!」
「理由がそれだけならそう思われても仕方がない。あいつは化け物と呼ばれる理由を知らないんだぞ? それなのに、化け物を否定されては、イツキの存在そのものを否定したも同じじゃないか」
「イツキとあいつを一緒にするな!! あいつはあいつだ!!」
「なぜそれを本人に言ってあげなかったんだ」
「話せないと言っているだろう……」
「だな。僕はこの国の者ではないし、事情を知らないからこれ以上化け物については何も問わないでおこう。だが、もっと言い方があったはずだ」
もう少し待ってくれ、と。時間がほしい、と。ただそれだけで違ったはずなのに、話も聞かずに頭から否定されては、自分は化け物だと思い込んでいるイツキはどうなる。
自分の事を否定されたのだと傷つき、余計に殻に閉じこもってしまうだけだ。
「それに、国のトップだというのに暴力について何も知らないときた。名ばかりだな、お前は」
「そんな報告はなかった」
「ならば、その任された者もあいつのことが心底嫌いなんだろう。別に責めているわけじゃないんだ。お前はこの国のトップでありながら隊を束ねる者だと聞いた。そんな立場にいる者が、四六時中イツキの世話を見るのは不可能だとわかっている」
でも、そこじゃないんだ。あいつは、暴力のことを気にしてほしかったんじゃない。
「ただ知りたかっただけなんだ。自分は化け物なのか、そうじゃないのか」
「なぜそんなことを気にする。どう見ても化け物じゃないというのに……」
「それはあくまでお前の目線だ。まだ幼いイツキには通用しない。一つ教えてやろう。イツキは自分の名前すらわかっていなかった。僕が名前を尋ねたとき、あいつは化け物だと答えた」
ともかく、これで情報収集は終わりだ。
化け物が関わっているからあの空間に閉じ込めているのだろう。しかも、この建物の真下だ。イツキとのやり取りからみても、タモンなりにイツキを守っていることがわかる。こいつはイツキの敵ではない。ごく一部が目の敵にしているのだろう。
「僕はこれで失礼する」
扉に手をかけた、その時だ。
「待て」
振り返ると、タモンはここに訪れたときと同様に目を細めていた。
「イツキはまだ幼いと言ったな。では、お前はなんだ? 聞くまでもないか。挨拶もなしに入り込んできたガキってところだ」
そう言って、口の端を吊り上げる。やられた――。
「……初めまして、愚か者。自分の名前以外、記憶がすっ飛んでいる。申し訳ないが後は調べてくれ」
まあ、何も出てきやしないだろう。




