最終話・手紙
朝、ツキヒメが真っ黒な手料理を振る舞ってくれた。腹一杯に詰め込んで、青島隊長とカケハシが待つ部屋を訪れた。
手紙のことだ――と、俺とイツキは顔を見合わせる。暢気に欠伸をするイオリは相変わらず緊張感がなかった。
それにしても、なんて重たい空気だろうか。叱られるわけでもないのに、萎縮してしまい、恐る恐る上目遣いで2人の様子を伺ってしまう。それくらい居心地が悪い。
意を決したように口を開いたのは青島隊長であった。
「お前達が生まれる前まで、この世は明快であった。ハンターと獣は肉を喰らい、妖は魂を奪う。世界の頂点に王家が君臨し、四大国には闇影隊いて、混血者は世界中で暮らしている。実にわかりやすい仕組みだ。それが狂い始めたのはある事件がきっかけだった。重度の出現だ」
数十年前に発見されたという重度。そいつは削がれた肉塊だけを残して逃亡した。しかし――。
「王家は大々的に公表したが、私にはずっと疑念が残っていた。それは重度の発見は一度きりだったのか、というものだ。ここ最近の情報でいえば、重度は近い場所で複数確認されている。つまり、あの時も今のように同時に動き出したのではないか……。だが、確かめようがない」
北闇から南光までは徒歩で5日かかるらしく、真相を探る手段がなかったそうだ。
そこで、青島隊長は山吹神社事件を数十年前の事件と置き換え、王家をよく出入りするカケハシに王家内の調査を頼むことにした。カケハシは半信半疑のまま引き受けた。
「ここからは私が話そう。この話を青島さんから聞かされた時、にわかには信じ難い内容であったが、山吹神社事件は今も謎が残る大事件だ。少しでも解決の糸口がと見つかるならと、予定にはなかったが、直近に行われた人体強化実験の様子を視察する事にしたのだ」
記憶の糸をたぐるかのように、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「拒絶反応が出た者は悲惨な死を遂げる……。オウガ様は小さくそう呟き、とても悲しんでおられた。きっと最初の実験を思い出したのだろう。言葉通り、城の隅々に参加者の叫びがこだました。あまりにも惨い姿に彼らはすぐ別室へと移されていた」
気分が悪い――、そう言ってその場を離れた。行動に出たのだ。人目を避けながら城内を探り、そうして一つの鉄製の扉に辿り着いた。壁ではなく、廊下に設置された奇妙な扉だったそうだ。
中へ入ると一寸先も見えない暗闇がそこにあった。松明を片手に、長い階段を壁伝いに降りて少し先へ行くと、曲がった所でようやく光に辿り着いた。
「おかしなことに、地下に老朽化した家畜を飼育する納屋があった。王家の住む城は歴史が古く、何度も改築されているが、それでもあの場所に納屋があるのはあり得ない。なぜなら、城は山の頂にあり、構造から考えると納屋は山の中腹付近にある事になるからだ」
カケハシは納屋をくまなく調査した。ここで、明らかに不審な箇所を発見する。
「古びた板張りの中に粗末に打ちつけられた新しい板張りがあった。釘は錆びていて板は浮いている状態だ。慎重に剥がし、そして壁を見た。……驚いたよ」
そこには大きな穴が空いており、さらに奥へと続いていた。覗くと、拷問器具や医療・実験器具や資料などが置かれたままとなっていた。これだけならまだしも、猛獣が暴れたような跡がそこら中にあったという。それも一匹ではない。素人の目でもわかるほど、色んな生き物が暴れた跡だったそうだ。
身の毛もよだつ光景に慌てて地下を出た。そうして、ある資料を盗んできた。懐から薄汚れた用紙を取り出したカケハシは、なぜかそれを俺に手渡した。目を通すまでもなく読めたものではない。
「あの、内容が全く理解出来ないのですが……」
「内容ではない。最後の文だ」
【以上を、走流野家と重度に関する見解・報告とする。――北・天】
「どうして走流野家の」「ちょっとそれ見せて!!」
俺の声にかぶせながら用紙を奪い取ったイツキ。たった一文なのに、穴が空くんじゃないかってくらいに食い入るように何度も読み返している。
「ビビっちまったじゃねえかよ。んだよ」
イオリが胸に手を当てながら後ろから覗き込んだ。
「この署名だよ。北・天って書いてあるでしょ? これって略されてる」
「正式にはなんて書いてんだ?」
「北闇・天。天はコードネームだ。精鋭部隊と、その総隊長、そして総司令官は素性を隠すためにコードネームがついてるんだ。これは北闇の前総司令官のものだよ」
カケハシが話しの続きに入る。
「ウイヒメの手紙に細工する前、山吹神社に出向き重度の足跡をこの目で確認した。あの大きさだ。のし掛かった体重は爪痕をくっきりと残していた。そしてそれは、納屋にあったものと非常に酷似している。後は言わなくてもわかるだろう」
さすがのイオリも硬直している。
「ちょ、待ってくださいよ。あのオウガ様がどーんと居座る南光っすよ? そんな偉大な国が俺達にこんな重大なことを隠して何になるんすか? それに北闇の前総司令官が関係しているだなんて……。ナオトん家も出てくるしで訳わかんないっすよ」
色々と考えられる。事前に危険を防ぐため、発見した重度からあらゆる情報を抜き出した後に処分した説。または、オウガ様は何も知らずに頂きで暮らしていた説。はたまた、裏で何かが動いている説。挙げればきりがない。
思わず青島隊長に視線が向いた。
「ナオトはさておき、イツキとイオリ。お前達に決めてもらたい事がある。聞いての通り、重度に関して調べてもらったところ、ナオトに関係する一文が見つかった。今後、予想だにせぬ脅威が青島班に訪れるかもしれん。別の班に移動するか否か、よく考えてくれ」
こうして話は終わった。とてつもなく大きなしこりだけを残して、俺は部屋を出たのだった。




